半吸血鬼は夢を見る~人体実験で吸血鬼となった少年は勇者と出会い導き手となる~

嘉矢獅子 カヤ

エピローグ 孤独は飽きる

第1話長いタイトルは短いあらすじというのはあまりにも常識である


 オレンジのような赤、線を描くきれいな赤、まるを書くように吹き出る赤


 目の前が三つの赤に染まっていく


 あまりにも突然起きた出来事の前でしばらく動くことができない


「おい、こいつは馬車に詰めろ」


 背後から大きな衝撃と男の声。俺はそのまま男にとり抑えられ体の自由を奪われる。俺が特に抵抗しないことがわかると右手を無理やり引っ張り馬車へと押し込む。


 馬車にいたのは村の子供たちであった。赤い髪の毛に金色の目をした弟がうずくまっている。隣の家のナターリアは耳をずっと耳をふさいでいる。よく喧嘩するダンは左手を無くなった右手の付け根にあてており、痛みを我慢しているようだ。


 馬車にいたのは俺の村の子供だけではなかった。自分の母親の名前を叫びながら泣いている男の子は隣の村にいったときに見たことがある。


 これが、シャーリアが言っていた戦争なのか。あの子の姿が見えないけど無事なのだろうか?行商人の子だし、逃げることが出来たのだろう。母さんと父さんが死んだあと、泣きじゃくる弟を殺した。俺はここに入れられた。


 それから、大人しくなった子供たち馬車にいれているがどこに運ぶのだろうか?あんまり現実感がない。


「ケッ、やな仕事だぜこれは」


 御者であろう軽装の男が舌打ちをしながら御者台から振り向きそう呟いていた。やがて、馬車はゆっくり進んでいく…この馬車はいったいどこへ向かっているのだろうかと俺は考えながら意識を落としていく。






 次に起きたときは真っ黒な部屋だった。ボロボロのベッドから降り、床と壁を触る。とてもひんやりしていてとても丈夫そうだ。


 この部屋は上と下、横の五つの面が堅そうな石でおおわれていた。残りの一面は鉄の棒が柵のようなものになっている。父さんと町へ出かけたときに聞いた牢屋だろうか。たしか悪いことをした人が閉じ込められるところだ。………なんで?悪いことは……まあ、少なくとも牢屋に入るほど悪いことはしてないはず。

 

 どいうやらこの牢屋には俺のほかに三人もの人がいたらしい。その三人は俺と目が合うとピクッと体を揺らしこちらを見つめてくる。その子たちは俺より年が低そうでベッドから起きて壁や柵をぺたぺた触っている俺を不審に思っているみたい。


 顔を見てみると馬車に乗っていた子たちのだれかというわけではないし乗っていなかったその他の子供というわけではなさそうだ。もっと詳しく見ると血行がよさそうだが筋肉がついていない。これは、都市に住む子供の特徴だと父さんがいっていた。近くでいうとテンポスの町の住人だと思う。


「君たちはテンポスの子?」


 三人は顔を見合わせると、小さくうなずいた。


「俺は名もないような村の出なんだ、町のことを教えてくれないかな?」


 三人はまた、うなずいて町のことを話し始める。さすが、町育ち道案内などで話す機会があるのかそれぞれ町のことを語ってくれる。あそこのパン屋がおいしかったとか、有名な冒険者がうちの宿屋に止まったことがあるとか、将来は父の鍛冶師を継いでA級冒険者や騎士に武器を売ってやるとか。






 悲鳴、笑い声、悲鳴、怒号、笑い声、うなり声…………そして沈黙


 この地獄にはよくあることだ、まるで使い捨てのように多くの命、それも子供の命が奪われていく。耳をふさいでも、見ないようにしても次は自分の番だという恐怖は消えない。かつて四人だったこの部屋は一人が返ってこず、一人が病気で、一人は感情が爆発した途端なにも反応しなくなった。


 すすり泣く声、咳、神にすがるように聖歌を唱える声、励ます声、絶叫


 牢屋の外に目を向けていると聞こえてくる子供たちの声。弟は、ダンは、ナターリアは無事なんだろうか?この牢屋に出るときは掃除するときと実験の時しか出ないし、目をそらすと鎧を着た男から暴力を振るわれる。


 なにより自分が生きていくこと精一杯なのだ。髪は抜け始め、体は擦り傷や切り傷、打撲痕なんかはいい方で、対面の牢屋を見たときには四肢が切断されていて自分の意志では何もできなくなっている状態の子もいた。


 暴力を振るわれないようできるだけおとなしくし、少しでも疲れたら休むか寝る。そうすることでつらい実験に耐えることが出来るようにしておくそうして俺はこの地獄を生きている。


