第19話 服

「次の仕事……どうしようかなぁ……」天香はるかは求人雑誌を見ながら、「……いつまでも、ボーッとしてるわけにはいかないし……」

「別にボーっとしてていいですよ。金ならいくらでもあります」


 一生天香はるかを養えるくらいの金はある。天香はるかが500歳まで生きるとしても、たぶん大丈夫だ。


「んー……」困ったときの、んー。「お金の問題じゃなくてね……気持ち的な問題」

「……?」

「まぁ、もうしばらくしたら話すよ」今は教えてくれないらしい。「今のところは、キミに甘えさせてもらうよ」

「わかりました」


 今のところなんて言わずに、一生でも良いのだけれど。というか、一生甘えてほしいのだけれど。


「では、今日はどうしましょうか」

「そうだね……特にやることもないけど……じゃあ、ちょっと運動に付き合っておくれ」

「運動ですか……なにをやりますか?」

「……そうだね、テ……」途中で言葉を止めて、「やっぱりランニングで」


 ……テ…… 

 テニス、だろうか。あるいはテーブルテニス? テコンドー?


 なんにせよ、天香はるかが言葉を止めた理由は簡単だ。


「……高級品を用意するなというのなら、従いますよ」

「え、そうなの……?」

「高ければ良いというものではないですから。今までは天香はるかさんの好みがわからないから、とりあえず最高級品を用意しただけで」

「とりあえずで用意するものかなぁ……」


 相手が天香はるかだからしょうがない。失礼はしたくないし、粗悪品を渡すわけにもいかない。だから最高級品を用意していた。


 だけれど、本当は天香はるかがほしいと思うものが渡したい。金だけがすべてではない。


「じゃあ、えーっとね……予定変更」

「なんでしょう」

「ショッピングに行こう」というわけで、ショッピングへ。「えーっと……ここはどこ……?」


 移動した場所で、天香はるかが呆然と呟く。


「日本最大のドーム球場です」

「なぜ球場……?」天香はるかが地面を踏みしめながら、「なぜ球場に衣類が大量にあるの……?」

「世界中から取り寄せました」天香はるかがドン引きしていたので、付け加える。「ご安心を。最高級品は一部です。基本的には手の届きやすい価格のものを取りそろえました」

「うん……うん……ありがとう……でも、ちょっと、違うかも……」


 違うらしい。何が違うのかわからないが、天香はるかがそういうのなら……


「では、すべて撤収で――」

「ごめん、そういうわけじゃなくて……」天香はるかはしばらく呆然とドームの中を歩いて、「……ありがとう。やっぱり、この中から選ばせてもらうよ」


 そう言ってもらえるとありがたい。せっかく用意したし……ムダになるところだった。


「さて……じゃあ……」天香はるかがなにか思いついたように、「お互いがお互いの服を選ぼうか」

「え……」お昼のテレビ番組みたいな提案だった。「僕が天香はるかさんの服を選んで、天香はるかさんが僕の服を選ぶんですか?」

「そうだよ。テニスをするときに着る服。そこまで本格的じゃなくて……軽い運動全般に使えそうなやつ」


 ということは……


「僕もテニスをするんですね」

「え……ダメ?」

「いえ……」テニス選手を呼んでくるつもりだったのに……どうやら天香はるかは少年とテニスがしたいらしい。「わかりました。お付き合いします」

「ありがとう」その笑顔には弱い。「じゃあ……服、選ぼうか」


 というわけで、ショッピングスタートである。


 ……


 天香はるかが着る服を選ぶ……


 ……凄いプレッシャー……

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