現在

第13話 10年

 長話を終えて、部屋の中は少しの沈黙に包まれた。

 

 10年前の出会いだけで良かったのに、勢い余って再会シーンまで話してしまった。

 だが、その間も天香はるかは静かに少年の話を聞いてくれていた。


 天香はるかはオレンジジュースを飲み干して、


「……そんなことも、あったかな……」

「はい。衝撃的なことだったので、鮮明に覚えています」子供の記憶だから、怪しいところもあるだろうが。「とにかく……あの日から僕のヒーローは、天香はるかさんでした。カッコよくて優しくて……僕の憧れの人でした」

「……そっか……」


 それから天香はるかは天井を見上げた。

 少しばかり、空想に浸っているようだった。


「そんな時期も、あったねぇ……ヒーロー気取りの小娘だった時代も、あったよ。困っている人を助けることが自分の使命だって……」

「……ありがとうございます。おかげで、救われました。だから……今度は僕が天香はるかさんを助けます」

「……そっかぁ……」


 改めて、今の天香はるかを見る。

 10年前と比べて、痩せていた。病的と言ってよいほどに、痩せていた。 

 覇気を感じない目。ハリのない声。それらすべてが10年前の天香はるかとは似ても似つかないものだった。


「これは聞いて良いことなのか、わかりませんが……」ずっと気になっていたことを、聞いてみる。「この10年の間に……なにがあったんですか……? なんで、そんな……」

「落ちぶれたのかって?」

「……あんまり自分を卑下するのは、やめてほしいです」

「あ、ごめん……そんなつもりじゃ……」少し怖がらせてしまったので、謝罪する。怖がらせたかったわけじゃない。「10年かぁ……いろいろあったよ。キミがかっこいい男になってる間、私は……なーんにも成長できなかった。なにも、成し遂げられなかった」


 10年という歳月は人を変える。

 泣き虫で弱虫だった少年がカッコいい男に成長するように、カッコよくて強かったお姉さんが追い詰められて衰弱してしまうこともある。


「なにがあったかは、まだ言えないね。まぁ、もったいぶるほど大した話じゃないんだけど……話すような気分じゃない」

「……じゃあ、またいつか……気分になったら」

「そうだね。今日のところは……」天香はるかはコップを掲げて、「一緒に飲もうよ。1人で飲むのも寂しいから」

「わかりました。お付き合いします」


 あこがれの人と一緒にジュースを飲み交わす。

 本来ならお酒のほうが、雰囲気が出る気がする。だけれど、まだ少年は未成年だ。それに、今の天香はるかに酒を与えて良いのかも判断しかねる。


 今日のところは、ジュースにしておこう。世界各国のジュース。少年がかき集めた最高級品たち。


 いつか時が来たら、彼女の10年間についても聞かせてもらおう。


 それまで、ずっと甘やかす。心配なんて何一つない……そんな世界を見せてあげよう。

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