第11話 日本円は7億

 狭いアパートの一室で、天香はるかは言う。


「キミは私を甘やかしてくれるってことだったけどさ……具体的に、なにをしてくれるの?」

「大抵のことなら、できますよ」

「じゃあ……どうしよっかな……どうせ仕事クビになって暇だし……将棋でもやろうか」

「承知しました」


 少年はどこからともなく将棋盤と駒を取り出した。


「どっから出したの……」

「4次元空間です」


 適当な嘘をついておく。


「どっかの青いたぬきみたいな……」某未来のロボットは猫だけれど。「しかも……うわ、これかなり高級なやつでは……?」

「そうですね。天香はるかさんにふさわしい将棋盤を用意しました」

「……キミはなんで、そこまで私に盲信してるんだか……」10年前に助けられたからです。「まぁ、いいや……先手、もらっていい?」

「どうぞ」


 というわけで、天香はるかが先手で将棋の勝負が始まった。


「というか……」勝負の途中で、天香はるかが部屋を見回して、「いつの間に……この部屋キレイになってたの?」

「昨日、天香はるかさんが寝ている間に」

「……全然気が付かなかった……」

「静かにやりましたからね」


 寝ている天香はるかを起こすわけにはいかない。


 そうして、勝負が続いて……


「……強いですね……」

「こっちのセリフなんだけど……」細かい解説は避けるが、結構な激闘になっている。「……将棋には自信があったんだけど……」

「自信持っていいと思いますよ。一応僕、プロですから」

「……そうなの?」

「はい。タイトルは取れませんでしたけど……というより、タイトルとかはかすりもしませんでした」


 将棋のタイトルでも持っていれば天香はるかにふさわしいかと思ったが、さすがに無理だった。


「やっぱり天香はるかさんの恋人になるには、竜王くらい必要ですか?」

「ハードル高すぎでしょ……いらないよ」それを聞いて安心した。「んー……」


 天香はるかはしばらく盤面を見て、頭を悩ませた。

 それから、


「負けました」深々と頭を下げて、「もしかして、詰んでる?」

「そうですね……」

「マジか……」天香はるかは天を仰いでから、壁の時計を確認する。「……時間を気にせず遊んだのなんて、いつぶりだろうね……」


 現在時刻は10時半。将棋を始めたのが9時半なので、ちょうど1時間くらい遊んでいたことになる。


「そういえばさ……生活費、どうしよう。私は貯金なんてないよ」

「問題ありません。日本円は7億あります」

「……」もはやドン引きしている天香はるかだった。「……一応聞くけど……なんのために、そんな大金を?」

天香はるかさんにふさわしい男になるために……」

「だからって……7億……」

「足りませんか? 日本円以外にもありますけど……」

「いくら……って、聞かないでおこう。桁が変わりそうだ……」さすがに察しが良い。「……どうやって稼いだの?」

「株式投資とか……あとは大会の賞金とかですね」


 しばらく天香はるかは少年を見つめ続けて、


「もしかして私は……とんでもない大物を助けちゃった?」

「そうみたいですね」

 

 10年前の天香はるかがいなかったら、今の少年はいない。


 いわば、天香はるかが生み出した怪物である。


 ……我ながら重いとは自覚しているが……まぁ、しょうがない。

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