第2話 命拾い

 酔っ払いに絡まれて給食費を奪われた少年。


 その目の前に、彼にとってのヒーローが現れたのだった。


 そのヒーローは酔っ払いの手から給食費の入った封筒を颯爽と奪い返して、


「大丈夫かい? 少年?」太陽のように眩しくて、優しい笑顔だった。「災難だったね。ケガの手当てしないと」


 高校生くらいの、少女だった。まだ小学生の少年からすれば、年上のお姉さん。


 近くの高校の制服を着た少女。短めの髪の、活発そうな女子高生。どこにでもいそうな、ちょっと元気な女の子。


「ああ……?」給食費を奪われた酔っぱらいは、「なんだお前……」

「通りすがりの女子高生」女子高生は酔っ払いたちと目線を合わせて、「明らかに恐喝が行われてたからね。見逃せないよ」

「そうか……」酔っ払いたちは女子高生にも絡む気満々である。「その金、返せ」

「返せって言われても……これは、こっちの少年のでしょ?」

「俺たちが奪ったから、俺たちのなんだよ」

「じゃあ、私が奪い返したから、私のだね」


 酔っ払いたちは徐々に少女との間合いを詰める。

 少年は女子高生に守られた体制で、腰を抜かしていた。


 彼女の足が、震えているのが見えた。よく見ると、首元に汗をかいている。


 酔っ払い3人に絡まれて、怖くないわけがない。なのに彼女は、少年を助けようとした。


「生意気なガキだな……」

「よく言われるよ」

「とにかく……」酔っ払いたちは指の骨を鳴らして、「じゃあ、もう一度俺たちが取り返せば、俺たちのもんだな」

「え……」その反応は想定外だったようで、「いや……あの……暴力的なのはちょっと……ほら、子供も見てるし……」

「関係ねぇよ」

「子供に暴力的な映像は悪影響だよ」

「うるせぇ女だな……」


 酔っ払いたちに対話は通用しないようだった。


 男たちはさらに距離を詰めて、


「その金を渡して消えろ。そうすれば、痛い目見ないで済む」

「……」彼女は一歩だけ後ずさる。しかし、しっかりと封筒を握りしめて、「ヤダね」


 次の瞬間、打撃音がした。

 酔っ払いが容赦なく、拳で、彼女の顔を殴っていた。


「なんだ……?」酔っ払いは拍子抜けしたように、「乱入しに来たからには強いのかと思ったが……大したことねぇな」

「だから……ただの通りすがりだって……」彼女はフラフラとその場をさまよって、「それに……私の目的は、あなたを倒すことじゃないんだ……」

「ああ? だったら、なんで出てきた?」

「困ってる人を、守りに来たんだ」彼女はその状況でも、笑って見せる。「誰かを傷つけたいわけじゃ、ないんだよ」


 そんな彼女の宣言は、酔っぱらいたちをさらに怒らせたようだった。


「そうかそうか……つまり、サンドバッグになってくれるってことだな?」

「そんなことは言ってないけど……でも――」


 言葉の途中で、さらに拳が彼女を襲う。

 3人がかりでの暴行。怒り狂った男たちの拳が彼女を容赦なく傷つけていた。


 やがて、その拳が蹴りに変わる。倒れた彼女にも容赦なく、酔っぱらいたちは暴行を加えていた。


 そして、


「……お、おい……」酔っ払いのうち1人が、怯えたように、「これ以上はヤベェって……死んじまうぞ……」

「知ったことかよ」完全に我を忘れているのが1人。「そうすれば、金が取れるだろ」


 男は倒れた彼女に、さらに蹴りを打ち込む。


「やめろよ……!」自分たちの行為に怯えた酔っぱらいは、「もう十分だろ……大した金じゃねぇし……」

「……」少しずつ、彼らの酔いも冷めているようだった。「……クソが……!」


 腹いせのように、男は少女に追い打ちをかける。

 その一撃で彼女は土手から転げ落ちて、川沿いに転がった。


「命拾いしたな!」


 ツバを吐いて、酔っぱらいたちはいなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る