第5話  右と言われると左にウインカーを出すバク


 「でっけえ……」


 宿の主人からメイドスの向きを聞き半日、僕はメイドスの巨大な壁に来ていた。


 町を覆う壁が高いことは知っていたし、メイドスを遠目に見たときに高い城壁だな、と思っていた。だけど、目の前に広がる壁は村のおじさんが言っていた以上に高く分厚い。大人5人分など優に越せるぐらい高く、その幅も普通の家より厚いように思える。


「次の人ーー!!」


 町に入るために検問の列に並んでいる。流石にこの壁を登り切れる自信はないし、冒険者志望で各地から人がやってくるため検査も緩い。なんと、犯罪者でも軽い刑なら見逃されるという。


 僕は事前に作っておいた設定を思い出しながら、列を待っていると僕の番がやってきた。


「おっ、きれいな子じゃねえか、名前は?この町に何を?」

「リードです。ええっと、冒険者になりたくて」

「へー、こんな器量のいい娘さんがねえ。見ない顔だけどどこの村から来たのかな?」

「帝国から来ました。あそこは治安が悪くてとてもじゃないが暮らせないとおばあちゃんがなけなしの金貨をくれて…」


 そういって金貨を財布から兵士以外に見せないように取り出す。


「そうか...辛かったな、通って良し!!頑張れよ!!」


 通れてしまった。正直帝国出身というかどうか迷っていた。僕が帝国と通じているんじゃないかと疑われたら入れないんじゃないかと思ったからだ。疑われても帝国の貨幣があるためこの国の村の住人という設定はすぐにばれてしまうから、帝国出身にする必要があった。


「あっ!!冒険者ギルドってどこですか!!」

「おう、そこの大通りにでっけぇ建物あるからそれだ!!」


 検問の兵士にギルトの場所を聞き町に入る。


「おお~すっごい。」


 鎧を着ている人、重い荷物を運んでる人、客引きをしている人。


 まず、驚いたのは人の多さである。検問しているときの列の長さからある程度予想できたが人の多さに目がいった。町とはこれほどまでに様々な仕事についている人間をみることになるとは思わなかったからだ。


 次に建物の大きさに目を見張る。一つ一つが自分より二人分以上を大きくて、それが大道理を分け隔てて両側にずらっと並んでいる。村では平屋がほとんどで二階建てなどまれであり二階建てのところはよほどの金持ちか、村長などの役割を持つ家だけであった。


 そして、大通りには同じ間隔でたっている鉄の棒、てっぺんにあるのはランプだろうか?町というのは不思議なものもあるのだなとあたりを見回しながら進む。


 「おおー、ここが冒険者ギルドか。想像してたよりも大きいぞ」


 大通りの真ん中に突如として現れた大きな建物。5階建てであろうか町の外壁よりも少し低く、10個の家を飲み込んでしまうほどの大きさがある。大通りの真ん中にあるその巨大な建物はまるで館、小さな城と説明しても通じるぐらい豪華だった。





冒険者ギルドの入り口に扉はなく、ただ大きな穴が開いているだけである。冒険者が多い上に体格が大きい者や鎧などを着たものがよく出入りするため入口で渋滞してしまうからだ。


 少年は中に入る。扉がなく室内にいる人間は通常の場合、人が一人入ってきただけでわざわざその相手を意識することはない。しかし、少年が中に入ると声が小さくなり、視線は今しがた入ってきた少年のことを見る。


 少年の身長は成人した男性と同じぐらい、男性としては平均的な身長をしている。肌は白磁のように白く、全体的に華奢であり、腕が細い。金色の髪と赤く澄んだ瞳を持ち、鼻は高い。10人の人に聞くと8人は少女と回答し、残り2人も美少年と回答する中世的な顔立ちをしている。


 容姿だけならエルフ族が一番優れていると聞く。ダンジョン都市とは様々な冒険者が色々な場所から集まってくる。その中にはエルフ族も当然含まれており、ダンジョン都市に数多くいるため、容姿の良さだけで目の肥えたダンジョン都市の冒険者は注目しない。


 だが、今ここにいる冒険者のほとんどは一人の少年に注目している。下級のものは不思議な魅力を感じるとしか思っていないだろう。天才、ベテラン、実力者と呼ばれる者はその魅力の原因が何となくわかる。


『魅了魔法』


 サキュバスやナイトメアなどの魔物が使ってくる魔法に似た感覚があるとベテランたちは分析する。しかし、魔法を扱う秀才、天才と呼ばれる者はその膨大な魔力が人を惹きつけられていると結論づけた。


