第5話 わかってる
その間に、努力を積み重ねた。ひたすら勉強して、ひたすら鍛えた。
ありとあらゆる分野を勉強した。思いつく限りの格闘技を習った。どんな学問にも手を伸ばしたつもりだった。
そうして、心も身体も成長した。身長も伸びて、かつての弱々しい少年は、そこにはいなかった。
できる限りのスーパーマンになったつもりだった。
今なら、彼女に会いに行っても良いと思った。
どこの大学に進学したのかは教えてもらっている。そこから辿って、彼女の就職先を見つけるのは容易だった。
とはいえ、そこからが難航した。就職先まではわかっても、住所まではわからない。そこまでの個人情報は、そう簡単には手に入らなかった。
無論、その気になれば住所もわかる。でも、それは非合法な手段だった。できることなら、合法的な手段でたどり着きたい。
彼女の就職先周辺に宿を取る。そして通勤退勤の時間、彼女の通りそうな道や駅に張り込んでいた。
やっていることはストーカーだな、と思いながら彼女のことを探していた。
しかし、なかなか見つからない。
就職先の建物に張り込むか? いや……それは最終手段にしたい。下手に会社に訴えられても面倒だ。ストーカーだと言われたら、言い逃れできない。
「はぁ……」
今日も見つからなかった。朝から張り込みを続けたが、彼女の影も踏めない。
よくよく考えれば、少年は彼女の10年前の姿しか知らない。今の
もしかしたら、見逃しているのだろうか。出会っているのに、本人だと気が付かなかったのだろうか。
だとしたら、彼女を見つけることは困難だ。少年の初恋は、淡い思い出として消えてしまう。
「……」
それは避けたい。フラれるにしても、もう一度彼女に会いたい。
なんだか眠れなくなって、少年は外に出た。
時刻は夜の11時。アテもなくさまよい歩いて、どこかの公園に辿り着いた。
夜の公園には人は少なかった。子供なんているわけがないが、大人が1人いた。
スーツ姿の女性だった。後ろ姿なので、どんな人なのかはわからない。
その人は、地面に倒れていた。うつ伏せに倒れて、
「う……」公園の排水口の上で、「ゥゲェ……」
なんとも文字で表現しづらい言葉とともに、排水口に吐瀉物を吐き出す。その後もゲーゲーと胃の中のものを大量に吐き出していた。
髪の長い……ボサボサの長髪。やせ細った体。不摂生なのは見れば分かった。こうして嘔吐しているところを見ると、酒も入っているのかもしれない。
その人はとにかく苦しそうだった。
そんな人を見て、放っておけるわけもない。
「どうかしましたか?」大丈夫ですか、と聞くのは良くないらしい。「なにかお手伝いしますか……?」
「……」その人はうつろな目をこちらに向けて、「……大丈夫……」
そう、一言だけ呟いた。かすれていて覇気のない……喉が潰れたような声だった。
彼女は、右目に眼帯をつけていた。医療用の白い眼帯。ケガでもしているのだろうか。
彼女は大丈夫だと言っているが、明らかに大丈夫ではない。酒の匂いも強いし……
「家まで送りますよ」
「……いらない……1人で帰れる……」
そんな状態には見えないけれど。ろれつも回ってないし……
彼女は立ち上がって歩き出すが、前に進むよりも横にフラフラしている距離のほうが長い。
そしてまた立ち止まって、その場にへたり込んでしまった。
「飲み過ぎですよ……」
「……だよね……わかってる……」自覚はあるようだ……「でも……飲まなきゃ終わんないし……」
飲まないと終わらない……
飲み会か何か、だろうか。スーツを着ているし、仕事帰りの飲み会が断れなかったのかもしれない。
「タクシー呼びましょうか?」
「大丈夫……すぐそこ、だから……」
また彼女は立ち上がる。見ていられなくなって、許可を取る前に肩を貸した。
「悪いね……」これ以上歩けないことは、彼女も自覚しているのだろう。「あっち……」
震える手で、彼女は近くのアパートを指さした。どうやら、あそこが彼女の家らしい。
困っている人は、放っておけない。
というわけで、少年は彼女を家まで送ることにした。
それにしてもこの女性……どこかで会ったことがあるような……?
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