第4話 幼馴染令嬢は故郷で小犬と戯れる

 ココン領への旅はおおむね楽しかったよ。行きはトラブルもなかったし。それに私にとってはリリーナはかなりの秘密を共有できる女の子。

 リリーナはロベルトが連れてきた彼の孫娘。金髪碧眼の美少女でモブのスザンヌよりもよっぽどヒロインっぽい。


 転生してることはナイショだけど商会の話もセバスチャンの正体のロベルトのことも知ってるし(孫なんだから当たり前か)、私がアルベール様が好きで努力してるのも知ってる。(流石に寝取られ回避のために頑張ってるとは思っていないと思うけど)


 しかも、私の専属執事の孫娘として侍女のようにしていつでもそばにいてくれるから本当に嬉しい。今15歳だけど彼女は当然学園には通ってない。出自が特殊だけど平民だしね。


 ドキッ! 男だらけの魔法学園、なんて行ってほしくもないけど。


 あ、リリーナだからリリィね。実は二人きりの時はスーとリリィって呼びえるお友達だから。


「スーのネーミングセンスって独特よね。ポチってなんなの? 聞いたことがない響きなんだけど」


「え~、今からポチ(♀)の子供たちの名前考えるのが楽しくてしかないのにケチ付けるなんてひどい」


「お屋敷の使用人たちからも呼びにくいって不評だから。変だから変」


 まあこんな感じで私に対等に話しかけてくれるのは実は嬉しい。貴族制度のある世界で身分の上下があるせいで人づきあいが対等でなく、元の世界の感覚を持っている私にはちょっとつまらないのだ。


 しかも、私の家は男爵という貴族の中で一番下っ端だから。このゲームの悪役令嬢のアイネス様は公爵家……つまり王家に次いで一番上の貴族。出会うチャンスさえないよ。

 本当は学園入学前にたった三人しかいない女子生徒の仲を繋いでおきたかったんだけどね。


 アイネス様には会えないし、主人公(多分私が大好きだったビスケットの名前から付けたマリィかデフォルト名のマリエル)にいたっては今どこにいるかさえ分からない。

 ゲーム内に情報はなかったけどちょっと珍しいピンク髪なんだから王都で情報収集すれば見つけられるんじゃないかって思ったんだけどね。


「そう言えば鉄鉱石の鉱山まではどうやって行くつもり? また私と遠乗りするふりをしてこっそり往復するの?」


 ココン領は山がちな小さな領なので馬車でゆっくり行くのは逆に大変なのだ。いつもロベルトかリリィにこっそり鉱山まで連れて行ってもらっている。


「うん、お願い。サンドイッチをバスケットに入れてピクニックに行くフリして遠乗りしましょう。私がサンドイッチ作っちゃうから」


「やった、私あの卵のやつがいい。あのマヨネーズとかいうのであえたやつ」


 実はリリィの好物の一つが卵サンドだったりする。

 マヨネーズは私が作る。サンドイッチを作るくらいの料理なら私はするし、男爵家だから使用人や料理人もそんなに距離感ないし厨房に立ちいっても怒られない。

 って言うか私が変わり者扱いされてるだけかも。


 馬車は問題なく一週間の旅を終えてココン領の領邸にたどり着いた。途中二つほどの他領を通過している。


 例えば、私のマジックボックスに入っている金の延べ棒や製鉄済みの鉄、その他美術品や装飾品、マジックアイテムなどを全て商売用とみなされて税金をかけられたらそれだけでどれだけの利益が消し飛ぶことか。