 ただ、寝るだけでは生きていけるとは言わない。自分が生きているのは実験の内容によることが大きいだろう。もちろん何の実験をしているのかはわからない。けど、どんな実験かはわかる。実験をするにつれ自分じゃない何かが、ひどくおぞましい何かが入ってくる感覚がしっかり伝わってくるのだ。そしてそれを感じるときは大体が目の前の人間たちがおいしそうに見える。


 今はまだ、人間を襲うことがないがこの実験を続けるといつか自分が自分でなくなってしまい、物語に出てきた悪魔のような人間になるだろう。いや、人間でありながら食欲を満たすため人間を襲う人間は化け物といった方が正しいかもしれない。


 俺の中に入った化け物が俺の傷を勝手に治していく、最初は魔法を使えるようになったのだと、抵抗できる力を手に入れることが出来たと内心で喜んでいた。けど、傷が治ることを確認した高そうな服を着た男は俺よりも大変喜び、男の部下に毎日傷つけるよう命令し、俺は毎日暴力を、恐怖を与えられるようになった。


「28番は本当に素晴らしいですねぇええ!!」


 高そうな服を着た男、腹にはたっぷり肉がのっており鳥の頭に似た仮面をかぶっている。奴は実験をするたびに高らかにそう叫ぶ。奴の部下も笑みを浮かべて同意しているし、鎧を着た男たちは腹の底から笑っている。


 狂気、その部屋は狂気でできている。奴は自分の有能さに酔っていて、部下は奴と同調して、兵士は自分の滑稽な俺の姿を笑っている。


 部屋中に広がる狂気に飲まれ、不安が襲ってくる。


 感情があふれ出る、涙が出てしまう。その涙はすべてを流してしまう。かつての自信も無力感も不安も大切な家族との記憶も……


 すべて、すべて流れて消えていく、残ったものは自分の体とおぞましい何か


 涙を流している俺が面白いのか笑い声が一層高くなる。


「これで私の実験は成功した!!これから忙しくなるぞ!!諸君!!」


 奴の大きな声を最後に俺は意識を手放した。





 『南へ行きなさい、導き手リードよ』


 はっと目が覚める。


 薄暗い青、朝露を含む緑、そびえたつ茶色に、流れるような金色、静かな空間に確かに聞こえる水が流れている音


「ハァ……」


 僕は周囲を確認した後、自分の身体を確認する。あの記憶があの体験が嘘であるかのようにシミ一つない身体。手入れしていないにもかかわらず光に反射する金色の自分の長い髪。体臭さえも感じることが出来なくて溜息。


 これでも野宿は10日目のはずで、普通の人間なら体にすり傷や切り傷が出来たりするはずなのだ。冒険者の中でも階位レベルが上がった者ならこれが普通だというものもいるらしいが僕は違う。魔物との対峙や父親の仕事柄手伝ったことがあるはずだが数は少ない。


そもそも階位レベルが上がった者とは多くの魔物討伐や厳しい修行、偉大な功績をなした人間(ヒト族以外も含む)がその人の種族以上の力を発揮できるようになることを言うらしいし。


 いや、今はそんなことを考えている暇はない。僕を探している人がこちらを見つけるかもしれないし、森の中は魔物も多い。抵抗するための武器を持っていない僕は見つかったら抵抗できないかもしれない。いや、正しくは抵抗する手段はあるが使いたくない。


「うっ…うぇ…ん」


 近くにあった雑草を口に含んで、えずく。しばらくかんでから飲み込む。


 食べられたことに確かな安心と小さな幸福感。


 さっき食べた雑草は別に食べられる草というわけではない。どこにでもあるようなただの草だ。毒がないというだけの。でも、血肉以外のものをたべるこが出来ることに確かな安心が生まれるのだ


 夢の終わり、それも幸福な夢を見るとき、最後に聞こえる優しい女の人の声。


 もう過去の記憶なんて覚えてやしない、家族との幸せな記憶は夢でしか思い出せない。家族の顔も声も名前も、友達だったはずの子たちも………自分の名前すらも唯一覚えている名は28番だけど、それは人の名前ですらない。


 リード、夢の終わりにたびたび聞く言葉……


 リード、リード……うん、これからリードと名乗ろう。夢に出てくるってことは大切なことだろうし、また忘れてしまっても夢が思い出してくれる。


 僕は心の中でそう決めると立ち上がる。


 いこう南へ、そこに何があるかはわからない。自分の故郷があるかはわからないし、どこまで南に進めばいいかわからない。もうすぐこの国から出ることが出来るらしい。あんなことをしていた国だ、きっとろくでもないしさっさと出るに限る。


 そうして僕はまた南へ歩き出す。



 僕の名前はリード、人体実験の果てに生まれた半吸血鬼だ。


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