第2話 慣れてくるとここだけで物語がだいたいわかる
照りつける光、広がる青、自由な白
あの地獄の場所から出てきて12日がたとうとしている。今は国境付近を歩いており、どうやってこの国を抜け出すかを考えている。
え?吸血鬼が太陽の下で行動できるのか?
結論を言えばできる。半吸血鬼といっても吸血鬼と人間のハーフではなく、純粋な人族が吸血鬼の血と因子を注入されたことによりできた半端ものだし、そもそも吸血鬼の太陽が苦手というものが正しいとは思わない。
食事のせいもあるかもしれないが12日間も歩いたのに体に筋肉がつく様子がないし、心なしか体が人間だった頃より鈍い気がする。このことを考えると吸血鬼という奴は運動能力が他と比べるとよくないのかもしれない。
食料を手に入れるために村や町に夜盗みに行ったことがある。この体は夜に親和性がよいらしく、今まで気づかれたことがない。もしかして、と思って寝ている人の枕元に立ってみたりしたがまったく起きる気配がせずそのまま家をでることができた。
吸血鬼が夜に女性を襲うという物語は身体能力が劣るため男性では女性を、夜というのは親和性が高くほかの生物に見つからないためだと思う。
とまあ、雑談はこれぐらいしてどうやって国境を超えるかだ。どうやら国境近くには両国の兵士が巡回しているみたいで時折にらみを利かせているのがわかる。しかも国境は深そうな川で区切られており橋には関所がたっている。
川を泳いで渡ろうにも泳げるかどうかわからないし、泳いでいる途中で兵士に見つかったりでもしたら一貫終わりである。商人の荷物に隠れようにも行き来が少ないようですべての木箱を開けて検問しているところを遠目で見た。
澄み切った青はやがてオレンジに染まる。
「おい、あいつだな」
「おう、そうだぜ。ここでは見かけねぇほどの美人だ」
どうやって国境を越えようかと考えていると夕方になってしまった。気づくと物陰から数人の声が聞こえた。
「こんなところでなにをしているんだい?お嬢さん」
物陰から現れた人間はみな鎧を着ていて、軽薄な笑みをこちらに向けている。鎧を着る職業は大きく三つ、兵士、冒険者、傭兵である。この中で一番余裕があるのが兵士であり、装備が統一されているのも兵士だけである。だから僕は兵士と判断し、一瞬、密出国がばれたと思い焦る。
だが、こいつらの目は見たことがある、あの地獄で何度も見てきた人を見下す目、興奮が隠し切れないあさましい目をしている。
「あ、兵隊さん。今、野草を採っていまして…」
「嘘はいけないなぁお嬢さん。こんなところに食べ物なんてあるわけないだろぉ?」
別に僕は嘘を言っていなかった。確かにここには食べられる野草は生えていなかったが少し離れたところに生えている。この兵士達は昼間、関所で検査していた人達に似ている。この辺で生活をしているのなら知っているような気がするが……
「え…知らないんですか?ほら、あっちに行ったらありますよ」
「ほんとかなぁ?出来れば案内してくれない?俺たち最近来たばっかりでよぉ、ここらのことあんま知らねぇんだわ」
「すみません、遅くなると両親しますので、僕はこのへんで…」
「ぼく?まぁこまけえことたぁいいんだよ、ちょっとでいいんだから。な?」
しばらく会話の攻防を続ける。妙に引き延ばしてくるのを感じる。意図的に会話を伸ばしているような?会話が目的ではない?
はっと気づいて周囲を確認する、自分の後ろに気配がする。
感じる悪意に、恐怖を感じる。――――カサッ、後ろから音がなると同時に鎧を着ていない軽装の男が両手に持っていた麻袋を顔にかぶせようと襲ってくる。僕は間一髪でそれを交わし、なりふり構わず逃げ出した。
「あ!てめぇ!!失敗しやがって!!早く追うぞ!!」
四人となった男たちが目の色を変えてこちらに迫ってくることを感じる。重たいであろう鎧を着ていても訓練された兵士に対し、こちらは一日一食食べられたら良いようなやせこけた貧弱な体、当然、逃げられない。だから逃げるのをあきらめて相手のほうを向く。
「追い込んだぜ、お嬢ちゃん。さっさとあきらめて捕まりな!」
四人に囲まれはじめじりじりと後退せざるを得ない。再び背を向けて逃げようなら彼らは容赦なく突撃をかまし、自分の体を使って組み抑えてくるだろう。
しかし、いつまでも後退できるわけがない。いつしか僕の背には木の幹が当たり、その感触は後退することを許してくれなくなった証拠。
五人の目が交差する
男たちが一斉に襲い掛かってくる。だけど、僕は暴力というものを知り尽くしている。たとえ貧相な体であっても四人の息の合っていない暴力なんて余裕で交わすことができた。
「こいつ、だたの村娘じゃねえな。てめぇナニモンだ!」
どうやら僕のことを女だと思っていたらしい。体も貧相で女性らしい特徴がないしどうしてだろう、と緊急事態にもかかわらず余計なことを考えていたせいで沈黙している形になってしまった。
「黙ってるってこたぁ、遠慮しなくてもいいな。お前ら!殺すなよ!」
「へへ、わかってますよ、隊長」
最初に話しかけてきた男がリーダーだったようで一斉に剣をさやから抜いて威圧してきた。
途端、冷や汗が流れる。あそこでは殺さないために剣などは腰にぶら下げる程度で抜くことなどなかったし、連れ去られる前、村の人がその刃に倒れているところを目撃しているトラウマが蘇ってきたからだ。
右上段から放たれる剣筋は素人目だが訓練された兵士に相応しい威力と速さ。僕はとっさに回避するため体をねじったが右腕にかすり傷を作る。逃亡を許さないように別の男がすかさず剣を振ってくる。
息をつく暇もない攻撃ではない。彼らは協力することが苦手なのか誰かが攻撃し終えてから攻撃をしている節が見当たる。そのおかげで何とかかすり傷で済んでいるが、相手が一振りするたびに足に、腹に、腕に、無数の傷が作られていく。
「あっ!!てめぇ!!顔はやめとけって前から言ってんだろ!!」
顔に攻撃が当たると彼らはいったん攻撃をやめ顔に傷をつけた男を非難する。彼らはおそらく兵士でありながらその装備や信用から人さらいなどをやっている奴らだと推測する。
ふと気づく、自分は剣による攻撃で傷を作り、かつ、激しい動きをしている、と。自分の体の状況を見る。無数の傷からは大量の血が溢れ出る。ここへ来るまでに盗んだ浅黄色の服が真っ赤に染まり始めている。彼らが攻撃を止めたのは単に顔に当たったからではない、これ以上攻撃を続けると出血死してしまう可能性があるのだと兵士としての経験で分かっているからだ。
赤く、赤く、赤黒く、血が流れる。激しい運動を止めたためか、大量の血が流れ出ているためか、息が上がる。眠気が襲ってくる。自分の体を制御することができずに思わず膝をつく。このまま行けば僕は捕まるか、最悪死ぬ。
この程度のことはあそこで幾度となく体験してきた。それに僕には対抗手段がある。ただその対抗手段はあまり使いたくない。使いたくないので僕は意識を手放した。
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