第四話 卒業! 入学! 入隊!
埼玉基地 司令室
「見送り完了しました」
「ご苦労。遅かったね」
「基地内のおにぎり屋に案内してました」
「……なんで?」
「お腹が空いている様子でしたから。お土産代わりに」
「……そうか。何を買っていた?」
「陳列されている全ての種類を一つずつ買っていました。ただ、からあげとエビマヨといくらは多めに買っていました」
「やはり彼とは食の好みが合うな。甘党なのも一緒だし」
「そうかもしれませんね」
「ワタシの悲願もついに叶うかもしれない。新入隊員と一体一で楽しく食事するという悲願が……!」
「いつも怖がられてますね」
「ああ、何故か、な。ワタシはこんなに愛らしいというのに……。彼らはワタシ相手にも物怖じしていなかった。これは期待できるぞ」
「そうですね」
…………
「ところで」
「なんでしょう」
「随分と気に入ったようじゃないか」
「浦和くんのことですか?」
「ああ。連絡先を交換するのはワタシだったはずだが?」
「多忙な司令にこれ以上仕事を増やすわけにはいかないので」
「自分で言ったんじゃないか。大した手間じゃないって」
「……司令の方こそ気に入っているようですが。もう一人の子と比べて」
「いや、彼女も気に入ってない訳では無いが……そういえば言って無かったかな。これを」
「これは……司令が個人的に調べている、市内に出てくる覆面の不審者の資料ですか」
〇月〇日 午後二十二時頃
両足にダンベルのようなものを持ちながら逆立ち歩きをする覆面の男性。
〇月〇日 午後二十三時頃
公園の遊具(ジャングルジムや雲梯)の上で
〇月〇日 午後二十三時頃
坂道を横に転がりながら昇り降りする覆面の男性。
〇月〇日 午後二十三時頃
荒川にくねくねが現れたと通報。
『現場に駆けつけた警察官の証言』
はい。あれは間違いなく人でした。怪異などではなく。
彼は薄いベニヤ板を川に浮かべ、その上に立ち素振りを始めました。私が見た限りだと木刀、ナイフ、長い棒を使っていました。
これ以上なく不安定な足場の上で流麗に舞う姿に見蕩れ、職務を忘れてしばらく観客のように眺めていました。
え? ええ、はい。覆面なんて気にならなかったですね。
何とか職務を思い出し、声を掛けようとすると、いつの間にか姿を消してしまってました。
……彼は必ず武術界に名を残すと思いますよ。
〇月〇日 午後二時頃
商店街にてひったくり事件が発生!
すぐに、近くの勇気ある人が現行犯逮捕!
犯人を取り押さえたのは覆面姿の男性でした。
エーッ!? なんで覆面着けてるの!?
男性は警察の到着を待たずにどこかへ消えてしまいました……。
情報求む!
他多数
「面白いだろう?」
「……これが彼だと? こんなことするような子に見えませんでしたが」
「絆されてるねぇ。忘れたのかい?彼は蟲具欲しさにブラックマーケットに行っているんだよ?」
「……それはそうですが」
「自分に必要だと思ったら多少の危ない橋だって渡るんだろうね。外でのトレーニングもそう。彼の住んでいる部屋は結構狭いからね。部屋では出来ないことがしたかったんだろう」
「……防蟲官にして良かったんですか?」
「今更だね……。大丈夫だよ。学生であることも加味して厳重注意で済むことしかしてないみたいだから。自己保身能力はしっかりあるね。防蟲官になったらそういうの厳しくなるし、危ないことはしないだろう。する必要もないしね」
「なるほど……」
…………
「……他に彼とどんなことを話したんだい?」
「……秘密です」
「なんで!?」
「報告するようなことはありませんでした」
「そうか……。なら仕方ない」
「はい」
「……ワタシについてなんか言ってた? 可愛いとか」
「いえ、なにも」
「……そうか」
■■■
月曜日。昨晩は成宮副司令からちゃんと卒業申請したのか確認のメールが来た。
しっかりしていたので『申請した』と伝え、その後二三やり取りを交わした。
未来の上官とは仲良くしたいね。
今日は学校に行って卒業の手続きを完了させる必要がある。
朝、いつも通りの時間に登校すると職員室へ行き、担任に話しかけた。
「卒業おめでとう」の言葉と同時に卒業証書を手渡される。
恭しく受け取ると続けて渡された黒い筒に丸めて突っ込んだ。
「荷物は今日中に持って帰れよ」
「はい」
淡白に感じるかもしれないが、まあこんなもんだ。俺は何故か飛び級しない変な生徒って感じだったろうし。
「お世話になりました」
「……ああ」
教室に向かい、置いてある荷物を回収する。そんなに持って帰るものも無いが。
クラスに友人と言える程の仲の者もいないが、偶に話す程度の者はいる。
