第16話 お子さんですか?

「ちょっと散歩してくる」

「承知しました。お一人で、ですか?」

「そうだね……」1人になりたいときくらいあるだろう。「ボディガードは必要ないよ」

「わかりました。お気をつけて」


 GPSでもつけて……いや、それは失礼だな。


 というわけで、天香はるかは扉を開けて散歩に行った。


 想像していたよりも元気そうで、なによりである。

 天香はるかと再開したとき……もしかして彼女は壊れてしまっているのではないかと思っていた。


 アルコール依存症で、外に出るのも一苦労。そんな状態なのではないかと思っていた。

 

 だけれど……どうやら違う。アルコール依存ではないし、1人で外に出るのも抵抗がない。


 これは思ったよりも天香はるかの回復は早いかもしれない。眼帯をつけている理由や会社をクビになった理由は気になるが……


 そんなことを考えながら掃除をしていると、


 天香はるかの部屋のインターホンが鳴った。

 居留守を使うのも気が引けたので、


「はい」

「あ……」気弱そうな女性の声が聞こえてきた。「あの……えっと……天香はるか先輩は、いらっしゃいますか……?」

「……」天香はるか先輩……「失礼ですが、どちらさまでしょうか?」

「えっと……天香はるか先輩の会社の……後輩です。浦和うらわって言うんですけど……」

浦和うらわさん……」


 インターホンのカメラから見える浦和うらわさんは、小柄な女性だった。大人しそうで気弱そうな、そんな女性。


 彼女は天香はるかの後輩だというが……なんの用だろう。


「あの……お礼と、謝罪をしたくて……」

「謝罪ですか……」そういえば天香はるかは……会社をクビになったと言っていたな。その関連だろう。「今、天香はるかさんはでかけていまして……」

「え……ああ……じゃあ、どれくらいでお帰りになりますか……?」

「……ちょっと、わからないですね……」散歩なので、そこまで時間はかからないと思うが……「すぐ帰ってくるとは思いますが、確証はないです」

「あ……じゃあ、待たせてもらってもいいですか?」

「もちろん」天香はるかに危害を加えるつもりなら、排除するけれど。「どうぞ、お上がりください」


 というわけで、勝手に後輩を部屋に出迎えさせてもらう。まぁ、天香はるかならそれくらい許してくれるだろう。


 玄関を開けて、直接天香はるかの後輩……浦和うらわさんを出迎える。


「これ……」浦和うらわさんは手に持った袋を差し出して、「謝罪の品です……」

「それは……直接本人に渡してあげてください」

「あ……それもそうですね」


 それから座布団を用意して、座ってもらう。イスはこの部屋に存在しないので、座布団が最大の出迎えだ。


「えっと……」座って早々気まずくなった浦和うらわが、「あの……天香はるかさんの……お子さんですか?」


 苦笑してしまう。年齢的に……天香はるかに高校生の子供がいることはないだろうに。


「……いえ……ちょっとした、居候です」未来の恋人です。「お茶でも用意しますね」

「あ、いえ……お気遣いなく……」


 気遣わないといけないだろう。天香はるかの後輩ということは、少年としても無視できない。

 というわけで最高級のお茶を用意して、


「どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」浦和うらわさんは口をつけた瞬間、「え……美味しい……なんですかこれ……」

「普通のお茶ですよ」とても高価なだけ。「気に入ってもらえて嬉しいです」


 それから浦和うらわはお茶の匂いを嗅いで、大事そうにお茶を飲んでいた。飲み干したら新しく入れてあげるのに……


「あの……」せっかくなので、聞いてみる。「会社の後輩さん、ですよね」

「あ、はい」

天香はるかさん……会社をクビになったって言ってたんですけど……なにがあったんですか? たしか上司を殴ったとかなんとか……」

「殴ってません……!」不意に彼女は大声を出して、「あ……ごめんなさい……」

「いえ……」ちょっと驚いたけれど、問題ない。「……殴ってない、というのは?」


 天香はるかは自分がクビになった理由をだと言っていた。


 しかし後輩である浦和うらわは、天香はるかは暴力なんて振るっていないという。


 これはいったい、どういうことだろう?

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