第12話 値段は知りません

「さて今日は何をしましょう。僕はあなたのためなら、なんでもします」

「んー……」少年に甘えることに、少し慣れてきた天香はるかだった。「ジュース飲みたい。一緒に飲もうよ」

「承知しました。どんなジュースを用意しましょうか」

「そうだねぇ……」天香はるかは冗談みたいに、「世界中のジュースを飲みたいなぁ……って、さすがに――」

「すぐに用意します」


 というわけで、少し電話をかける。


 しばらくして、インターホンが鳴った。そして現れた黒スーツ姿の男性が数人、段ボール箱を持って現れた。


「ありがとうございます」


 お礼を言って、少年はダンボールを部屋の中に運び込んだ。


「どうぞ。ご用意しました」

「……じょ、冗談……冗談だったのに……」なぜか泣きそうになっている天香はるかだった。「その辺の……スーパーのジュースで良かったのに……」

「世界中のジュースが飲みたい、というのは本心からの言葉でしょう?」

「……まぁ、飲みたかったのは確かだけど……」

「今の僕にはその力があるので」ジュースくらいならお安い御用だ。「世界各国の評判の良いジュースを用意しました。いくらでもどうぞ」

「あ、ありがとう……」


 とんでもなく戸惑っている天香はるかだった。目の前の少年の力に、困惑しているようだった。


 少年からすれば、朝飯前だ。ちょっと知り合いの富豪に電話をかけたら、簡単に用意してくれた。持つべきものは知り合いの富豪である。


 天香はるかが尻込みしていたので、少年がダンボールを開けてジュースを取り出す。


「こちらはどうでしょうか。情報によると、アメリカのオレンジジュースだとか」

「ほ、本当に良いの……? すごく……すごくお高いんじゃ……」

「値段は知りません。いくらでも払えますから」


 この世に存在するものなら、大抵は買える。

 ゴッホの絵画がほしいというのなら、何個でも買おう。そのためにお金を用意してきたのだ。


 なんにせよ、


「どうぞ」天香はるかががまだ困惑していたので、コップにジュースを注ぐ。「クセのない味わいですから……気に入ると思います」

「……」天香はるかは恐る恐る、ジュースを一口飲んだ。そして、「うわ……美味しい……この世のものとは思えないほど濃厚……」

「喜んでもらえて、よかったです」


 内心ホッとしていた。マズイと言われたらどうしようかと思っていた。


「……でも、ここまで用意しなくても……」

「そうでしょうか……天香はるかさんに満足してほしくて……」

「……」天香はるかはもう一口ジュースを飲んで、「……ごめん……どうしてキミは、そんなに私に……」

「ですから、10年前に助けてもらって……」

「ごめんね……その10年前……あんまり覚えてない」


 ちょっとばかりショックな発言だったが、まぁしょうがない。天香はるかからすれば、10年前のちょっとした出来事に過ぎないのだ。


「キミと恋人になるとか……そんな約束をしたのはなんとなく覚えてるけど……なんで、キミはそんなに私に惚れてくれたの? 私、なにかした?」

「はい」


 まだ小学生だった少年のヒーロー像になり、人生を変えるくらいには。


「せっかくですし、お話しましょうか」飲みものを飲みながら思い出話をするのも悪くない。「10年前の……僕の初恋の話です」


 少年と天香はるかの出会いの話。


 少年にとっては重大な出来事だが、他の人にとってはおそらくどうでもいい話。興味がない人は聞き流して良い話。


「あれは10年前……川沿いの土手で起きた話です」

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