第三話 破壊力

『蟲の塔』

 塔であるため、内部には空間があり、多くの階層に分けられている。

 各階層は大小様々な部屋で構成されており、迷路のようになっている。


 塔内部には蟲が多数存在している。階層が上がる程強い蟲が出てくる傾向にある。

 塔内部では現代において万能の資源である【琥珀石】が手に入る。


 塔内部の蟲を沢山倒すと蟲災の時放たれる蟲の数が減るとされる。



 ■■■




 防蟲隊基地は大別すると二種類になる。

 地方基地と中央基地だ。


 地方基地は東都の東京を除く各県(茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川、山梨、長野、静岡)に一つずつ置かれ、主に県民を蟲の危険から護る任務に従事している。


 中央基地は東京都の蟲の塔を囲むように置かれ、主に蟲の塔内部の蟲を倒し、琥珀石を回収する任務に従事している。


 所属する防蟲官の数も違い、地方基地が一個大隊ずつなのに対し、中央基地は一個連隊(大隊数個分)である。


 なんとなく地方所属よりも中央所属の方がエリートっぽいが防蟲官では反対で、地方所属の方がエリートとされる。


 ただでさえ狭き門である防蟲官。その中でもとりわけ優秀な者のみが所属を許されるのが地方基地だ。


 それを踏まえて日比谷司令の言葉を思い出す。


『ワタシの隊に入らないか?』


 防蟲隊埼玉基地司令であらせられる日比谷司令の言う『ワタシの隊』とは当然、埼玉基地所属埼玉大隊のことだろう。

 基地司令は大隊長を兼務している。


 地方基地の中でも最強と呼ばれる大隊にいきなり誘われたということだ。


 小さい頃は防蟲官になるのを夢見ていた俺だ。今すぐ飛びつきたい誘いだが、いくつかおかしな点がある。


「浦和くんなら当然、地方基地に防蟲官が所属する方法は知っているだろう?」

「まあ、はい。大隊長によるスカウトですよね」


 スカウトと言ってもモデルなんかをスカウトするのとは違い、街中で声を掛けるようなものでは無い。


 通常、防衛大や第四高校──防蟲官や自衛官を育成する高校──の防蟲官コースに所属する者は卒業すれば自動的に中央基地所属となる。


 その前に各地方基地の大隊長が『うちに来なよ』と声を掛けることで地方基地所属になることが出来る。


 実際は、大隊長はとても忙しいので隊員を増やしたいときに学校に『いい感じの子いない?』と聞き、推薦された人を大隊長の代理人が問題無いか確認して地方基地所属、というのが普通だ。


 例外的に埼玉基地の大隊長である日比谷司令は直接確認すると聞いたが……。


「俺は一般高校ですよ」

「防衛大志望だろう? なら一緒だよ」


 俺は防衛大生でも第四高校生でもない。スカウトされる人に含まれないと思ったが……。

 だからなんで俺の志望まで知ってんすかね。


「ご存知のようですが、俺が持っているのは一般ギフトです」

「君も知っていると思うが、防蟲官には一般ギフトでも成れるよ。大切なのは蟲を倒せるかだ」


 もう反論材料は無いか……。手札少ないな。

 というか反論する必要は無いんだった。


 ただ急に美味い話が来たので警戒しただけ。


「もう質問は大丈夫かな。まあ、大事な選択だ。一度家に帰ってよく考えてからでも……」

「いえ」


 失礼だと分かってはいるが、言葉を遮った。

 このままだと防蟲官になれない気がしたのだ。

 子供の頃の夢。妥協し、諦めていた夢を叶えられるというのに自分の臆病さでにする訳にはいかない。


「よろしくお願いします!」

「お? おお、そうかそうか」


 座りながら大きく頭を下げた俺の肩を、日比谷司令は嬉しそうに腕を目一杯伸ばして叩く。


「ああ、言い忘れていた。君には小隊長になって貰うから」

「……はい?」

「そのための道筋も考えてあるから!」


 いきなり小隊長?


「副司令!」

「はい」

「うわっ」


 成宮副司令が音も無く背後に立っていた。

 いきなり小隊長宣言に驚いていた隙を突かれて情けなく驚いてしまった。なかなかやるね。


「まず浦和くんには高校を卒業して貰います。今日申請すれば明日か明後日には卒業出来ると思います。そのまま防衛大学の入校試験を受けてください。申請はこちらでしておきます。

