第6話 人違い、じゃない?

 通常なら3分もかからないであろう距離。

 その距離を、たっぷり10分かけて歩いた。途中でほとんど彼女は意識を失っていたので、少年が担いでいる状態だった。


 こんなになるまで飲まされる……社会人というのは大変だな。そんなことを思いながら、彼女のアパートまで到達した。


「迷惑かけたね……ありがとう……」彼女はとある一室の扉に鍵を突っ込む、「もう大丈夫だから……」


 本当だろうか。部屋に入って倒れて、それっきりになりかねない体調だろうに。


 救急車を呼ぶべきか……そう思って住所と部屋番号を確認しようとしたときだった。


 表札に、見つけた。


国色くにいろ


 表札には間違いなく、そう書かれていた。


「え……?」


 聞いたことがある名前、どころではなかった。

 10年間、待ち焦がれた名前だった。


「お姉さん……」少年は彼女の目を見つめて、「天香はるか……さん……?」

「……?」彼女は首を傾げて、「なんで……名前……」


 どうやら、目の前の彼女は……本当に国色くにいろ天香はるかであるらしい。


 10年前の記憶とは、あまりにもかけ離れていた。

 元気そうで明るくて、清潔感にあふれていた彼女のイメージとは、真逆。

 

 暗くて元気がなくて、今にも倒れそうなくらい不健康。眼帯もつけていて、顔にもアザがある。


 しかし……しかし、たしかに面影がある。やつれているけれど……記憶にある天香はるかの優しい笑顔と重なる部分がある。


天香はるかさん……」ようやく、見つけた。「あの、僕は、その……僕のこと、覚えてますか?」

「……?」天香はるかは少しだけ口角を上げる。笑った、のだろうか。「悪いけど……キミみたいな精悍なイケメンは知らない……人違い、じゃない?」

「いいえ」間違いない……彼女は、国色くにいろ天香はるかだ。「僕はあなたのこと……覚えてます……ずっと、好きでした」


 その気持ちが揺らいだことはなかった。ずーっと、天香はるかのことが好きだった。カッコいい年上のお姉さんが、少年の理想だった。


「約束を、果たしに来ました」10年前の、淡い初恋を……叶える時が来た。「僕、カッコよくなってきました。成長してきました。だから……あなたの、恋人にしてください」

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