 正解は後者である。魔力というものは生物の誰しも備わっている。魔力が多いほど生物的に優れており、巨大な魔力を有する者はその存在だけで魅了することが出来る。これは全生物の性であり、貴族による選民思想が強い国の平民女性が王族、公爵、騎士団長、宰相の逆ハーレムをきづいたといえばわかるだろうか。それだけ、生物にとって魔力というものは魅力に還元される世界なのである。


 注目の的にされている少年、リードのことなのだが、どちらかといえば魔力に寄っている吸血鬼の因子が半分入っている半吸血鬼である。もちろん、魔力は人より多い、それこそ一段階階位を上げたぐらいでは届かないぐらいに。そして、彼の美少女と見間違えしまう容姿がより一層魅力を引き立てている。


(おお!!これが冒険者ギルドか!!すごい!!でかい!!)


 冒険者ギルドに一つの静かな嵐を作っているこの少年、これほどの豪華な建物を見たことがないせいで精神年齢が5歳ほど下がっている。そのため、周りの目線など気にしていない、否、周りを見渡しているが周りが見えていないのである。



 少年は受付カウンター列の最後列に並ぶ。少年と違い列の前の人間は周囲の目線に気づいている。そもそも、昼間にカウンターに並ぶということはよっぽどの実力者が泊りがけや即座に終わらせる場合以外は、怪我で帰ってきた者や日雇い労働の報告で並ぶ人間がほとんどである。もちろん実力者は数が少ないため、日雇い労働など下っ端やあまり武力のない人が並んでいるわけで、少年の一人前の人はその後者の場合の人である。


 あまり強くない自分の後ろに並んだ人間が自分には手が届かないほど上の実力者が注目している状況。今、少年の前に並んでいる人はウサギがライオンに睨まれている状態に等しい…はっきり言って迷惑である!!


 少年に列を譲ろうとしたがそれを固辞される。冒険者は無法者や食い詰め者も数多くいる。列に割り込んでくるなんて普通に起きるし、それによって喧嘩になることもある。そのため、前を譲ろうとしてもしっかり順番を守るその誠実さは評価するべきであるがもう少し空気を読んで欲しかったと、心の中で涙を流す。


(うわわ、改めて冒険者で食っていけるのだろうか。浅瀬の魔物なら弟と勝ったことあるけど。)


 そのころの少年はお上りさん雰囲気から急に我に返り、不安が襲ってきていた。いや、もっと周りの人の様子を見て欲しいところであるが。


 少年の前の人の受付が終わり、前の人は急に走り出し受付を離れた。その様子は、脱兎のようであり、風のように自然であり、階位が上がっていない中では最高速度だったのではないかと口々に話されるような速さであった。


「お待たせしました。ご用件は何ですか?」


 ピンク色の髪、薄く赤い瞳の受付嬢がリードに話しかける。


「冒険者になりたくて」

「わかりました。銅貨三枚と名前を教えていただけませんか?」

「はい、名前はリードです」


 一連の会話を盗み聞きしていた連中がざわつき始めた。少年の魔力は冒険者なり立て、階位昇段者レベルアップした人の比ではないし、二つ上がってようやくといったほど保有しているからである。ほとんどの実力者は冒険者ランクはいくつか、という話をしていたのに対して冒険者ではないと言う少年。果たしてどんな修羅の国で育ったのか、想像し戦慄する。


「過去に傭兵業やほかのギルドに登録はしたことがありますか?」

「ああ、いえそうゆうのはないです」


 ない!?またしても驚く、この少年が傭兵や他のギルドに所属したことがあるのであれば納得がいく魔力保有量であるがそれすらないとなると少年の経歴が予想される。


 スパイ


 しかし、それを否定する要素がある。それは、魔力を扱う人間はある程度魔力を抑えることが出来る。抑えてこれなら元々の魔力はどれだけ膨大なのかを想像したくない。


「特技などありますか?魔法が使えるとか」

「あ、はい。狩人として暮らしていたのでそうゆうのと、剣はちょっと使えます。魔法も多分…」

「それでは役職はスカウトにしますか?魔法剣士にしますか?後で変更できますよ」

「スカウトがよくわからないのでとりあえず魔法剣士で」

「かしこまりました。最後ですがリードさんは昇段者ですか?」


 ギルド内全員が注目する。ギルドの受付ということはそれだけ昇段者、階位レベルが上がった者を見てきた証拠である。直接戦闘に関わることのない職であったとしてもその人がどれぐらいの者なのかある程度なら判別できる。


