第二話 ブラックマーケット
土浦駅から出て、霞ヶ浦沿いに南下すると、程なくして本日の目的地に到着した。
謎の銀髪少女は途中まで着いてきていたようだが、どこかで諦めたのか今は気配を感じない。
正直めちゃくちゃ怖かった。勘弁して欲しい。
古いビルが立ち並ぶ薄暗い路地。点在する個人経営だと思われる怪しい店舗。恐らくは許可を取っていないだろう露店。建物の影で佇む謎の人物。
これぞまさにブラックマーケット!
そんな光景だ。
こんな入り組んだ場所に、すんなりと到着した事からお気づきかもしれないが、俺がこのブラックマーケットにきたのは今日が初めてでは無い。
■■■
最初にここに来たのは、霞ヶ浦付近が安全になったと聞いて少しのことだ。
その時買ったのが今もポケットに入っている、この少し大型のバタフライナイフ。
俺はこれを買う為に、少しでも安全なブラックマーケットを探していたんだ。
より正確に言うのであれば、バタフライナイフである必要はなかったが。
蟲の素材を使った武器であればなんでもよかった。
蟲には極めて厄介な特性として、
簡単に言えば、蟲の素材を使用した武器による攻撃か、レアギフトの中でも戦闘用のレアギフト──火を生み出したり雷撃を放ったりするもの──による攻撃でないとダメージを与えられないということである。
ゲームで例えると、物理耐性のある敵だ。魔法攻撃をする必要がある。
蟲は、その戦闘能力や凶暴性から、危険度がわかりやすいように分類されている。
一番危険なのがS級で、次にA級。以降アルファベット順に下がっていき、一番下がF級だ。番外枠としてEX級もある。
F級の蟲であれば、健康な若い男性が、金属バットで十数回程殴れば倒せるとされる。
しかしE級の蟲ともなると、金属バットで倒すには百回近く殴る必要がある。
D級に至っては金属バットじゃ、何回殴っても倒せないだろうと言われている。
俺はレアギフトを持っていない。
俺が産まれた時に与えられたのは、一般ギフト。
ありふれた【身体能力強化】だ。
【身体能力強化】を使って殴っても、
いくら鍛えても闘いの土俵にすら上がれない。
俺が住んでいる埼玉県は、他の県に比べて、蟲の被害が少ない県だが、全く無い訳では無い。
いつかは起こるだろう危機に、無策ではいられなかった。
ギフトを替えることは出来ない以上、蟲の素材を使った武器、
蟲具は一応市販されているが、武器であるためか、高校生には売ってくれない。法律で決まっているという訳では無いが、業界が自粛している。買うには身分証明が必要になる。
だがブラックマーケットには、身分証明を避けたい人向けに、確認無しで蟲具を販売している店がある。
当然、割高で売られる訳だが、考査で満点を取り続け、その度ボーナスを手に入れている俺には余裕があった。
幾つかの店を巡り、いい店を見つけた。
その店にはなんと、蟲具販売許可証が貼られていた。
蟲具は武器であるため、販売には国からの許可が必要になる。でなきゃ違法だ。
このブラックマーケットの他の店は当然、無許可である。
この店の販売許可証も偽造かなんかだろうが、あるのと無いのとでは大きく違う。
違法に売られている物を、違法と知りながら購入するのも、また違法である。が、知らなかったら?
許可証が偽造かどうかなんて素人に判断出来ない。
まあわざわざブラックマーケットに来ている以上苦しい言い訳ではあるが、通らないほどでは無い。
極力法に触れることのしたくない俺にとっては、ピッタリの店だった。
商品は他の店と比べても尚割高であったが、その分安全を買っていると思えば安いもんだ。
携行性を考慮し、深めのポケットになら入るバタフライナイフを購入した。
全て蟲の素材で構成され、刃にはD級蟲の素材を使っているとの事で、俺の貯金の多くを持っていかれたが、これで蟲に抗う事が出来る。
しかし、満足して帰ろうとした時、ある物が目に入った。下級治癒薬だ。
治癒薬。専用のレアギフトによって、
効力によって、高い順に高級、上級、中級、下級と分けられる。
だがそれらを購入することが出来るのは自衛隊や防蟲隊か、医療施設のみだ。
一応、下級治癒薬を希釈したものであれば市販されているが、効果はちょっとした擦り傷、切り傷を治療する程度で、蟲に襲われた怪我に有効な程ではない。
そんな中見つけた下級治癒薬の原液。深めの切り傷や、強い打ち身の治癒が可能だ。
俺自身の傷であれば自己治癒能力を強化することで対処出来るが、他人の傷は癒せない。
これも欲しかったが、高いバタフライナイフを買ったばかりで、懐が心許ない。次の機会にしよう。
■■■
そんな訳で今に至る。
二回目の来店にして、勝手知ったる風に店のドアを開く。店内には店員が一人。この人が店主だ。
他の客は居なかった。
雑に並んでいる棚をかき分けるようにして、まっすぐ下級治癒薬のもとに行き、手早くレジに持っていく。
「これください」
「………」
薄暗いブラックマーケットを照らさんばかりの笑顔を向けたが、無言で決済機を差し出された。
相変わらず無愛想な人だ。前回も全く同じ対応だった。
カードを翳し、支払う。
急な値上げとかもなく、問題なく買えた。
問題はこれがしっかり下級治癒薬級の効果が有るかだ。
家帰ってから調べよう。これで市販品並の効果しか無かったら、警察に匿名で通報すればいい。
とその時、大きく地面が揺れたのと同時に、不快な警報音と今最も聞きたくない放送が流れ出した。
『
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