第9話 人と料理の感想違ったときが一番頭まわる


 実地訓練の後、僕のすることが二つ増えた。それは商業ギルドの荷運びの仕事とギルドの中にある居酒屋で接客をすることだ。


 荷運びとは単純に目的の場所に荷物を届けるものと商人の馬車に荷物を積み込む作業がある。ダンジョン都市は魔石を始めとした魔物関連商品の特大市場ということをアミラが言っていた。だから、多くの商人がここへ買い付けに来てはよそで売るそうだ。


 ほかのダンジョン都市の方が近くにあったとしてもこちらに来ているらしい。それはここを治める伯爵様が有能な人物でほかの都市より大量に自由に魔石を手に入れる仕組みを作ったからだそうだ。腕一本からのし上がっていくにはいい街なんだそうだ。


 荷運びはギルドで商売している商人に顔を売るためだという。なんでも、若いうちに顔を売って親しくすることでランクが上がるたびに指名依頼や護衛など商人が仕事をするときに声がかかりやすくなる。それで、C級より上の冒険者や有名な傭兵は仲良くなった商人が専属契約を結んでいるところがほとんどだそうだ。これによって、C級になった冒険者は食い扶持に困らなくなってケガや年齢による衰えで冒険者をやめた後もその商人が仕事を紹介してくれるそう。すごい。


「おー、リードこっちに来てくれー」


 そう僕を呼ぶのは冒険者のみんなから熊さんと呼ばれている人だ。熊さんは体格がよくて僕より2周りは大きい。そんな熊さんに荷物のあれこれを学んでいる。正直僕には筋力がないし荷物を持つのは辛い、よく商人やほかの人に遅いとかふらふらするなとか怒られるのだが、熊さんだけは僕に優しくしてくれる。


「リード、それはこうやって持つんだぞー。そうそう、そんな感じ。じゃあゆっくりでいいから気てなー。」

「なんで優しくしてくれるの?」

「みんなはリードに嫉妬してるだけなんだなぁ。この仕事はいい商人ほど人気があって受けられないかもしれなのにリードはギルドから確実に入るようにお達しが来てるからなー。」

「なんでお達し?が来てるの?」

「それは、前の実地訓練でいい結果出したからだろうなー。次代のエース候補はこうして冒険者ギルド側で顔を売りたいんだと。」

「熊さんはどうしていつもいるの?」

「俺は見ての通り体格はよくて力仕事に向いてるんだけどなー。魔物を、命を奪うことができなかったんだよなぁ。だから、その分こっちで頑張ってるんだよなぁ。見て、これ。」


 僕は熊さんからギルドのランクが書いてあるギルドカードを受け取る。見ると、--級冒険者日雇いB級と書いてある。確か最初にくる等級が個人の強さを示していて、後ろに書いているのは得意なことや信頼度を表すものだったはずだ。B級相当の信頼ってどんな感じなんだろうと思う。


「まぁ、誰にでも向き、不向きはあるんだから、堂々としてればいいんだな。俺が次代のエースなんだぞってな感じで。」

「ありがとう。」


 そうはいってもエースって感じがわからない。ミーナだって僕より動けているし、トームなんてそこら辺の弱い冒険者は手が出せないほど剣も魔法も強い。僕は胸を張れるものを何か持っているのだろうか。




「おい、坊主!!ビールはまだかよ、早くしろ!!」

「はっ、はい!!」


 日が落ちてくると居酒屋の仕事が始まる。


 冒険者ギルドの中にある居酒屋は信頼度D級以下が使う場所だ。なんでも、外で食べさすとすぐ喧嘩が始まったりするのでD級以下はここでしか食べられないというルールになっている。いくらお金をおろしてくれる客だとしても剣や魔法で脅されたり、暴れられたりすると冒険者以外の人が来なくなってしまっては商売が出来ないからからだ。それに、そこら辺の冒険者より商人の方がお金を持っているから、冒険者が居なくても売上にはほとんど影響しないみたいだ。


 行儀よく食べる人達はすぐ信頼度がD級を超えるため、残りの行儀の悪い客がここに残っているのだ。ちょっと料理を出すのが遅れただけで罵倒、喧嘩、果てには剣を抜く人もいたりする。冒険者なんてそんなもんだ、村から出てきたはみ出し者、半端者の集まりだ。誰だって不安定で危険な職場より安定した安全な職場で働きたいと思うはずだ。それが出来ないから冒険者になっているのだ。


「にゃー!今ケツ触った奴は誰にゃ!!金貨1枚だにゃ!!」

「ハッ!誰がこんなお子様のケツなんかに金貨払うかよ後5年経ってから言えよ!!ぎゃはははは!!」

「にゃー!!このくずが!」


 ミーナも居酒屋で働いているが相当苦労しているみたいだ。ただ、僕よりうまく人をあしらっているのか罵倒や暴力はひどくないようだ。本当に同じぐらいの年齢なのだろうか?