 マジックボックスさまさまである。……脱税? 細かいことは気にしない。亜空間だから多分私と一緒に移動してきていないと思うし。

 あの量の物体を移動させているとしたら私の体重はとんでもないことになっていると思う。


「ありがとう、リリィ」

 私の手を引いて馬車から下ろしてくれるリリィに感謝の言葉を告げる。リリィは本当に下手な男の子よりも私をエスコートしてくれる。

 あ、アルベール様は違うから。ちゃんと素敵なエスコートしてくれるから。


 ついて来てくれた護衛の騎士たちには3日間の休暇を告げる。私の滞在予定は3日間だからその間はのんびり実家にでも顔を出して欲しい。


「ああ、お嬢様。ポチの子が産まれておりますよ」


 私の乳母兼領邸使用人のマーサが出迎えてくれる。領邸と言ってもしょせんは男爵家。大きなお屋敷といった程度でそこまで華美な建物ではない。

 が、生まれ育った我が家だし愛着はある。


「マーサ、久しぶり。いきなりで悪いけどポチの所に案内してくれる?」


 マーサも元気で嬉しい。マーサは今は30代も半ばでずいぶん太って恰幅もよくなったけど私の前世の記憶が戻った頃は若くてすごく綺麗で憧れのお姉さんだった。


「わぁ、ポチ元気そうね。それに赤ちゃんが5匹も」


 ちょっとずつ色が違うから見分けが簡単ね。一生懸命ポチのおっぱいを吸ってる子犬がすごく可愛い。


 私の顔を見てポチがブンブン尻尾を振っているのがめちゃくちゃ可愛いわ。

 心の中で子犬の名前を考えながらポチの頭をなでる。


「よかったね、ポチ。元気な赤ちゃんいっぱいでにぎやかになるね」


 子犬が乳離れしたら一頭くらい王都のココン邸でも飼いたいわ。


「チョコ(♂)、モカ(♀)、ココア(♀)、キナコ(♂)、ムギ(♀)」


 色の濃いほうから子犬を捕まえては裏返して股間を調べて順に名前を付けているとリリィが変な顔をしている。


「なんですかその名前は……スザンヌお嬢様」


 一応他の人間がいるので使用人の距離にしようとしてくれてるけど聞き方は不敬だ。まあリリィらしい距離ってことで許しちゃうけど。


「ん、色から連想される名前を付けてるところ」


「他の使用人が悩むから止めてあげて下さい。あと、成長すると色がちょっと変わりますからそのままとは限らないですよ」


「そうなの? う~ん、でもイイんじゃない? 可愛いし」


 気にしない気にしない。呼んでれば慣れるって。一番私の手をペロペロ舐めてくる色が濃い目のチョコちゃんを乳離れが終わったら王都のココン邸に連れて行くかななどと考えながらなでる。


 そんな風に領邸に来た私は一番の目的を果たしてその日は眠りについた。

 翌日はリリィと一緒にピクニック(のフリ)だ。早めに寝なくては。


 鉄鉱石の鉱山ではマジックボックスにひょいひょいと収納して目的達成。ライトノベルに出てくるマジックボックスにみたいにモノの一部だけ収納したりできれば楽なんだけど。


「鉱山の一部を収納」とか「鉄鉱石から鉄の成分だけを収納」なんてできれば夢みたいに楽なんだけどね。って贅沢言い過ぎか。


「スーのアイテムバッグは恐ろしいわね。今のだけで一体何トンを運んじゃえるの?」


「最大でどれだけ運べるかは私も知らないのよ」


 実際知らない。リリィにはアイテムボックスが誰にでもあることを分からせないために私が持っている小さなカバンがアイテムバッグという特殊なマジックアイテムだということにして教えている。


 普通に信じてるけどこのバッグを奪って売ったらいくらになるかとか考えるような相手にこんな嘘をついたらただのおもちゃみたいなバッグのために殺されてしまってもおかしくない。


「それじゃあ、明日はたっぷり小犬と遊んで明後日王都に帰りましょう」


「スーはアルベール様に会いたいだけでしょ? 本当に顔見たらすぐに分かるんだから」


 ううっ、通算したらほぼアラフォーの40代なのに15歳にからかわれる私……まあせっかく王都にいればアルベール様のお声が聴けるのにこのチャンスを棒に振る必要はないもんね。


 ということで平和に終わった領地への里帰りからの復路にて私たちは事件に巻き込まれることになる。


「ねぇ、あれなに? ちょっとまずくない、リリイ?

 どう見ても襲われてるわよね。」


 王都近くの街道で馬車が二台。野党と思しき集団に襲われていたのである。

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