第3話 本当に不幸な奴のほうが手を叩いている可能性がある


 血だらけの服、激しさを増す呼吸とそれに連動する肩、震える足。それは彼が瀕死である証拠であった。


「今回だけだぞ」


 彼は誰にも聞こえないように呟く。その声はこれまで発していたものとは違い、かすかに怒りと呆れを感じて言いるものであった。


 男たちは膝をついた彼を見ていた。彼は先ほどから述べている通り、遠くから見ても瀕死の状態であることが明らかだったためだ。副業として人さらいをやっている彼らにとって対象が瀕死の状態というのは治療に金がかかるため取り分が減るし、殺してしまえば金が手に入らない。それでも0よりはましだと思った軽装の男が恐る恐る近づいていく。


ガリッ!!


 彼は近づいた男の首筋に自分の歯を立てる。彼らには最後の抵抗に思えただろう。たしかに、耳や尻尾などに動物の特徴を宿す獣人族。その中でも狼族をはじめとする牙を持つ彼らにはその牙を生かした噛みつく攻撃があり、もし首筋に噛みつかれようものなら噛みつかれたものの命はなくなってしまう。しかし、彼は人間で牙なんてものはついていない。


どくどくどく


 確かに人間には本来、牙というものは備わっていない。だが、彼には、実験によって半分吸血鬼にされた彼には牙がある。


 軽装の男の首から血が流れ始める。いや、流れてはこない。その血は彼によって飲まれているからだ。ほかの三人は何が起きているのかわからない。


 後ろから襲うために軽装で戦闘に挑んでいるあの男は腐っても軍人であり、あのような細腕を振りほどけないほどなまっているわけないと思っていたからだ。


 しかし、今はどうだ?男は彼女(と思っている)に嚙みつかれてから動こうともしないし、彼女も動かない。人間であるはずの彼女はこれ以上首を噛んでも何も起きないはずなのに噛んだまま時が過ぎていく。


 突然、軽装の男がバタっと倒れた。倒れたと同時に三人に赤い線が伸びていく。


 三人の男は赤い線を慌てて回避しようとしたが二人間に合わず鎧の中に線が入ってしまった。回避できたのはリーダー一人、リーダーは彼が小さく呟いた声がはっきりと聞こえた。


『血操魔法 血糸ちのいと


 男二人の鎧の中に入った赤い糸は鼓動する。その音はまるで心臓の動きに合わせるかのように。


「この糸、俺の血吸ってやがる!!」

「くそっ!!はなせ!!」


 命中した男二人には鼓動している意味がすぐに分かった。この赤い糸は心臓の鼓動に合わせて血を吸っているのである。手で糸を掴んでも体内に入った糸を抜くことができずに焦る。


 リーダーの男は日本の赤い糸を持っていた剣で断ち切り、彼のほうを見る。


 彼は傷口から流血が止まっているだけでなく傷さえもない。息切れも止まっており、肌や髪の毛のツヤやあった時よりも光り輝いて見え、それがより一層美しさを醸し出している。


「吸血鬼…!?」


 男たちはそう連想した。血を食らって己の糧にする、生命力が高い、身体能力こそ同列の魔物に劣るが血を操る魔法にたけ、宵闇に紛れ生娘を襲う。など様々な噂がある吸血鬼。人間と同等の知能を持っているため数々の物語に悪役、最後の敵として現れる彼らのことを知らないものはいない。


 自らの血を操り、自らの糧とする。今、目の前で見せられたものは明らかに吸血鬼のそれであり男たちは驚きからか彼と距離をとる。


「んー、半分正解で半分間違いかな。つか、吸血鬼相手に距離とっちゃダメでしょ」


 彼は口を三日月の形に変え、男たちを嘲笑う。


『血操魔法 血槍ちのやり

 

 彼は頭付近に長細い槍の形をした血の塊を出現させ三人のほうへ放った。それと同時に切られた糸を網のように男たちの足元に巡らし逃げ場を奪っていく。

 

 そこからはあまりにも一方的であった。男たちは迫ってくる血の槍を対処することに精一杯で距離を詰められることができず、逃げようにも血の糸が前後左右から襲い掛かってくるため逃げられない。