「おい!お前は何回言ったらわかるんだよ!!おせぇんだよ。」

「ど、どうぞ…。」

「チッ!!ちょっとできるからって調子乗りやがって、こんなこともできねぇのか、くずが。」


 毎日こんな感じだ。最近は一日荷運びに費やすか昼から居酒屋で夜まで働いているかのどちらかだ。


 トームとアミラは見習い冒険者を卒業し、もうD級冒険者になったらしい。三人でやっていた模擬戦も時間がなくて参加してくれないしトームのしごきが辛かったのかよく一緒にいた僕の相手を誰もしてくれない。今、僕は一人ボッチで素振りをするようになった。最近は慣れないことをしているからか素振りに力が入らず前のように成長した感覚がない。そして、素振りの回数もだんだんと少なくなってきている。


 正直に言ってつらい。浴びせられる罵倒や暴力は自分という存在が世界から不要とされてるみたいに感じることがある。そして、自分が成長が感じられなくなって最後の砦もなくなってきた。




 今日は雨が降っていたので、久しぶりに魔物の解体作業の仕事に入る。最近は不慣れな仕事ばっかりしていたら自分が役に立っている感じがあって嬉しい。


 いや、こんなことをしてよいのだろうか。僕の当面の目標は普通に生活することだ。そのうえで吸血衝動を解決できる冒険者になったまではいい。でも、最近のこれは違う気がする。魔法が使えるようになって、魔物とある程度戦えることはまだいい。ただそこから次がない。


 苦手なこと、やったことのないことをやらされて罵倒されて泣きながら寝る。こんな生活を望んでいたわけじゃない。今のままではだめだ。言い切れない感情が背中から出てくる。


 だけど、どうすることもできなくて、もがいて、空回りして、それでもどうすることもできなくて。背中からでてきた感情が肩に襲い掛かる。それは重たくて、重たくて、重たくて…


 手が止まる、体が止まる、涙が溢れ出る。わかっている、このままではいけないことは…でも体が重い。


 急に回りが騒がしくなる。どうやら受付らへんから変化があるようだ。そうなると新しく誰か有名人が来たのだろうか?迷宮都市の性質上よく有名な冒険者が立ち寄ることがある。僕がここに来てからA級冒険者パーティーが1組、B級冒険者パーティーが3組きた。今回はその時以上に騒がしくなっている。僕は涙を拭き、周りに耳をかざす。


「おい、あれ幻影じゃねぇか?」

「いや、あの黒いローブは有名だからな、誰かが真似してきているだけかもしれん。」

「この膨大な魔力量さぞ有名な魔術師にちがいない。せめて素顔が見らればよいのだが。」


 僕は注目の的になっている黒いローブを被った人を見る。僕でもわかるほど膨大な魔力を持っていることがわかる。


「どうもこんにちは、ここに初めてきたので登録したいのだがよろしいかな?」


 冒険者が初めて登録した町から出て別の町で活動する場合、冒険者プレートをその町のギルドに提出し登録する必要がある。


「S級!!これは幻影のゼノン様!?」

「ああ、いつもローブを被っていから忘れていましたね。」


 そう言ってゼノンと呼ばれた男の人はローブを外す。身長はそこそこ高く、黒く艶のある髪に整った顔は受付の女の子が見惚れるほど美しい。一番特徴的なのは目だろう。彼の目は白くこちらを反射して見えるほど綺麗に輝いている。


「ゼノンって?」


 僕は解体しているおっちゃんに聞いてみる。


「お前!?知らねえのか。いいか、あいつは幻影ゼノン。わずか10歳にして魔法使い最高峰を決める祭典、デリア祭に出場し、優勝した後一人でS級になった。今じゃ、世界的に活躍している超有名な大魔法使い様だ。なんでもゼノンに気に入られた人はその後大成することで有名なんだよ。最近S級に上がった影絵なんてそうだな。お前こんなことも知らねえのか?」


 必要な情報を聞いた僕は再びゼノンを見る。見惚れて作業が遅くなっている受付嬢に対し困っているのかほほをかきながら周りを見渡している。受付嬢さんからネームプレートを渡してもらった後、またギルド内をゆっくりと見回っているようだ。あ、なんか今目が合った。


 え?こっちに歩いてくるんですけど。めっちゃ目が合っているんですけど。僕は急いで辺りを見渡す近くには解体業のおっちゃんしかいない。目の前で止まる。え、僕?


「んんんんんんんんんんん!!素晴らしいいい!!輝きだ!!君の名前は何だい???」

「リ、リード…です。」

「ほうほうほうほうほう、リード、リード君ですか。ん?導き…いい名前ですねぇ!!」


 ゼノンはうんうんと何やらうなっている。ただし、僕の目を見ながら。怖い。


「リード君、君はここにいるということは冒険者になりたいということでいいですね?」

「まだ、見習いなんです。」

「んんんんんんん!!実にいい!!実にいいですよ!!これほどまでに輝いて見える人物は初めてだ!」

「あの、何が言いたいの…です。」

「ああ!!置いてけぼりになってしまいましたね。リード君、あなた私の弟子になりませんか?」


「「「えええええええええええええ!」」」


 僕の声とともに周りの声が響く。まさかその辺にいた冒険者の少年が選ばれるとは思わなかったのだろう。僕だってそうだ、まだ頭の中を整理しきれていない。


「あなたについて行けばここから変わりますか?」

「ええ、君は変わる資格がある。辛いでしょうがついて来ますか?」


 ゼノンは僕に手を差し伸べる。


「僕が変われるなら僕はなんだってする。」


 窓から放たれる斜陽の光、僕はゼノンの手を取る。

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