第六話 屈辱
戦うにはまず、銀髪少女を安全な場所に下ろす必要がある。
流石に人間椅子モードで、D級は無理だ。
下ろすにもその辺に置けばいいわけではない。
戦っている場所の近くに下ろすと、戦闘中にカマキリが急に目標を変えて銀髪少女を攻撃する可能性がある。
自分に向けられた攻撃は避けられるだろうが、少し離れたとこに居る人を狙った攻撃には対処出来ない。
カマキリにロックオンされている以上、遠くに置いて来るのも無理だ。
というかそんなことが出来るんなら逃げるよね。
であれば、遠くでなくカマキリに攻撃されづらい場所に置くのが正解だな。
検討はつけている。
カマキリとの距離は百メートルは離れている。いくら素早いカマキリと言えど、一瞬でとはいかない距離だ。
今、向こうから接近してこないのはカマキリというのは待ち伏せを好むからだ。追っかけて捕まえるのではなく、自身に気づかず近寄ってきた愚かな獲物を捕らえる。
ビルの壁面にそんなでかいのがいたら気づかない訳はないんだが、カマキリはこの場に置いて圧倒的な捕食者だ。気づかれても問題ないんだろう。
カマキリに気づいて逃げようものなら、その無防備な背中を襲うし、気づかずに近くを通っても同じだ。
──ならば……。
まっすぐカマキリに近づく。そうすれば自分に気づいていないのかと待ち伏せを続けるだろう。
歩きながら銀髪少女を片手抱っこの形に持ち変える。
そして未だカマキリの射程圏内から離れた所で勢いよく横に曲がった。
ここは路地というか、ビルとビルの隙間とでも言うべき道だ。
とても狭くカマキリは入って来れないだろう。
もし銀髪少女をお姫様抱っこしたまま入ろうとしたら足とか頭とか打っていたと思う。
サッと銀髪少女を置いて素早く出る。蟲に襲われないか心配だが、カマキリを恐れてか他の蟲は近くにいない。
念の為気配は探り続けるが。
もしかしたら、カマキリが入って来れないならここに居れば安全じゃん、とか思った人もいるかもしれないが、D級蟲はこんな普通のビルなんか簡単に破壊する。
立てこもろうものならビルごと人体を破壊されてしまう。
ただこれで俺との戦闘中に銀髪少女を攻撃しようとは思わないだろう。
大通りに戻ると、逃げたかと思ったのか、壁面から降りこちらにだいぶ近寄って来ている。
俺を見て、だるまさんがころんだよろしく動きを止めている。
まだ気づかれてないと思ってるの? そんな道路の真ん中に居て? 無理があるでしょ。かわいいね。
悠然と歩き、近づく。ナイフは右手に握っている。
射程圏内に入った途端、カマキリは上体を伏せながら、腕を伸ばすように鎌を振り下ろす。
とんでもない速さだが、問題無く目で捉えられている。それなら俺の身体は応えてくれる。
後ろに跳ぶ。空ぶった鎌がアスファルトを砕き深く食い込む。
──今だ!
今度は、前に跳びカマキリの首(前胸)目掛けて跳びかかった。
カマキリが上体を伏せているため、首(前胸)の位置は低いが、角度が悪い。だが問題ない。
そのまま取り付き、後ろに回って頭部と胸部の隙間にナイフを突き立てる。
──予定だった。
「は……?」
声が出たのか、ただ息が漏れただけか。
俺は宙を舞っていた。
というより、上から思いっきり左腕を引っ張られた様な感覚だ。
誰が、何が俺の身体を引っ張ったのか少し首を動かして、目線を向ける。
──あれ、俺の腕無くね?
二の腕の半ばから先がもぎ取られたように無くなっていた。
反射的に探すと、少し遠くの空を俺の腕らしきものが冗談みたいにクルクル回りながら飛んでいた。
──なんで!?
あの流れからどうすれば俺の腕が持ってかれる展開になるのか。
腕に関しては取れたものはしょうがない。一旦置いといて、どこに落ちるのかだけあたりをつけておこう。後で回収する。
眼球をグリグリ動かして状況の把握に努める。
カマキリが上体を立てた体勢に戻っていた。宙に浮かぶ俺と同じくらいの高さにカマキリの顔がある。
それはつまり俺がカマキリの首(前胸)に跳びかかったすぐあとにカマキリが上体を起こしたことを意味している。
──そこから導き出される答えは……。
カマキリが体を起こそうとアスファルトにくい込んだ鎌を持ち上げたのに巻き込まれて、鎌の背で俺の腕がもげたんだ。そんなことある?
それはなんというか……。
──く、屈辱だ!
俺の脳裏に浮かんだのは謎の老剣士。
『安心せい……峰打ちじゃ。と、言いたいがお主の身体が脆すぎてぐちゃぐちゃになってしまったのう。ま、お主には儂の剣の峰すら過ぎたものじゃったようじゃ。ふぉっふぉっふぉ。フェーーーっw』
──ムカつく!!