 一方の彼は人間一人分の血と糸で回収した分から余裕があり、足りなくなると男たちから少しずつ回収することができるからだ。


 一人、また一人と倒れていき、最後はリーダーの男一人。その男は最後を悟ったのか決死の突撃をかましたがあっけなく躱され、ヘルムをはがされる。無防備になった首筋に牙を突き立て血を吸い、殺す。


「ごちそうさまでした。イヤー男のむさくるしい血はあんまり美味しくないね。元気な若い娘の血じゃなくちゃ」


 そういいながら、彼は物言わぬ物体となった四人の懐をまさぐる。バック、携帯食料、ナイフ、通貨、一番軽い剣をはぎ取っていく。


「戦闘も終わったし、そろそろ変わりたいんだけどなー。まあ、俺もリード君も初めての旅で初めての戦闘だったしうまくいかないのも当然か。国境ぐらいわたってあげよう。血も吸えたしね」


 彼は長々と独り言をいうタイプではない。独り言を言うことで、主人格であるリードにどのような思考をしたうえでこの行動を起こしたのかを理解させるためである。


「あんまり俺がいるとこっち側に飲まれちゃうからできればすぐに変わりたいんだけどね。今回だけだよ、俺だって人間でいたんだからさ」


 彼はそういうと国境である川のほうへ歩きだす。ここには四人の兵士の死体があるし、時間がたてば四人の不在から捜索隊が組まれてもおかしくない。もし、捜索隊にでも見つかればあの地獄に逆戻りする可能性が高い。


 彼は急ぐ、当面の目標はできるだけ国境越えを素早く成功させ、この場から離れることである。





 川についた彼は急いで川に飛び込みそのまま泳いで川を渡る。幸いにも川の流れが緩やかなため流される心配はなかった。しかし、彼はほとんど泳ぐという行為をしたことがないためあまり前へと進まない。


 『血操魔法 血糸ちのいと


 彼は川の底に血の糸を張り巡らし、体が地面と固定するようにした。そして、彼は自分の体を糸で巻いて川の上に浮く。こうなれば泳ぐという概念すらない。彼は少しずつ川を渡っていき対岸につく。


 対岸についた後周りを確認する。あたりは川の近辺は砂利や小石、砂出てきた平地であり、すぐ後ろには森と遠くに山があるのがわかる。血の付いた服を洗い少し乾かしてから関所である橋を目指す。


 この場所は開けているが後ろに森がある。森の奥、人の手が入らないところには魔物がいる。ここは平地だし視界が確保されているが魔物が出ないわけではない。逆に言えば人の往来が激しいところは冒険者や騎士団が定期的に駆除しているため、魔物との遭遇率が低く比較的安全である。


 この逃亡生活は道を探し、その道から少し離れた身の隠せるところを歩いてきたのだ。今、なぜ関所がある橋を目指すのかというと安全に旅を続けるために道を見つけるためである。


「リード君は夢の中に干渉してくる女の人の言葉に従ってるけどこのままでいいのかね?半分だけど吸血鬼よ、俺たち」


 現在の吸血鬼の一般的な立ち位置は所在が確認されると一段階階位レベルが上がった兵士や冒険者が30人が派遣され、そのうち10人が犠牲となる。三段階、階位レベルが上がった者がようやく一対一で相手になる。もちろん、これは吸血鬼のテリトリーに侵入したうえで戦った場合の結末であるが。


 階位レベルというものは魔物を倒す、厳しい修行をする、偉業をなすなどすると普通の人間では発揮できない力を発揮することができる。一つ階位レベルが上がった者に階位レベルが上がっていないものが10人寄ってかかろうとももろともせずに返り討ちになることは有名であり、どんな辺鄙な村でも伝わっていることである。あまりにも人並外れた力を持つために動物としての格が上がることから階位レベルが上がると表現されている。


 彼もリードも吸血鬼がこれほどまで強いとは知らないが、一段階上がったぐらいで勝てる相手ではないことを知っている。だから、夢という精神的なところを干渉できるあの声の主に危機感がある。


 彼はやがて関所にたどり着き、道を見つけ、少し離れたところに腰を下ろし、意識をなくす。もう、自分が表に出ないことを願って

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