第四話 サブをこなしつつ、メインを遂行
店を出て、忘れずにシャッターを降ろす。
これで蟲が来ても平気だろう。
──さて。
蟲が通ったのか、荒れている道を見ながら考える。
人を助けるのはサブの目標だ。
メインは俺が生きて避難すること。
サブをこなしつつ、メインを遂行するには……。
──あっちだ。まずは、遠くに見える蟲の塔を目指し走る。
蟲の塔の蟲避け効果は、塔に近いほど増す。
塔の方に逃げれば蟲の脅威から逃れられる。
通常の居住区であれば、近くの対蟲シェルターに行くのだが、ここはブラックマーケット。
人の領域の端にして、国が居住を推奨していない場所だ。
国もシェルターを用意していない。
そして走りつつ、F級やE級の低級蟲共を倒す。実際に戦ったことは無いが、いけるだろう。沢山鍛えたし。
低級蟲であっても、特に鍛えていない普通の人にとっては脅威だ。
最下級のF級でも人は死ぬ。
俺が目につく低級蟲を倒せば、救われる人もきっと居るだろう。
D級以上の蟲が出たら逃げる。
D級は訓練を積んだ防蟲官が、完全装備かつ一対一で勝てたらまあ一人前、といった強さだ。
鍛えてはいるが防蟲官が使うようなちゃんとした装備が無い以上、勝つのは難しい。
逃げるのも難しいが。まあなんとかなるだろう。沢山鍛えたし。
途中で防蟲官が来たら救助してもらえばいい。
完璧なプランだ。後は臨機応変に行こう!
■■■
走り出し、いくつかの角を曲がった時、やっと一匹の蟲に出会った。
バスケットボール大の蟲。柔らかそうな毛がぎっしりと生えた特徴的な翅。
F級蟲 ホシチョウバエ
蟲の中でも最小級で、ガガンボと並ぶ最弱の蟲だ。
一匹なら、蟲具無しでもいいか。それで倒せるか、試してみる必要がある。
F級蟲を倒すには金属バットで十数回殴る必要がある。
真っ直ぐ俺の顔を目掛けて、ホシチョウバエが体当たりを仕掛けてきた。
【身体能力強化】。
金属バットで十数回なら、俺の拳で
──一発だ。
蟲は体をバラバラにし、地面に落ちた。
いける!
倒せる!
一般ギフトであっても、蟲に勝てる!
「ふぅ……」
──いや、落ち着け。F級に勝てるのはわかってただろ。
喜んでいる時間はない。走り続けろ。
■■■
悲鳴が聞こえた。慌てて向かうと蟲に襲われている女性がいた。
F級蟲 オオチョウバエ
ホシチョウバエよりも大型で、その分少し体当たりの勢いが強い。
人を殺す武器を持たない蟲は、何度も体当たりをし、出血させ、その血を啜る。
この女性も体当たりされた後のようだ。口元に血が滲んでいる。
再び体当たりを仕掛けようとするオオチョウバエを後ろから殴る。
多少大きくても、ホシチョウバエと一緒。一発だ。
女性は、俺が声を掛ける前に走ってにげていった。
寄り道終了。蟲の塔目掛けて再び走る。
■■■
また少し走ると、死体の血を舐めている蟲がいた。
人の死体を見るのは初めてだが、それについて何か思う前に、この蟲を倒さねばならない。
E級蟲 アオカナブン
体長六十cm程の光沢のある青緑色の体をした蟲だ。四角い頭部をしている。
とうとう来た。E級だ。
ポケットから、蟲具のバタフライナイフを取り出し、素早く展開する。
ゆっくりと近付く。
俺に気付いているんだかいないんだか、反応は無く、そのまま死体を舐め続けている。
一瞬で決める必要がある。飛ばないならその方が楽だ。
気配を消して近づき、左手をカナブンの背に抑えるように乗せ、それにカナブンが反応するより前に、右手に持ったナイフを胸部と頭部の隙間に差し込み、その特徴的な四角い頭を落とした。
終わって見れば数秒のことだが、緊張していたのか、肩に力が入っているのを感じる。
大丈夫だ。E級蟲も問題無く倒せる。
人の死体の上にある、カナブンの死体をどかすと、死体の腹はグズグズになっていた。
カナブンが人を食べる時は体当たりで殺してから、ブラシ状の口器を死体に擦り付ける。
ブラシといっても、蟲の体の一部なのでワイヤーブラシよりも硬い。
容易に服や人の皮と肉を削り、血を啜ることが出来る。