カマキリは峰打ちしたつもりは無く、『なんか当たった』程度の感想なのだろうが、それはそれでムカつく。
動きを阻害しない程度に大きく硬く鍛え上げた、俺の自慢の筋肉を脆いと言った罪は重いぞ。
腕をもがれても俺の闘志は消えることなく、より一層燃え上がった。
今、俺は片腕を引っ張られた影響でゆっくり側転しながら飛んでいる。
カマキリは飛んでいる俺に狙いを定めている。
俺が最高点に到達し、上昇から落下に変化するタイミングで捕獲(攻撃)するつもりだろう。
最高点でちょうど俺の体は大の字を上下反転させたかたち──欠けているが──になった。
カマキリが鎌を振り上げ、跳びかかる様にして振り下ろそうとする。
このタイミングで鎌の軌道を推測する。
頼むぞ、俺の脳内シミュレータ。
脳内シミュレータによると、カマキリの両鎌のうち、左鎌は俺に当たる軌道ではないと。
本命は右鎌で左鎌は一緒に動いちゃっただけだということだろう。
そして右鎌は、逆さ大の字になっている俺の右腕と右側頭部の一部を持っていく軌道だ。これは避けなければ。
脳内シミュレータは、右腕は気をつけの姿勢を取れば問題無いと言う。
では側頭部だ。このままでは『僕の顔をお食べ』した後のアンパンヒーローの様な姿になってしまう。
アンパンヒーローなら中はあんこが詰まっているだけだが、俺の頭の中には極めて優秀な脳が詰まっており、抉られれば死んでしまう。
脳内シミュレータの出した答えは、『気をつけで鎌をやり過ごしたあと、側頭部に当たる前に自身の体の横を通過する鎌の側面を軽く叩く』だ。
こうすれば移動が大きく制限される空中でも鎌を避けられるとの事だ。
……ほんとに? なんか無茶なこと言ってない?
叩くタイミングがシビアなのもあるが、あんまり強く叩くと体が横に動き過ぎて、左鎌に当たる恐れがあるようだ。
でも俺の脳内シミュレータくんはとても優秀だからなー。信じよう。
さっき信じて左腕持ってかれたけど。
まあ、あれはデータが足りてなかったが故だ。データキャラは『こんなのデータに無いぞ!?』で負けるのがテンプレだが、データが揃っていればめちゃくちゃ強い。
よし! やるぞ!
ビシッ(気をつけ)トン(軽く叩く)
成功したわ。流石俺! 地元の星。
再びカマキリは上体を伏せた様な体勢になった。
宙を舞う俺のちょうど下の方に首(前胸)がある。
チャンスだ。
自身の体勢を変えて着地点を調節し、カマキリの首(前胸)に着地、そのまま両脚で挟み体を固定する。
そして渾身の力を込めナイフを突き刺す!
──刺さりが甘い!
片手しか無いためか、想定より大分刺さりが甘い。カマキリを倒しきるに至らなかったようで、
後、さっきナイフがバキッて音を出した。
今壊れられると困る。
頼むよ〜ナイフさん。あと少し頑張って! ね?
ここが踏ん張り所だからね? 終わったら休ませてあげるよ。
ナイフを握りながら懇願混じりの激励の念を送る。頼むよほんと。
■■■
ここで少し話は変わるが、俺のギフト、【身体能力強化】について。
強化倍率は八倍。最後に測ったのは高校入学時だから、今はもう少し上がっていると思う。これはなかなか高い方で、元はもう少し低い倍率だったのを鍛えて伸ばした。
【身体能力強化】はただ膂力や、頑丈さを強化するギフトで、動体視力の強化や思考速度の加速、自己治癒能力の強化はまた別枠のチカラを使っている。
また、一部だけの強化はできず、使うと全身が強化される。
■■■
閑話休題。
カマキリがローリングする前に倒したい。それにはナイフをもっと奥まで刺す必要がある。
ただ、腕の力だけじゃこれ以上は無理そうだ。
だからここで俺の【身体能力強化】の応用技、鍛錬の末習得したさらなる強化を使う。
というかこれまでもちょくちょく使っていた。
その名も【追加強化】!
そのまんま【身体能力強化】した上でさらに部位ごとに強化を上乗せする技術である! その最大強化倍率はおよそ五倍(体感)!
これまでは【身体能力強化】は常時──倍率を下げたりしつつ──発動させていたが、要所要所で【追加強化】も使用していた。
例えば素早く動きたい時とか脚に【追加強化】を使って高速移動したりとか。
先程カマキリの頭部と胸部の間にナイフを突き刺した時も腕に【追加強化】を掛けていた。
が、足りなかった。
そうすると腕だけでなく、より多くの部位に【追加強化】を掛けて攻撃、これしかないだろう。
【身体能力強化】をしながら複数の部位に【追加強化】は消耗が激しいので、カマキリ戦後も見据えていた俺は使えなかったが、今ここでカマキリを倒せなければ先は無い。
──最も力が乗る攻撃方法は……。
腕の力だけで刺すのはダメだった。
腕や肩を【追加強化】しナイフの柄頭を思いっきり殴るのもいいが、もっといい方法がある。
脚は首(前胸)をしっかり挟んでいればいい。【追加強化】は必要なし。
背筋を【追加強化】し大きく反る。
右腕を【追加強化】しカマキリの外骨格を手のひらで掴む。
腹筋を【追加強化】し勢いよく、体を伏せる様に曲げる。
同時に腕もカマキリを掴みながら引き寄せる様に曲げる。
そして頭と首を【追加強化】し勢いの乗った額をナイフの柄頭に思いっきり叩きつける!
遠目には元気な土下座に見えたかもしれないが、実態は人間トンカチだ。釘は柄の半ばまで突き刺さった。
カマキリは体の力が抜け、ゆっくりと横に倒れた。
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