 あと、その、なんて言いうかギルドのみんなにもっと聞け、もっと聞けという雰囲気がうるさいのである。


「へ?僕なんの偉業も達してないから階位なんて上がってないけど?」


 激震が走る。少なくとも昇段者であろうという少年からあまりにも軽い一言。経験から嘘は言っていないように感じる。そうなると少年の魔力は生まれ持った才能であり、これからもっと伸びていくことが予想できる。ギルドの中にいた人たちは思う、これが新しいエース候補の誕生だと。


「そ、そうですか。冒険者証です。初めての登録のため、これから半年、午前は講義や訓練、午後から雑用をしてもらうことになります。明日の朝にはここへ来てください。何かほかに質問ありますか?」


 そういって、木の板を通してあるネックレスを渡してくる。そこにはリード、魔法戦士、ランクGと書いてある。少年には文字が読めないが。


「ありがとう、この辺に安い宿屋はある?あんまりお金持ってなくて」

「雑魚寝ですけどギルドでて北の端に行ってもらえれば新人冒険者用の宿屋があります。朝と夜にご飯ができて料金はギルドでの雑用から天引きする形をとっています。それでも一日銅貨1枚支給されるので格安で止まれますよ」

「ありがとう。じゃあ、さっそくそこへ行ってきます」

「黒猫の看板が目印ですのでそこを目指してくださいね」




 僕はギルドの受付嬢から聞いていた通り、黒猫の看板が立っている宿屋に入った。その宿屋は二階建てで左右に二つの棟に分かれている。だけど、木造で、所々剣で傷つけられたあとがある。僕は宿屋に入ったすぐにいた受付のおじさんに話しかけた。


「あの、今日から冒険者ギルドに入ったばかりのリードっていうんだけど、部屋空いてる?」

「ん?ああ、雑魚寝だから適当な部屋使ってくれ。二階はあんま行くんじゃねえぞ、あそこは何年たっても独り立ち出来ねえクソどものたまり場だかんな」

「財布とか貴重品預けて欲しいんだけど。」

「ああ、いいぜ。この割符をやるから必要になったらこれを出しな」


 僕は財布など剣以外の持ち物を預けると後ろから入ってきた男性と同じ右の棟に行こうとする。


「あ!!まて、女は左の棟だぜ、いうのを忘れてたな、すまねぇ!!」

「あの、僕、男なんですけど」


 会う人、合う人に女に間違えられてる気がする。確かに肩幅はあんまりないし、腕も細いけど、背が高いし間違える要素ないと思ったんだけどな。


 そう思いながら、適当な部屋のドアを開ける。


「ん!見ない顔だな!!俺は駆け出し冒険者のトームっていうんだ!!こっちは相棒のアミラ!!」


 ドアを開けるとトームと名乗る緑髪、緑目の青年が話しかけてきた。隣には薄い青色の髪と金色の目を持つ青年のアミラが座ってうなっている。アミラはそれほどではないがトームの方は結構な存在感があって強いことが僕でもわかる。


「こんにちは、新しく冒険者になったリードだ、よろしく。もしかして、トームって昇段者だったりする?」

「おう!!二段階上がってるぜ!!」

「おいあんまそんなこと大っぴらに言うな」


 アミラはそう言って忠告している。


「まあ、いいじゃねえか、敵意なんてなさそうだしよ」


 僕は二段階階位が上がっていることに目を丸くする。なんで駆け出し冒険者なんてやっているのかと。(おいおい、それは俺たちもだぜ。)僕の中の何かが話しかけてきたが無視する。


「ああ!!俺、風の傭兵団ってところにいたんだがよ!!馬鹿すぎて見分?を広めて来いっておやじに言われてなぁ!!俺たちゃそろそろここを出ていくんだがよ、それまでよろしく頼むわ後輩」


 それからトームとアミラに色々なことを教わった。大通りにある鉄の棒は街灯といっててっぺんのランプに光を発する魔道具を備えていること。ダンジョンは主に二つあり、難攻不落のラルルダンジョンと中級者までが適正のアトムダンジョンがあること。魔法関連の研究をする魔法学校マーシャがあること。町は早朝、昼前、昼、夕方、日没に鐘が鳴るようになっており、第一の鐘といわれる。ここでは第一の鐘と第五の鐘の時間に食堂が開いており、朝食と夕食をとるようだ。


 二人と夕食をとり、明日やることを教えてもらった。どうやら初日は訓練しているところを見ながら教官に冒険者ギルドの概要等を聞くことになるらしい。


 なんにせよ明日から本番だ。僕は少しの高揚と不安を感じながら眠る。

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