第3話 明日まで溺れてる

蛇口から滴る音を聞きながら、

隣で呑まれる酒を静かに見ていた。

この上なく不思議な体験であったが、

何故だか私の気分は高揚していた。

苦節10年近く、ぱっとしない人生に

ピリオドを打つとまでは言いやしないが、

実際異性と手を繋いだのは三歳の時の一度だけだ。

大チャンスと言うのすらおこがましい程、

私にとって心踊るものだった。

とはいえ訳の分からないこの状況で、

会話をしてもばつが悪いし、私はひたすら、酒を喉に通した。

まあ、ビール数本くらいならと甘く見ていたが、

喉元を流れる中でからだは火照り、

缶を掴むては少しずつ速くなっていった。

気付いた時には、私と彼女はうつ伏せになっていた。

寝て酔いも覚めた私は、ぼんやりと時計を眺めながら、

なにも言えずに彼女を起こした。

彼女も酔いが覚めたらしく、私たちは顔を見合わせた。

笑い合う雰囲気でも無かったため、

私たちはもう一度短針の指す数字を眺めた。

幸い、昨日は金曜だったので、何事にもならなかったが、

平日であれば、肝を冷やすどころではなかった。

彼女も仕事では無かったらしく、

焦った表情は出さなかったが、

大袈裟なくらい頭を下げてきた。実際大袈裟なのだが。

私は焦りを露にしないよう、気丈に振る舞った。

それでも謝ってくる彼女に少々苛立ち、

私は何を血迷ったか、彼女の唇を塞いでしまった。

きっと酔いは覚めていなかったのだろう。

とはいえ流石に、刹那も経たぬ内に自分の過ちに気付き、

私は何歩も後ろへ下がった。

「斉藤さん、違うんです!酔った勢いというか…」

ああダメだ、もっと良くない事を言っている。

「とりあえず、本当すいません。」

私は腰を深々と下げ、地面を見続けた。

彼女はその間何も言わず、私はどんな表情なのか気になり、

下を向いているフリをして彼女を見た。

彼女は耳まで赤くして、目を泳がせていた。

私はこの期に及んで彼女との可能性を脳内で描いていたが、

自分のゲスな部分を再認識し、悔い改めた。

その後はあまり覚えていないが、

割と怒られて家を追い出され、

LINEも既読無視ばかりだった。

なんで酒癖悪いのに女性となんか呑んだんだ。

私は昨日の自分と今日の自分に叱責して、眠りについた。

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酒飲み女と冴えない男 桜丸 @2010514

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