立ち止まっている場合ではなかった。
このままここに遺体を放置するのは気が引けるが、残っていてもできることは少ない。
深呼吸して意識を切り替える。
俺が一匹でも多く蟲を倒せば、彼がこれ以上蟲に傷つけられる可能性を減らせるだろう。
■■■
走りながら、蟲に襲われている人を助ける。
しばらくそうして走っていると比較的大きな通りに出た。
そこには異様な光景が広がっていた。
道の端、露店が並んでいたであろう場所は、商品らしきものが撒き散らされごちゃごちゃとしている。
それだけでなく数人の死体が転がっており、それに蟲が取り付き血を吸っていた。
F級蟲 ヤマトヤブカ
F級蟲 ヒトスジシマカ
F級の中ではとりわけ危険性が高い蟲だ。
チョウバエなどは体当たりで攻撃してくるが、蚊には人を容易に殺せる武器がある。
蚊の口器はノコギリ状をしており、それを微振動させながら刺してくるため、人の肉など簡単に貫ける。
貫通させては血が吸えないので途中で止めるらしいが。
まずは、
三匹同時に襲いかかってきた。
ただ蚊は口器が危険ではあるが、身体の耐久力は他のF級と変わらない。
口器を避けてワンパン。を三回やるだけ。
次に、死体に取り付いている蚊を倒す。
死体に口器を突っ込んだままの頭部と胸部を離す。
手でちぎった。
胸部から下を放り投げ、頭部を掴みゆっくり口器を抜いていく。
この人は即死できずに、お腹に刺さった口器を抜こうとしたのか、手が血だらけだ。
続ける。
この蚊は沢山の人の血を吸ったのか、腹部がパンパンだった。
頭部と胸部を分けると、耐えきれなくなった腹部が破裂し、周囲に血が広がった。
続ける。
■■■
目につく範囲の死体に取り付いている蚊を倒し、どこかから飛んできた蚊も倒しながら進んでいく。
一つの死体に二匹以上の蚊がいた場合もあった。
カナブンと一緒に食事をしている蚊もいた。
それら全てを倒し進むと、これまでとは少し違った光景があった。
人の死体が転がっているのと、それに取り付く蟲は一緒だが、蟲の死骸もゴロゴロと転がっていた。
不思議に思い周囲を観察する。
──と、泡を食って駆け出す。
これまで、転がっている人を死体だと判断したのは、遠くから見て胸が動いていなかったり、生きている気配を感じなかった為だ。
念の為に頭部を引き抜く際に、近くでも確認している。生きている人はいなかった。
が、見つけた。蚊に血を吸われながらも生きている人を。
道中の、今も蚊に血を吸われている死んでしまっているであろう方々には申し訳ないが、生きている人が優先だ。
襲いかかってくる
「ここまで来ていたのか……」
思わず口から声が零れた。
お腹に蚊の口器を刺されていたのは、電車で会った銀髪少女だった。
意識は無いようだ。ぐったりとしている。
すぐに頭部と胸部から下を分け、蚊を倒した。
頭部はまだ残したままだ。
引き抜くと血が出てきてしまう。
下級治癒薬を取り出す。
道中何人かの人を助けたが、これを使う程の傷を負っている人はいなかった。
口器を掴み、深呼吸をする。ギザギザしているが、俺を傷つけられるほどでは無い。
ゆっくりと引き抜き、下級治癒薬を掛ける。……が半分程でやめてしまった。
──効きが悪い!
あの店主さんの酷い内出血を治した時と比べて明らかに効きが悪かった。
何故だ? 持ってくる治癒薬を間違えたか?
いや、同じ容器で内容液の色も同じだった。
ブラックマーケットの品だ。効果に偏りがあるのかもしれない。
比較的効果量の低いものを選んでしまったのかも。
意味があるのか分からないが、軽く振ってみる。
頼むよ〜 頑張ってくれよ〜。
下級治癒薬くん。人命が懸かってるんだよ。いけるよ、君なら。
店主さんの内出血を治した時の輝きを取り戻しておくれ!
残りの治癒薬を掛ける。
「おぉ」
さっきまでのが嘘のように傷が塞がった。
どうやら、濃度に偏りがあったらしい。
今度から、治癒薬使う前は軽く振ってからにしよう。
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