 試験合格後すぐに防衛大生となり、同時に埼玉基地に配属されます。防蟲官候補生として三ヶ月の間、技能修得に励んでください。

 その後防衛大を卒業し、防蟲官幹部候補生学校に入校することで小隊を率いる者となる権利を手に入れられます」


 日比谷司令の隣──俺の対面側──に座った成宮副司令は滔々と小隊長への道を話した。


 脳内の整理がてら一つ一つ砕いていく。


 現代において高校や大学は飛び級制度が充実しており、国からも推奨されている。

 当然、希代の天才である俺も飛び級の条件を満たしており、いつでも卒業出来るような状況だ。


 これまで飛び級で卒業しなかったのは、防衛大に入ると共同生活の中で自主トレーニングが難しくなるためである。


 俺がいつでも卒業出来ることを知った上で『明日か明後日には卒業出来ると思います』と言ったのだろう。


 次、防衛大入校に関して。


 通常の採用試験はもう終わっているため、地方基地司令の推薦による編入学というかたちになると思う。


 地方基地司令は防衛大に隊員を推薦して編入学させることが出来る。当然、試験を受ける必要はあるが。

 想定されていたのは第四高校生の隊員とかに使うことだとは思うが、今回の場合も使えるはずだ。


 ちなみに、学生でありながら防蟲官という状況はおかしくなく、俺の場合もそうなるのだろう。


 地方基地は学生をスカウトするのだが基本的には『卒業後にうち来なよ』だ。


『今すぐうち来なよ』もできる。学業の時間を多く設ける必要があるためあまり選ばれないが。

 この場合に学生兼防蟲官ということになる。

 メインは防蟲官で、任務の傍ら課題の提出等をする。


 次、防蟲官候補生。


 これはそのまんま。隊に所属してすぐに防蟲官を名乗れるわけではない。候補生としてしばらく訓練を積む必要がある。


 次、防衛大学卒業。


 これも飛び級して卒業しろ、ということだろう。

 飛び級するには、簡単に言えば実技と学科の成績が優秀な必要がある。

 学科は問題ないが、この場合の実技は防蟲官としての任務になる。

 どの程度こなせば飛び級に足るかわかんないな。


 次、防蟲官幹部候補生学校。


 防衛大防蟲官コースを卒業したら基本的に入校することになる学校で、実際に隊を率いたりして、防蟲官初級幹部として必要なことを学ぶ。


 入校と同時に曹長の階級に任命される。


 小隊を率いるには曹長以上の階級が必要(例外あり)だ。



 つまりは俺は防蟲官幹部候補生学校を目指す必要がある、ということだ。

 何年かかるんだ……。


「浦和くんなら、長くて一年、現実的なラインだと六ヶ月程でしょうか」

「はあ……」


 俺の内心の疑問を読み取ったように予想を話す成宮副司令に力無く返事を返した。


 失礼だとは思うが、なんかもう疲れたよ……。

 今日一日で俺の感情はもう振り回されてボロボロ。


「学科を省略できるってのは大きいね。浦和くん、君が勉強頑張ってきたからだよ。偉いね」

「ありがとうございます」


 日比谷司令のお褒めの言葉に対する反応もいささか感情が抜けてた気がする。


「予定通りに行けば、明日の月曜日か火曜日に高校を卒業し、水曜日に防衛大学の入校試験。木曜日には合否が決定し、合格していればその瞬間防衛大生になり、埼玉基地に配属されます」

「はい」

「ですので金曜日の朝八時に埼玉基地に来てください。私服で構いません」

「はい。分かりました」


 俺の返事を聞き、無表情ながらも満足気に頷く成宮副司令。


「一応、私と連絡先を交換しておきましょう。夜に次の日の予定を送ります」

「えっ」

「いえ、そんな。悪いですよ。お忙しいのに」

「お気になさらず。大した手間でもないですし、急な変更があると困ります」


 正直申し訳ないが、固辞することでも無いだろう。

 ただ心から礼を言おう。


「ありがとうございます」

「いえ。……司令、何かありますか?」

「えっ。……ああ大丈夫。浦和くん、君と共に戦える日を楽しみにしているよ」

「はい!」


 お開きの流れだ。

 緊張しっぱなしで疲れた。

 暴食の限りを尽くしたはずなのにお腹が空いてきた気がする。


 立ち上がり、成宮副司令の先導で扉へ向かう。


「失礼しました」

「ああ」


 日比谷司令の方を向き退出の挨拶。

 緩やかに手を振り、返された。


 成宮副司令が開けてくれた扉から廊下に出る。

 成宮副司令も出てきた。帰りも案内してくれるようだ。助かる。


 道すがら施設の説明を受けたり、ちょっと寄り道をしたりして正門についた。

 初対面の時とは違い、自然に話せた気がする。


「浦和くん。今日はお疲れ様でした」

「ありがとうございます」

「帰ったらしっかり休んでください。ただ卒業の申請は忘れずに」

「はい」


 そこで数瞬言い淀むような素振りを見せ……


「私もあなたと一緒に戦うのを楽しみにしています」


 あっ。全人類は普段無表情な人が不意に見せる笑顔に弱い。


 決して満面の笑みとは言えないものではあったが確かに笑っていた。


「……それでは失礼します」

「あっはい。ありがとうございました!」


 笑顔の破壊力に固まっていると、少し頬を赤らめて去っていってしまう。

 背中に案内等と、素敵な笑顔を見せてくれたことに対する感謝の言葉をぶつけた。



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