第五話 ハラビロカマキリ

 傷が塞がっても銀髪少女は目を覚まさなかった。

 胸が上下しているので生きてはいる。


 銀髪少女を視界に入れ、蟲が近寄ってきたらすぐに駆けつけられるようにしながら、吸血中の蟲を倒す。


 しかしこれでここら辺に蟲の死骸が転がっている理由がわかった。

 銀髪少女が倒したんだろう。レアギフトで。


 現代において、地毛の色は実に多様で、大多数は黒や茶だが、一部、銀髪やピンク、青、赤、白、金、黄などの髪色の人もいる。


 そして、そのような髪色の人は大体レアギフトを持っている。


 ちなみに、持っているレアギフトの種類と髪色は関係ない。


 銀髪少女を見た時に何らかのレアギフトを持っているだろうな、とは思ったが、状況を見るに戦闘に使えるタイプのレアギフトみたいだ。


 転がっている──俺が倒した以外の──蟲の死骸は特に焦げていたり、くだけていたりといったことも、頭部が落ちているということもない、綺麗な死骸だった。


 つまり、銀髪少女が持っているレアギフトは、炎を出すタイプや、雷撃を放つタイプでもなく、岩を生み出し放つタイプでも無いということだ。

 だからなんだという話ではあるが。



 銀髪少女には、蚊に刺された以外の傷がなかった。そのことから戦闘中に蚊に隙を突かれて吸血され、多くの血を失ったことで意識も失った、のではないかと推測できる。


「さて……」


 付近の蟲を倒し終えても銀髪少女は目を覚ます気配がない。

 肩を叩き、声を掛けてみてもダメだった。


 こうなると、俺が運んで一緒に避難するしかないだろう。


 仰向けの銀髪少女の背中と膝裏に手を通す。簡単に言えばお姫様抱っこだ。


 よし。これならあまり揺らさずに走れそうだ。

 蟲の塔を目指して移動を再開した。




 ■■■



 これまでは目につく蟲全てを倒してきたが、こうなると方針を変える必要がある。


 思考の途中でオオチョウバエが飛び込んできた。

 胸を大きくを後ろに反らし、銀髪少女の体重を上半身と左足で支える。

 右足を強く蹴り上げ、オオチョウバエを爆散させた。


 治癒薬を掛けたとはいえ、未だ意識の戻らない銀髪少女を、病院に連れて行くなり、救助に来てくれた人に預けるなりしなければならない。


 申し訳ないが死体に引っ付いている蟲は無視するしかない。


 できるだけ足を止めずに、向かってくる蟲だけを倒すことにする。


 またチョウバエ。えいっ。

 先程と同じようにして倒す。


 次は蚊だ。えいっ。

 同じようにして倒す。


 ふう。


「来たか……」


 蟲はF級だけでは無い。


 E級蟲 クロカナブン


 ここに来て新顔だ。だが問題ない。

 クロカナブンはアオカナブンよりも珍しいが、そう大きく変わらない。黒いだけ。

 これまで通りナイフで頭部を落として終わりだ。


 と行きたいが、今は両手が塞がっている。

 とりあえず先程までと同じように蹴る。

 F級蟲を爆散させる蹴りでも、E級蟲には大したダメージにはならない。

 ただ蹴飛ばすことで大きく距離を取れた。


 今のうちに銀髪少女の身体を俺の胸にもたれ掛かるように起こし、右手を自由にする。

 分かりやすく表現すると、俺の厚く逞しく美しい胸板を背もたれにし、左腕を座面とした椅子に、銀髪少女が座っている形だ。


 右ポケットからバタフライナイフを取り出し、素早く展開。帰ってきたクロカナブンの頭部を落とした。


 この持ち方は右手が自由になるけど、安定感に欠けるな。

 左腕を座面にしているとは言っても、おしりを支えている訳ではなく、膝裏に腕が通っている状態だ。そうすると銀髪少女のおしりがだんだんと落ちてきて、苦しい体勢になってしまう。

