蟲の塔 〜最強の大隊でいずれ最強の隊長になる男の話〜

半熟地蔵

序章

第一話 謎の銀髪少女

 西暦二〇四二年。世界各地に突如として現れた、黒光りする巨大な塔。

 そのてっぺんから溢れ出した、空が暗くなるほどの、たくさんの

 それにより、世界は一晩で大部分がの領域となった。


 このまま世界は蟲の物になってしまうのか?

 いいや、そうはならなかった!


 残り少ない人の領域を守る、人類の希望。

 防衛省 特別な機関 防蟲隊ぼうちゅうたい

 世界に蟲が現れて以降、人々が宿す不思議な力──ギフト。鍛え上げられたギフトの力で日々蟲と戦う、防蟲官ぼうちゅうかん

 彼らのおかげで、我々は今も平和に生きている。



 人類の未来を守る輝かしい職場。

 防衛省は勇気ある若者を歓迎します!



 ■■■



 埼玉第一高等学校。ここは埼玉県で最も勉強の出来る者が集まる高校だ。

 騒がしい放課後の教室にて、二年生一学期中間考査の順位が発表された。

 採点後の答案自体はテストの後すぐに返ってきていたけど、採点ミスが無いかの確認や集計やらで順位発表はテスト後数日経ってから行われる。


 結果はわかっているので、クラスメイトが発表された順位を見ながらワイワイ話しているのを横目に、帰る支度をする。


「ケン、また全教科満点かよ!」



 クラスメイトの一人が、個人端末の画面を指差しながら、羨望と驚きが混じった声を掛けてきた。

 どうやら順位発表のページを開いているようだ。


「入学以来ずっと満点だったんだろ? すっごいな〜」

「はは……。ありがとう」


 もっと真剣に褒めろ。


 まったくもって自慢では無いが、俺は彼の言う通り高校入ってから、というか学校のテストではほとんど満点を取り続けている。


「いいな〜。なんか奢ってくれよ!」

「ジュース1本くらいならいいよ」


 あんまり仲良くないのもあって、程々にあしらいつつ、帰りの支度を進める。

 今夜中には考査の結果に応じた額のボーナスが国から振り込まれることだろう。このボーナスでやっと欲しかった物が買える。さっさと帰って、明日の準備がしたかった。


「防衛大志望だっけ? 防蟲官?」


 そんな俺の帰りたいオーラに気づかないのか、それとも無視しているのか、彼はまだ話を続けようとしてくる。


「いや、自衛官。 ほら俺のギフト、アレだから」


 結構気に入っている俺の。あんまり悪く言う事も出来ず、適当に濁した。


「あー、俺も俺も。俺のギフトも一般ギフト。琥珀素こはくそってやっぱクソだよなー」


 琥珀素こはくそ。蟲が現れたのと同時に、世界を満たした謎の物質。

 動物の中では、人と蟲のみが体内に取り込める。

 蟲は外骨格や筋力の強化に使い、人はギフトと呼ばれる力を使用するのに使う。


 ギフトとは産まれた時に一人一つ与えられる不思議な力で、琥珀素こはくそを使用する。

 ギフトには大多数の人が持つ一般ギフトと、一部の人が持つレアギフトがあり、それは与えられた時には決まっているもので、鍛えることは出来ても、替えることは出来ない。


 防蟲官にはレアギフト持ちでないと成れないとされている。かなしいね。

 法律上は問題ないけど。


 小さい頃は防蟲官に憧れたりもしたが、もう高二だ。現実を見なきゃな。


「それじゃ」

「おーう。また来週~」


 支度も済んだので軽く声を掛けて立ち上がる。

 明日は茨城で買い物だ!


