第17話 冤罪

 天香はるかの散歩中に現れた、天香はるかの後輩浦和うらわ

 その人物から、天香はるかが会社をクビになった理由を聞いてみることにした。


「結局……どっちなんですか? 天香はるかさんは……」

 

 上司に暴力を振るったのかどうか。


「表面上は……酔った天香はるか先輩が上司を殴り飛ばしたことになってます。でも……それは冤罪で……」

「冤罪……」

「はい……その、というか……私が原因で……」


 その言葉が本当なら、少年は浦和うらわを許さないけれど。


 ともあれ冷静になろう。まずは話を最後まで聞こう。


「あの上司……セクハラしてたんですよ。若い女性なら誰でも良いって感じで……」


 セクハラ……

 なんとも反応しづらい話題だった。男性としてはその手の話題に首を突っ込むと、火傷する未来しか見えない。


「それで……上司のセクハラは飲み会になると歯止めが効かなくなって……入社したばかりの私が標的になったんです」浦和うらわは恐怖を打ち消すように、自らの肩を抑える。「でも嫌で……泣きそうになっちゃって……その時に、天香はるか先輩が割って入ってくれて……」


 天香はるかが酔っ払いから助けてくれた……


 なるほど……少年のヒーローは、まだまだ健在だったわけだ。


「それで言い争いになって……でも、上司はひどく酔っていて……また私に手を伸ばしました。それを天香はるか先輩が掴んだら……」

「上司が大げさに倒れた、ですか……」

「……はい……」


 天香はるかは後輩へのセクハラを止めようとしただけなのだ。

 そしてそれは……きっと暴力を伴う方法じゃない。上司を傷つける意図は、なかったはずだ。


 要するに……


天香はるか先輩、正義感が強かったから……上司には疎まれてたんです。だから、暴力事件で追い出そうとして……」


 天香はるかが暴力を振るったという状況をでっちあげて、そのまま首にしたわけだ。

 なんとも卑劣。酔っぱらいのクセに頭の回る小悪党だ。


天香はるか先輩は……」一瞬、浦和うらわさんは言葉を止める。涙をこらえた、のだろう。「上司には嫌われてましたし……寡黙だったから、いろんな人に勘違いされてました」


 ……寡黙……

 会社にいるころには、寡黙な天香はるかになっていたんだな。高校時代の明るさが失われた原因は、他にあるようだ。


「でも天香はるか先輩……優しいんですよ。悪口言ってるのなんて見たことないし、怒ってるところなんて見たことなくて……」


 悪口を言わない……

 言われてみればそうだ。天香はるかが誰かの悪口を言っている姿を、少年は見たことがない。


「そんな先輩がクビになるなんて、おかしいですよ。そりゃうちはお世辞にもホワイトな企業とは言いませんけど……でも、選択肢がないのはおかしいです」


 無理やり辞めさせられるのはおかしい。仕事を続ける権利があるはず。その権利が天香はるかには与えられなかった。


 それは悲しいことだ。会社のために働いた社員が、冤罪で追放される。そんなことは通常、あってはならない。


 だけれど……だけれど……

 

 今の浦和うらわさんの話を聞いて、思った。


 少年の憧れたヒーローは、死んでなんかいなかった。

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