 また、銀髪少女の上半身が固定されてないので、このまま走ると落っことしそうだ。


 移動はこれまで通りお姫様抱っこで行うことにする。




 ■■■




 さっきの要領で蟲を倒しながら進む。


 ──それにしても、防蟲官遅いな。

 蟲害警報が鳴ってからもう二十分は経っている。


 一応、防蟲官を探し何度か空を見上げているのだが、到着している様子はない。


 正直、蟲が居なくなるまで蟲の塔に近づくよりも前に、防蟲官がやって来ると思っていたんだが……。


 防蟲官が見えればそっちの方向へ行こうと思っていたが、このまま予定通り蟲の塔の方面に向かう。



 ■■■




 大通りに出た。

 ──そして、出会ってしまった。


 忘れていた訳じゃないが。

 蟲はF級とE級だけではない。


 ビルの壁面に立ち、こちらを睨め付けるに、どう対処するかを考えねばならない。


 D級蟲 ハラビロカマキリ


 一応、D級蟲が出てきたら逃げる、なんて考えていたが、本当に出てくるとは思っていなかった。


 なぜならこのくらいの規模の蟲害ではD級蟲は出ないか、出ても一、二匹だからだ。

 そして、出る場合はもっと蟲の領域の近くに出る。

 俺は蟲の塔目指して走っているので、だんだんと蟲避け効果は強まっているはず。

 こんな深くにD級蟲が居るのは想定していなかった。


 ちなみに、蟲害の規模は蟲の種類と数でわかる。

 F級とE級の比率。今回は九対一くらいだ。E級が少ない。

 蟲の総数も蟲と会った頻度から考えて、そこまで多くないのがわかる。

 典型的な小規模の蟲害だ。


 もしE級がもっと沢山居て、総数も多ければまだわかる。


 蟲の数が多いと、蟲の塔の蟲避け効果が少し中和されるみたいで、より深く人の領域に食い込む。

 そして、普段人の領域との境界から少し離れたところに住んでいるようなちょっと強い蟲が『お、なんか盛り上がってんじゃーん』とばかりに蟲害に参加することもあるという。


 繰り返すが、こんな規模の蟲害でこんなところにD級蟲が居るのはおかしい。

 ので、なんか大きな気配があるな、とは思ったが、密集したカナブンだろうと判断してしまった。

 経験不足だ。反省。


 だが出会った以上、対処をせねばなるまい。



 ハラビロカマキリを見上げる。

 体高三・五メートルほどの巨体。

 名前の由来でもある農具の鎌に似た両腕(前脚)は、獲物を捕まえるためのものであり、本物の鎌の様な刃ではなく、鋭い棘が並ぶノコギリ状の刃になっている。棘が食い込むことで獲物を逃がさず、そのまま口にもっていき、大あごでバリバリムシャムシャといただく。


 まあ、人を相手するには鎌の力が強すぎるので、多分冷奴食べるの下手な人みたいになると思う。



 どうやら、食後のようで口元と鎌が血で濡れている。いっぱい食べたのか、お腹がパンパンだ。

 口元に付いた血を味わうように口器をもにょつかせている。


 カマキリとはだいぶ距離がある。少なくとも、飛びかかってきても余裕を持って避けられそうな距離だ。


 対処案その一。逃げる。

 銀髪少女を抱えながらは難しい。

 銀髪少女を置いて一人で逃げるのも無しだ。

 そもそも俺一人でも逃げ切れるかわからない。

 向かい合っている状態から急に背を向け走るなんてことは、カマキリに『捕まえてごら〜ん』って言うようなものだ。

『あはは〜。待て待て〜』って一瞬で体をバラバラにされる。

 故に却下。


 対処案その二。遅滞ちたい戦闘。

 カマキリの攻撃を避け続け防蟲官の到着を待つ。

 これは一見ありだが、防蟲官が未だ来ていないのが問題だ。


 通常、防蟲官は警報が鳴ってから十分程で現場に到着する。


 到着してから実際に救助されるまではもう少しかかるが、未だに空に防蟲官の姿が見えないのはおかしい。

 それに結構近くに自衛隊駐屯地があったはずだ。それなのに自衛官の姿も見えない。


 まさか土浦が国から見捨てられた、なんてことはないだろうが、何らかのトラブルが発生しているのは間違いない。


 いつ救助が到着するかも分からないのに戦い続けることは出来ない。

 よって第二案も却下。


 とすると、対処案その三。速攻で倒す。

 今まで散々勝つのは難しいと言い続けていたが、可能性がゼロな訳では無い。

 俺が持つ蟲具はD級蟲の大あごを使用したもので、ハラビロカマキリにも当然通用する。


 これまでずっと【身体能力強化】を使っていたが、当然無限に使用出来るものでは無い。

 強化倍率を時折下げたりして節約してはいたが、D級蟲との長時間戦闘には耐えられないだろう。

 故に速攻。


 よし! この案でいこう。

 スッといってグサッで終わりじゃ!

 カマキリなぞ何するものぞ! がはは!

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