第二話 いちいち怖い

『蟲災』

 大蟲災以降、七年周期で起こる蟲の塔がてっぺんから蟲を放出する現象。



 ■■■




 燃えるような真っ赤な髪。華奢な体躯。幼くも整った顔。

 写真越しに見たらかわいい女子中学生にしか見えないだろう。


 だが違う。

 向かい合うと明らかに違う。

 圧倒的な格上感。

 今俺が急に襲いかかっても驚かせることすら出来なさそうだ。


 力が抜けた。圧倒的な力量差に身構えても意味がないと思ったのだ。

 どうにでもなれの精神とも言う。


「こちらにどうぞ」


 日比谷司令が机から立ち上がり、応接セットの方へ歩く。

 俺は導かれるままソファに腰掛けた。


「お飲みもの、紅茶とコーヒーと緑茶がありますが」


 成宮副司令に無表情で問われる。


「紅茶でお願いします」

「かしこまりました」


 なんとなくお茶の用意をしに行く成宮副司令を眺めていると、まずはアイスブレイクだ、と言わんばかりに日比谷司令が話を振ってきた。


「浦和くんも紅茶党かい? ワタシもそうでね。コーヒーは香りはいいんだがいかんせん苦い」

「私も同じです。コーヒー牛乳は好きですが」


 一人称に迷ったが、無難に私にした。

 しかし……


「『私』? 浦和くんいつもの一人称『俺』だろう? いつも通りでいいよ。もう少し気楽に話そう。敬語も多少崩したって誰も文句言わないよ」

「そう、ですか。わかりました」


「うん、うん」と満足気に頷く日比谷司令。

 なんで俺の一人称知ってんすかね……。

 確かに俺ぐらいの年齢の男だと、一人称『俺』が多数派だが、現代において常の一人称が『僕』や『私』の人も少なくない。

 あんな断定するようなこと出来ないと思うが……。


「お待たせしました」

「ありがとうございます」

「ご苦労」


 静かな音を立てて紅茶が置かれた。

 成宮副司令はそのまま扉の方へ行くと、扉の横で待機した。


 どのタイミングで飲むべきか見計らっていると、対面から視線を感じる。


「いただきます」

「どうぞ」


 視線に耐え兼ねて紅茶に口をつけると、同じく口をつけた日比谷司令に感想を聞かれた。


「美味しいです」

「だろう? 副司令は紅茶を淹れるのが上手くてね。昔はとんでもなく渋いものを飲まされたが」

「そうなんですね。美味しいです」


 成宮副司令の方を向き、光り輝く笑顔で言ってみた。

 無表情で会釈を返された。


 ……最近俺の笑顔が軽んじられている気がする。昔は俺が笑顔を向けるだけで男女問わず歓声をあげられたものだが……。かなしいね。


「これも食べるといい。好きだろう、チョコチップクッキー」

「……いただきます」


 机の真ん中。ガラスの皿にのせられた個包装のチョコチップクッキー。

 コンビニとかスーパーに売っているようなものを箱から出して並べているだけだ。

 お茶請けというより、友達の家に遊びに行った時、親御さんが出してくれるやつみたい。


「ワタシはこれ目がなくてね。基地内のコンビニに仕入れるよう言ったし、頻繁に買いに行ってるんだよ」

「美味しいですよね、これ」

「ああ」


 以降このクッキーに出会うまでの変遷を聞かされる。


「このように、ワタシは結構な甘党でね。この間も副司令が休みの日にわざわざ限定何食だとかいうケーキを買ってきてくれたんだ」

「へぇ〜。優しいんですね」

「ああ。いつも助けられている」


 話しながら少しずつ敬語を崩していく。こうしないとアイスブレイクが終わらなさそうだ。


「そうだ! 浦和くんも甘党だろう? おすすめの店とかあるのかな」

「……そうですね。大宮の〜〜って店のチョコクランチケーキが絶品で……」

「ほう! いい情報をありがとう。大宮で言えば〜〜って店のショートケーキが絶品だって聞いたことが……」

「食べたことありますよ! 本当に美味しかったですね」


 こうして表面上は緊張が解けてくように、実際はむしろ話始める前よりもビビってる。


 なんでさっきから俺の嗜好を把握しているようなことを言うんだ。怖すぎる。


「っと、そういえば左腕は大丈夫かな? 最初に聞くべきだったね」

「いえ、なんともありませんので……」


 心配そうな顔をする日比谷司令。

 やっと本題に向かいそうだ。


「そうだった。浦和くんにこの間の蟲害のことを聞こうと思って来て貰ったんだった。話してくれるかい?」

「ええ、はい。もちろんいいですがそんな話すようなことは……」

「いやいや! 君の体験したこと、そのまんま話してくれ。ワタシはそれが聞きたい」


 話さずこのまま帰れないかと試して見たが当然無理だった。


 変に嘘をつくとどこからバレるかわからない。

 ブラックマーケットとか下級治癒薬の原液とか言ったらまずいことは濁して、あとは正直に話そう。


「電車に乗ってたら銀髪の少女が……」

「うんうん」


 …………


「──俺の拳なら一撃だ。ってなもんで」

「いいねぇ!」


 …………


「オオチョウバエも一撃で……」

「ひゅーっ!」


 …………


「蚊の頭部と胸部を手でちぎって分けて……」

「浦和くんの【身体能力強化】の倍率八倍だっけ? 力持ちだねぇ」

「……はい」


 …………


「電車で見た銀髪少女が……」

「……治癒薬買っておいて良かったね」


 …………


「胸板を背もたれに……」

「一応、今度ワタシにもやってくれるかい?」

「……はい?」

「ほら、イメージを掴むためにね?」

「はあ……」


 …………


「俺の脳内シミュレータが……」

「やるね!」


 …………


「元気な土下座に……」

「人間トンカチだね!」

「……はい」


 …………


「ハリガネムシが……」

「ハラビロカマキリにはたまにいるんだよねぇ」


 …………


「そんで防蟲官が到着して緊張が解けまして……」

「お疲れ様。頑張ったねぇ」

「ありがとうございます」


 話終わった。ちょくちょく俺の情報把握してますみたいなの挟まないで? 俺をビビらせないと会話出来ないのか?


「うーん。やっぱりすごいね」

「はあ……」


 曖昧に相槌を打つ。


 さてここからが俺をわざわざ呼び出した理由になるだろう。

 話してる最中に、なんであんなところブラックマーケットに居たのとか、市販薬にしては回復量多いねとかツッコまれることは無かった。

 これらはメインでは無かったのだろう。


「浦和くん」

「はい」


 さっきまで笑顔の絶えなかった日比谷司令が真剣な顔をする。


「ワタシの隊に入らないか?」

「はい?」


 ……はい?


 ■■■



『覚醒者』

 最も早く琥珀素に適応した者たち。

 ある者は炎を生み出し操り、ある者は雷を、ある者は大岩を生み出し操った。

 ある者は蟲の死骸を料理に変換し、ある者は武器に、毛布に、家に、治癒薬に変換した。


 また覚醒者のほとんど──確認が取れた者は全て──が程度の差はあれど虫嫌いだった。


『適応者』

 琥珀素に適応した者たち。なので覚醒者も一応含まれるが、別枠として扱うことも多い。

 ギフトを使用することが出来る。

 適応者同士の子供は適応者となる。ので今生きている人間は皆、適応者である。

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