そういった人だけに一応軽く『卒業します』って言えばいいかと思っていたが、卒業生の固有装備である黒い筒を発見されてしまった。
そうして普段話さない人に囲まれ「なんで今卒業するの?」だの「どこに進学するの?」だの、質問攻めにあってしまった。
何とか対処していたが朝のHRの
慌てて荷物をまとめるとさっさと教室から出る。
背中に掛けられた「卒業おめでとう」の言葉はたとえ社交辞令でも嬉しい。
……ちなみに俺はぼっちな訳ではなく、友達も沢山いた……小学生の頃は。
中、高と減っていき、増えることも無く現在に至る。過去の栄光。
■■■
火曜日は休み。夜に成宮副司令から、明日の防衛大入校試験についての確認のメールが来た。
朝に防衛大から試験案内の行政メールも届いていたが、ダブルチェックは大事だもんね。
水曜日。神奈川県横須賀市防衛大学へ行く。
IDを提示し試験会場に案内して貰う。
試験会場は防衛大内の小さな教室で、少し離れて向かい合わせになっている机が一対あるだけのシンプルな内装だった。
試験開始のちょっと前に試験官がやってきて、開始時刻に問題無く試験を始める。
一応軽く復習もしていたが、希代の天才たる俺にはやはり簡単な試験だった。
規定の解答時間が終わる前に解き終わってしまうので、繰り上がり次の教科をやらせて貰った。
そうして試験終了。午前中に終わってしまった。
カレーとシウマイ食べて帰ろう。
その日の夜。
成宮副司令から『合格おめでとうございます』というメールが来た。
大丈夫だとは思っていたが無事に合格できて何よりだ。
その一時間後。成宮副司令とメールのやり取りを続けていたら、行政メールが届いた。『防衛大合格』だそうだ。
……知ってる。
■■■
木曜日も休み。部屋の整理を行う。防蟲官になったら基地内の営舎と呼ばれるところに住む必要がある。
成宮副司令によると土日を利用して引越し作業をするとの事。とはいえ家具や家電は揃っているらしい。持っていく物はそう多くないだろう。
他に、送られた資料にも目を通す。
基地内の規則や、具体的な防蟲官の生活について書かれている。
想像してたより、ガッチガチな生活では無さそうだが、しっかり規則は守ろう。
金曜日。今日から防蟲官だ。
正確には水曜日から防蟲官だったのだが、今日が初出勤となる。
午前八時ちょっと前。また時間を潰そうと思っていたら正門前に成宮副司令の姿が。
慌てて挨拶すると、やはり俺を待っていてくれたようで申し訳ない気持ちになる。
そのまま成宮副司令に連れられて、この前と同じ棟に入る。
小部屋に案内されて、中に置いてあった制服に着替えるよう言われた。
成宮副司令は部屋から出ていった。外で着替え終わるのを待つとの事なので急いで着替える。
シャツを着て黒いスラックスを履き、ネクタイを締めて赤い派手なジャケットを羽織る。
この暗い赤色のジャケットが埼玉大隊の制服となる。
制帽を被り、靴も用意されていた革靴に履き替え、部屋の外に出る。急いだので二分とかかってないだろう。
成宮副司令は俺の全身をくまなくチェックすると『問題無し』の評価をくださった。
少し移動し、先日と同じ扉の前に立つ。先日とはまた違った緊張がある。
「お連れしました」
「入れ」
ノックして告げる言葉に、すぐに扉の向こうからくぐもった返事が聞こえた。
「どうぞ」
扉を開き俺を導く成宮副司令。
覚悟を決めよう。俺は今から防蟲官になる。子供の頃に憧れ、諦めた防蟲官に。当時の俺に恥じない防蟲官になろう。
「よく来たね」
黒い机の前にしっかりと立つ。
「ワタシは防蟲隊埼玉基地 司令、日比谷 穂乃香防将補だ。君は?」
「浦和 賢太郎。……防蟲官候補生です!」
「……いいねぇ」
日比谷司令は笑みを深めた。
■■■
『防蟲隊の部隊』
防蟲官(戦闘員)の組。
班=二人から四人
小隊=五人から十人
中隊=小隊三個から八個
大隊=中隊三個から六個
連隊=大隊複数個
地方基地には一個大隊ずつ置かれ中央基地には一個連隊が置かれている。
地方基地の場合、最も小さい部隊が小隊となる。一時的に分隊をつくることもある。
中央基地の場合、最も小さい部隊が班となる。
中央基地には大隊は置かれず、複数個の中隊と小隊で構成されている。
そのため『大隊所属』と言えば、地方基地所属の防蟲官であることが分かる。
師団=東都、西都、北都、それぞれの防蟲官全て。
東都師団、西都師団、北都師団、という呼び方をする。
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