第21話 彼氏がいたんだ

「さて……じゃあ服も買ったし、テニスに行こうか」20分後。「だから会場がデカすぎるって……」

「一応そこまで大きい会場では……」


 認識にズレがある。


 とはいえ、本当に大きな会場じゃない。世界大会とかが開催される会場も用意できたが、天香はるかが嫌がるだろうから小さめの会場にしたのだ。


 前日にお互いがお互いのために選んだテニスウェアに身を包んで、テニス開始。


 用具に関しては、勝手に取り揃えさせてもらった。これは最高級品だが……わざわざ伝えることでもあるまい。


 靴紐を結びながら、


天香はるかさん……テニスやったことあるんですか?」

「中学生の頃……部活でやってた。高校ではやめたけど」

「……差し支えるなら答えなくていいんですけ、なぜ高校でやめたんですか?」

「ああ……ちょっと中学最後の試合で膝をケガをしちゃって……今は治ってるんだけど、高校で部活としてやるのは厳しかったんだ」


 ……ということは、膝をケガした状態で少年を助けてくれたらしい。


「……もしかして、僕を助けてくれたときに悪化したんじゃ……」

「んー……」困ったときの反応だ。「そんなことはないよ。しっかり膝はかばったから」


 嘘だ。この言い方は、嘘をついている。


 天香はるかのケガは少年を助けたときに悪化した。あれだけ暴行を加えられたら、当然かも知れない。


 本当に申し訳ないことをした……あの時から少年が強ければ、天香はるかは高校でもテニスを続けられていたかもしれない。


「……すい――」


 謝りかけた瞬間だった。


「謝罪はいらないよ。謝罪もお礼も、苦手だ」苦手……そういえば、10年前も似たようなことを言っていたな。「それに……悪化してなくても関係ないよ。高校でテニスやれなかったのは、確定してたから」


 結構大きなケガだったようだ。少年は医療を少し学んでいるが、本当に少しだ。ちょっとした応急処置ができるくらいで、専門的な処置はできない。


「じゃあ、はじめようか」天香はるかは明るく笑う。テニスが好きなのは本当らしい。「ちょっとラリーしたら、試合しようよ」

「わかりました」冗談っぽく、聞いてみる。「手加減がいりますか?」

「いらないよ。仮にキミがプロ級でもね」


 というわけで、お互い全力のテニス対決。

 少年にも天香はるかにも、ブランクがある。昔テニスをは経験したとはいえ、感覚を思い出すのに時間がかかった。


 そうして試合が終了して、


「キミはまるでスーパーマンだね」天香はるかが汗を拭きながら。「テニスのほうも、そこそこ自信あったんだけど」

「自信に見合う強さはありましたよ」ブランク込みでこの強さなら、中学時代は相当強かったのだろう。「ただ……ちょっと体力が落ちてたみたいですね」

「そうだね……」天香はるかのパフォーマンスは、試合が進むに連れて落ちていった。「……酒、飲みすぎたかなぁ……運動もしてなかったし……」


 天香はるかはベンチに座って天井を見上げる。

 

 なにかを、後悔しているような表情だった。それは今までの10年か……それともさらに前の話なのか……


 テニスで負けて落ち込む必要なんてないのに……彼女にはブランクがあるし……


 ……さらに彼女は眼帯だ。片目なのだ。遠近感がつかめるはずもない。 

 その状況でこれほど撃ち合えるのは、天性の感覚があるからだろう。


「ねぇ……」天香はるかは目をつぶったまま、「キミが私のところに来てから、1ヶ月くらい経過したよね」

「そうですね」正確には、28日。「お邪魔でしたか?」

「まさか。そんなわけないよ」そう言ってくれるとありがたい。「キミがいてくれて、助かった。ちょっくら人生に絶望してた時期だったから……」


 人生に絶望……


 なにがあったのだろう。聞きたいけれど……彼女から話してくれるのを待ったほうが良いのだろう。


 そしてその時というのは、今だったようだ。


 天香はるかはゆっくりと、その10年間を語り始めた。


「キミにとってはショックな話かもしれないけど……私、彼氏がいたんだ」


 大ショックである。

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