 ■■■


 蟲を定期的に吐き出す黒光りする塔。

 蟲の塔と名付けられたその塔は、名前に反して蟲を寄せ付けない性質を持っていた。

 蟲の塔を中心に、およそ百kmの範囲に効果が及び、その中で俺たちは暮らしている。残り少ない人の領域だ。

 とはいえ、物理的な壁がある訳でもないので、端の方ではちょこちょこ蟲がやって来て、多少の被害を出して防蟲官に倒される、なんて事がままある。


 被害を避けたければそんな端っこに住まなければいいわけで。

 昔に比べて人口も大きく減った分、制限されてなお土地は余ってるし。

 その上でそんなとこに住んでいるのはワケありな人や、後暗い店の経営者等だ。


 つまり、人の領域の端には所謂ブラックマーケットがある、ということだ。


 茨城県土浦市。ここに俺が目的とするブラックマーケットがある。

 市に面する日本で二番目の大きさを誇る湖の霞ヶ浦は、蟲の塔からちょうど百kmの位置にあたるため、水棲蟲達のいい住処になっていた。

 そのため土浦市は水棲蟲達が幾度となく上陸しては、被害を受けていた場所である。


 本来であればこんな危険な所に行きたくは無いが、ブラックマーケットがあるとされる場所は大体こんなもんだ。


 その中でも、今最も安全なのが土浦市のブラックマーケットだ。

 というのも、つい半年前あたりに、防蟲隊・茨城基地が霞ヶ浦の蟲を全滅させた。今後これを維持していく。といった旨の発表をしたのだ。

 霞ヶ浦から蟲が出てこないのであれば、土浦は安全だ。もしかしたらいつかまた霞ヶ浦に蟲が入ってしまうかもしれないが、現時点では蟲が一匹たりともいないと言うので、今日明日に土浦が襲われることは無いだろう。


 もちろん、それでも人の領域の端っこであるのは変わらない為、危険が無いわけでは無いが、そういった危険な場所でしか買えないものがある。

 通常の方法では購入出来ないもの。それを買う為に俺は今電車に揺られている。



 ──それにしても……。


 人の少ない静かな車内で、気づかれないように、それとなく視線を送った。

 もうすぐ土浦駅に着くが、数駅前に乗り込んできた銀髪の少女がやけにチラチラと俺を見てくる。

 俺は座席に座っているが、彼女は多くの席が空いているのにも関わらず、ドア付近に立っていた。

 見た目は、大体同年代だろうか。整った顔を訝しむ様に歪めている。

 声を掛けてくる気配は無い。

 俺の格好良さに一目惚れしたっていう雰囲気でも無さそうだ。


 知り合いかと思って一応記憶を探ったが、面識は無いな。

 こちとら、これからブラックマーケットに行こうという身だ。何か怪しい所でもあるのかと不安になってしまう。

 なんにもおかしなところは無いはずだが……。


 ──ハッ! もしかしたら俺から漏れ出ているのだろうか……。

 ブラックマーケットに行きそうなダークでアンダーグラウンドな雰囲気オーラが……。


 出ちゃうんだよなぁ。雰囲気オーラ

 それの対策はしようが無い。

 ふっ、すまんな。俺がクールなアウトローで……。


 半ば現実逃避気味にアホなことを考えていると、こちらが気づいてないとでも思っているのか、チラ見どころではなくガン見に変化していた。

 少し怒っているような、イラついているような雰囲気だ。

 心を読まれたか? 俺のつまんない妄言を聞いて怒ってる? ごめん。

 まあ心を読むギフトなんて無いんだが。


 正直怖い。なんか目をつけられるようなことしたか?


 ……いや大丈夫。俺は今から買い物に行くだけだ。違法な物やグレーな物がメインで売っているだけの、ただの商店街に。

 なんら後暗いことはないと心の中で自己正当化しつつも、目を合わせないように俯いていると、やっと土浦駅到着のアナウンスが流れ、ドアが開く。


 慌てて立ち上がり、念の為に例の銀髪少女から離れた方のドアで電車から降りると、彼女も降りたのが横目で見えた。


 一瞬で肝が冷えた。

 これはやばい! なんだかわからんが狙われている! 確実にヒットマン。

 俺が降りたのを確認してから、彼女も降りたように見える。


 もしかしたら彼女はブラックマーケットを調査しようとする警察の人間とかそんな感じなのかもしれない。


 今日はブラックマーケットに行かない方がいいか?

 いや、変に行動を変えた方が怪しまれるか?

 具体的にどんな嫌疑が掛けられているのか分からない以上、不自然な行動は避けたい。


 ブラックマーケットに行くこと自体は犯罪では無いし、ブラックマーケット居ただけで、まとめて逮捕されるなんて事は無いだろう。


 大丈夫。俺が買おうとしている物は合法だ。一応。

 捕まるのは非合法なクスリとかを買った時だろう。


 深呼吸をし、焦って高速回転していた思考を落ち着かせて、ゆったりと歩いてホームから出る。大丈夫。俺は遵法精神に満ちた若者だ。


 改札から出て、ふと後ろを見ると。


 ──銀髪少女と目が合った。

 

 いややっぱ小走りで行こう。

 俺は再びガン見してきた少女に対する恐怖を抑えきれなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る