第3話 天香でいいよ

 突然酔っ払いたちに襲われ、颯爽と現れた女子高生に助けてもらった少年。


 少年は腰を抜かしていたが、なんとか地面をはって、土手を降りる。途中で転げ落ちたが、気にしていられない。


「お、お姉さん……!」川辺で倒れている少女に駆け寄って。「お姉さん……! お姉さん……大丈夫……?」


 どう見ても大丈夫ではない。酔っ払いたちに無抵抗で殴られ続け、さらに土手から落とされたのだ。


 制服がところどころ擦り切れている。擦り傷も酷く、顔も腫れている。

 救急車を呼ばないといけない。しかし少年は携帯電話など持ち合わせていない。


 誰かに携帯を借りて――


「イテテ……」不意に、彼女が目を覚ました。「……あれ……? ここは……」

「お姉さん……!」少年は泣きながら、「だ、大丈夫……?」

「おう……大丈夫大丈夫……」明らかな強がりだった。そして彼女は手に持った封筒を少年に差し出して、「はいこれ。キミのでしょ……?」


 彼女は体を起こしながら、


「あ……ごめん。汚れちゃってるね……でも、中身は無事だと思うから……」

「そ、そんなことより……ケガ……ケガが……」

「痛む? 病院に連れて行こうか?」

「僕のケガじゃなくて……」自分が殴られたことなんて、忘れていた。「お姉さんのケガが……」

「こんなの平気さ。キミが無事で良かった」それから彼女は不器用そうに笑って、「できればもっとスマートに、カッコよく助けたかったんだけどね……かっこ悪くてごめんよ」

「そんなこと……」


 カッコよかった。その少年の後の人生に大きな影響を及ぼすほどには、カッコいい女子高生だった。


 少年からすれば、彼女はヒーローだった。

 突然大人3人に囲まれて、他の人は誰も助けてくれない。

 そんな中、自分の身を危険にさらしてでも助けに来てくれた年上の女性。


 まだ小学生の少年が……その少女に恋をしてしまうくらいには、衝撃の出会いだった。


「さてと……」彼女はフラつきながら立ち上がって、「じゃあね……元気で」

「え……? あの、お名前は……」

「名前……? えーっと……国色くにいろ天香はるか

国色くにいろ、さん……」

天香はるかでいいよ。この名前、気に入ってるからさ」


 そう言って彼女――天香はるかは歩き始める。


「じゃあ……また縁があったらね」

「え……あ……あの……」少年は慌てつつも、「あ、ありがとうございました……!」


 そのまま天香はるかは手を降って、去っていった。後腐れなく、恩着せがましく何かを言ってくることもなかった。


 あまりにもサッパリとした、カッコいい女性。天香はるかの存在は少年にとってのヒーロー像として、強く刻み込まれることになった。

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