僕がただ年上のお姉さんを甘やかすだけの話~子供の頃、年上のお姉さんに告白したら「キミがカッコいい男に成長したら恋人になってあげる」と言われたので、めっちゃ努力した~

嬉野K

年上のお姉さんを甘やかしたい

第10話 ヒーローですから

 生気のない平坦な声で、眼帯の女性――国色くにいろ天香はるかが言った。

 かすれて疲れ切ったような、そんな声だった。


「あ……ごめん……朝食……何もなかったよね」

「問題ありません」キッチンで料理をしていた少年が、「もうすぐ完成します」

「ありがとう……」まだ天香はるかは、自分の部屋に少年がいることに戸惑っているようだった。「……ねぇ、嫌になったら、いつでも出ていっていいんだよ?」

「わかりました」好意は受け取っておく。「でも、そんなことはありえませんよ」

「……強情だね……なにをそんなに……」

「10年前、助けてもらいましたから」


 少年はとある事情で天香はるかに助けてもらって、それから10年間……天香はるかのことをヒーローとして記憶していた。


「前も言ったけど……今の私はもう……キミの思うカッコいいお姉さんじゃないよ? それでもいいの?」

「今の天香はるかさんがカッコ悪いとは思いませんけど……」

「そう? 仕事クビになって、朝からお酒飲んで……突然現れた男の子に朝食作らせてるような女だよ?」

「朝食は僕が自発的に作ってますけど……」

「それもそうだ」


 とにかく、関係がない。

 彼女の現状がどうだろうが、10年前とは変わり果てていようが、関係がない。


「僕は天香はるかさんを、甘やかすって決めました。世界で一番甘やかしますから……なんでも言ってくださいね」


 ひょんなことから始まった、10歳差の奇妙な同棲生活。

 高校生の少年と、疲れ果てた社会人の、ヘンテコな関係。





「朝食、完成しました」


 少年が作り上げた朝食を見て、天香はるかがツッコむ。


「いやバイキング形式……? ここアパートの一室」


 狭いアパートの一室に突如現れたバイキング。一流ホテルの朝食にも匹敵するであろう品揃えだった。

 

「お気に召しませんでしたか?」

「そういうわけじゃなくて……」天香はるかは並べられた料理を眺めながら、「すごい……何品目あるの……?」

「23です」

「気合い入れ過ぎだよ……」


 それは少年も自覚していた。10年間憧れた天香はるかに振る舞う初めての朝食ということで、気合いが空回りしたのは事実。


「良い匂い……」天香はるかは目をつぶって、匂いを嗅ぐ。「この狭い室内でも、匂いがゴチャついてない……」

「すべて計算しています。天香はるかさんに料理を振る舞うために、5年間修行しました」

「5……5年……?」天香はるかは料理を見回して、「……私にはもったいない朝食だね……」

「そうは思いません。僕にとって天香はるかさんは……ヒーローですから」


 ヒーローへのねぎらい。そして感謝と10年間の想い。それらがすべて詰まった朝食だ。


 ……ちょっと重い、だろうか。


「こんなには、食べれないよ?」

「問題ありません。残ったのは僕が食べますし……最悪捨てます」

「良いの? 今はフードロスがどうとか……いろいろ言われてるけど」

「そんなの知りません。天香はるかさんが満足してくれたら、僕はそれでいいんです」


 地球の裏側で他の人が餓死しようが知ったことじゃない。地球にダメージがあったとしても、僕には関係ない。

 天香はるかさんが生きてる間だけ平和なら良い。天香はるかさんの周りだけ幸せな空間なら良い。


 少年の望みはそれだけ。


「……これ、いただいていいの?」

「もちろん」

「……」天香はるかはスクランブルエッグを取皿に移して、口に放り込んだ。「あ……美味しいね……というか……なにこれ……美味しすぎない? 生まれてから、こんな美味しいもの食べたことないんだけど……」

「5年修行しましたから」

「5年で行き着ける領域かなぁ……」天香はるかはさらに室内のレイアウトを見て、「……配置も美しいね……この狭い部屋の……狭さを感じないよ。ホテルに居るみたい」

「ありがとうございます」

「その所作も一流シェフみたいだなぁ……ハイスペック男子だね」


 そう言われると嬉しい。


「あなたのために努力しました。この力は……すべて天香はるかさんのために使います」

「……10年前の気まぐれが、こんなハイスペック男子を連れてきてくれるとは……」天香はるかは箸でウィンナーをつまんで、「やっぱり……キミはもっと他の場所に行くべきだよ。私なんかのところに、留まってていい人じゃない……」

「……天香はるかさんのそばにいることが、僕の望んでいることですから」


 少年は改めて、自分の目的を告げる。


「僕は天香はるかさんを一生甘やかすと決めました。あなたの願いなら……どんな願いでも叶えてみせます。そのための努力をしてきました」


 10年前の恩を返すため……

 いや、違う。一目惚れした初恋の女性に笑顔になってもらうため。


 ただそれだけ。それだけのために、今の少年は生きている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る