③
おかえりなさいませ。いかがでしたか。二度目の時間遡行は。
どうして泣いていらっしゃるのですか。やはり事故とは違い、病気を避けることは難しかったのでしょうか。
奥様の仕事を辞めさせた、家事の負担もできるだけ軽くなるように分担した、定期健診にもいくようにさせた……。その結果、病気になることはなかったのですね。よかったじゃないですか。どうして泣く必要があるんですか。
……奥様が自ら命を絶たれた、と。それはそれは……かける言葉もございません。ご愁傷様、と申し上げるのも心苦しいです。
ただ、こればっかりは仕方がないことです。身体的な病ではなく、心の病ですから。もはやお客様の手の届く範囲ではないように思います。
こんなことを部外者の私が申し上げるのは、差し出がましいことかと存じますが、お客様はベストを尽くしたと思います。亡くなられたのは残念ですが、もともと身体も弱かったし、心の安定感もあまりない方でしたし。むしろ、これだけ大事にしてもらえたことを、本当に喜んでいると思いますよ。
……声を荒らげないでください。私に手をあげてもなんの解決にもなりませんよ。
お前に何が分かるんだ、ですか。知ったような口をきいて申し訳ありません。ですが、恐らくあなたよりはあなたの奥様について詳しく知っているつもりです。
さて、どうされますか。もう諦めて、時間遡行はおやめになるほうがよろしいかと思いますが。
今回は今までとは全く違いますよ。何せ心の病気ですからね。原因も分からなければ、解決方法も分からない。奥様を死なせないために、何度歴史を改変すればいいか、わかりません。何十、何百、何千と時間をさかのぼって、あらゆる手立てを検証しなければなりません。途方もない作業になることでしょう。
確かに先ほど申し上げました通り、プレミアムチケットに使用回数制限はございません。何度でも時間遡行を繰り返すことが可能です。いくらでも歴史を改変していただけます。というか、それを咎めることは私にはできません。
しかし、いいのですか。歴史の改変を繰り返すほど、あなたのもともとの人生は希薄なものになっていく。あなたがこれまでの人生で積み重ねた、選択も、失敗も、後悔も、どんどん意味を失っていくことになります。それでも、続けますか。
……そうですか。決意は固いのですね。
本当に、私は、惜しいことをしました。
いえ、なんでもありません。わかりました。もうお引止めはいたしません。どうぞ、こころゆくまでタイムトラベルをお楽しみください。
それでは、いってらっしゃいませ。
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