第4話 カッコいい男に

 あれから……少年の頭の中には常に天香はるかのことがあった。

 自分のピンチを颯爽と救ってくれたヒーロー。

 気がつけば、そのヒーローのことを考えていた。自分が恋をしているのだと自覚するのに、時間はかからなかった。


 なんとかして、彼女にもう一度会えないか。しかし、なんの用もなく探し回るのも気が引ける。


 というわけで、お礼を用意した。少ないお小遣いで、クッキーを買った。量がないのに高いクッキーだった。


 そうして、はじめて彼女と出会った土手に行く。


 時刻は前回彼女と会ったときと同じ。学校への登校時間。


 土手の道をゆっくりと歩きながら、彼女の姿を探す。

 しかし、なかなか見つからない。今日はもうダメか、と諦めかけた瞬間だった。


「あ……」見つけた。あの後ろ姿は、間違いなく彼女――国色くにいろ天香はるかだった。「あ、あの……!」


 考える間もなく、少年は天香はるかに声をかけた。


「……?」天香はるかは振り返って、「おや……キミは……この間の……」


 まだ顔のあざは治りきってないようだった。いたたまれなくなって、


「は、はい……前は、ありがとうございました……」深々と頭を下げてから、少年はクッキーを差し出す。「これ……お礼に、良かったら……」

「お礼……? そんなお礼言われるようなことしてないよ」

「そんなこと……」酔っ払いに絡まれた少年を助けてくれたヒーローだ。「僕は……その……お礼がしたくて……」

「んー……」天香はるかは頭をかいて、「お礼を言われるのは苦手なんだ。感謝してくれるのはありがたいけど……」

「でも……」


 少年としては、どうしても御礼の品を渡したい。


 逆に天香はるかは、あまりお礼は受け取りたくないようだった。理由は分からないが、雰囲気でわかる。


 だけれど……御礼の品は渡さないといけない。そうじゃないと、気がすまない。


「わかりました……お礼は諦めます……」

「あ……ごめんね。キミの気持ちは嬉しいんだけど……」

「これは、プレゼントです」

「プレ……プレゼント?」

「はい」舞い上がって、少年の口からとんでもない言葉が飛び出す。「僕は……あなたが好きです……!」

「……へ……?」


 完全に想定外の言葉だったようで、一瞬遅れて天香はるかが顔を赤くした。


 そして想定外だったのは少年も同じだった。まさか自分がこんなことを口走るとは、思っていなかった。


 ともあれ、言ってしまったものは仕方がない。


「だから……これはお礼じゃなくて、プレゼントです。好きな人に、プレゼントしたいんです」

「あー……その、ね……」天香はるかは苦笑いで、「気持ちは嬉しいよ。でもな……キミにはもっとふさわしい人が――」

「いません……!」完全にヒートアップしてしまっている。「あなたが一番です……!」

「お、おう……情熱的だね……」


 天香はるかは少年への対応に困っているようだった。

 それも当然のことだ。少年は小学生で、天香はるかは高校生。

 下手をすれば、10歳ほど年齢差がある。そんな相手からの、突然のプロポーズ。


 だけれど、しょうがない。もう少年の人生で天香はるか以上に惚れる女性は現れない。そう確信しているのだから。


「だ、ダメですか……?」なんだか自分の幼さに腹が立って、泣きそうになってしまった。「僕は……まだ子供だけど……あなたが好きです。恋人に、なりたいです」

「んー……」天香はるかはしばらく悩んでから、「よし……じゃあ、こうしよう」

「……?」

「キミが将来、おっきくなって……カッコいい男に成長していたら、恋人になってあげよう」

「え……」しばらくして、天香はるかの言葉の意味を理解する。「い、いいんですか?」

「カッコよくなったらな」天香はるかは少年の頭を優しく撫でて、「だから、真っ直ぐ育つんだよ。悪いことしてたら、恋人になってあげないからな」

「は、はい……!」


 そんな少年の、淡い初恋。子供の頃に出会って、カッコよく育つと約束する。

 通常なら、そのまま別れてそれっきりだろう。


 それから彼は、努力を積み重ねた。肉体的にも精神的にも、頭脳的にもカッコいい男になるために。

 天香はるかとの約束を果たすためだけに、努力を積み重ねた。


 だけれど……少年は天香はるかと再会することになった。


 再会した天香はるかは、まるで別人になっていた。

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