第6話 無理やり契約
鍵に記された番号と、部屋の番号を照らし合わせて、一番奥まった扉の前にたどり着いた。ほんの少しの距離だったのに、少年にはとても長く感じた。過度の緊張で、息も絶え絶えだった。
(誰も、俺のこと知らないよな。俺が誰かなんて、わかんないよな……)
さっきの謎の声の言った通り、自意識過剰だったかもしれない。大丈夫、誰も自分のことなんて知らない、ここに知り合いなんていない、何度も心の中でそうつぶやき、自分を励まし、震える手で鍵を差し込んで、少しの立て付けの悪さに大焦りした。
……ようやく室内に飛び込めて、ほっと胸を撫で下ろす。改めて部屋を見ると、格安で貸し出してくれるだけあって異様に狭かった。入ってすぐにベッド、窓、かろうじて立って着替えられそうなスペースの隣には、置かないほうがマシなんじゃないかと思うほど細長いタンスが。
「……とりあえず、タンスの上に荷物とか置いておくか」
背負っていた全財産を置いて、ベッドの上に静かに腰掛けた。この部屋が安いのは他にも理由があって、下でドンチャン騒いでいる音が、結構響いてくる。
「ここ、店の端の席の真上なのかよ……まぁいいや、ずっと歩き続けて疲れちゃった。もう寝よう」
ばったりと横になり、仰向けに姿勢を直す。やたらと丈夫に組み上げられた木材の、木目むきだしの天井。今夜はこれを見ながら、眠ってしまおうと考えていた。
うとうととまどろむ少年の目の前に、
「あれ? もう寝ちゃうの〜? ちゃあんと汗とか拭いた〜?」
さっきの謎の声。
視界の端からニュッと飛び出てきたのは、オレンジ色の前髪を揺らすボブヘアー。大きな猫目に、口の端から覗く鋭い犬歯がなんとも愛らしい、小さな小さな少女だった。
とっさのことで凍りつき、動けないでいる少年に、猫目を細めてひらひらと片手を振る。
「また会ったね〜、お名前も書けないメンタルくそザコお兄さぁん♡」
「く、くそザ……!?」
この少女は、いったいどこから。飛び起きた少年と危うく頭突きしそうになって、「おっとっと」と少女がベッドから空中へと移動する。その全体像は、やたら太くて黒い革ベルトをぐるぐると体に巻きつけただけの、かなり露出の高い格好。しかし凹凸のないつるりとした子供のような体型のせいで、特にこれといって少年が釘付けになるパーツはなかった。
それよりも目を引くのは、背中から生えているバカでかい蝙蝠のような翼。節々から白い骨格が突出しており、それがかぎ爪のように湾曲していた。
不自然な不気味さと、幼さと愛らしさを振りかざす小さな少女が、少年の頭髪のてっぺんから裸足の足先まで、じっくりと眺めながらニヤニヤ。
「汗臭いまま寝るとかドン引きなんですけど〜。これからアタシのオモチャになるくせに、お風呂も入らないとかキショ過ぎー! タオル濡らして、体拭いてきて」
ザコとかキショイとか、辛辣な言葉ばかり並べてくるわりには、顔はニヤニヤ、目を細めて、今にも少年に吹き出しそうだ。
「そ・れ・と・も〜、汗臭さが男らしさとかって、勘違いしちゃってる系? アハハハ、キモ〜イ! 風呂サボっててモテるわけないじゃんバーカ! まあ、お兄さんそこまで体臭キツくないし♡ しょうがないから、今夜だけこのアタシが特別に、我慢してあげる〜。こーんなサービス、滅多にないんだから感謝しなよ〜?」
少年には何が何だかわからないことを、弾丸のごとく喋りながら、少女は体に巻きつけた黒いベルトを、両手でまとめて掴んで、つるりと足元へ脱ぎ捨てた。ホクロ一つない裸体に、胸とおへその、点が三つ。
こんなに幼い体の、どこからそんなに自信が湧くのだろうかと、少年はドン引きしていた。
「な、なんだよお前、コウモリのモンスターか? でも、夜行性のモンスターは地味な色してるのが多いから、そんなハデな髪色してるのはおかしいし……」
狭い部屋で、謎のモンスター娘(?)と対峙する羽目になるとは、もう眠いのに。少年は、武器を含めた全ての荷物を、タンスの上に置いてしまっていた。とても狭い部屋だから、腕を思いっきり伸ばせばギリギリ届くが、その前に猛烈な勢いで少女が急降下して、少年に抱きついてきた。
「うわ!!」
岩にぶつかったような硬さと反動だった。けっして柔らかいとは言い難いベッドに背中から転倒し、突然の体当たりを受けた衝撃で、少年は咳き込んだ。
(なんで俺ばっかりこんな目に!部屋で休みたかっただけなのにぃ! もう怒ったぞ、こいつ完全に敵だ! 人間の子供みたいな見た目してるから、なんかあんまり、殺る気起きないけど)
そうと決めたら、少年の包帯だらけの顔から、表情が消える。乱れた包帯の下からは、己で傷つけた痕が醜く盛り上がっていた。
ぎゅううっと全身でしがみついている裸の少女を引き剥がそうと、その派手な頭髪に腕を伸ばそうとした、その時だった。少女が脱ぎ捨てていた黒い革ベルトが、蛇のように鎌首をもたげ、少年の両手を肩からぐるぐる巻きに拘束してしまった。
しかもベルトはとんでもなく重たくなり、少年は完全に腕の動きを封じ込められてしまった。
「ふふふ〜」
少女がドヤ顔で少年の焦燥した顔を覗き込んでくる。
「どんなに禁欲的な聖騎士サマだって、アタシの可愛さの前には手も足も出なくって、ヒィヒィ泣いちゃうんだから〜♡」
「それはお前がっ、人間の子供にしか見えない、からっ」
「見えないからぁ? お兄さんも油断しちゃって、ほんっと人間のオスってザァコ♡」
どくん、と下腹部が大きく脈打った。あまりの衝撃に驚いて、跳ねた少年の体重でベッドが軋むほどだった。
(ひっ!? なっ、今、腹に何かされた!?)
混乱し悲鳴を上げる少年の体から、少女がゆらりと身を起こす。やっぱり点が三つ。どこにも少年の興味関心を惹くモノなんて、ないはず、なのに。
(なんで俺の、立って――)
こんなチビ助の裸なんて、ちっとも興味ないのに。少女が勝ち誇った笑みで八重歯を見せ、小さな腰をゆすってみせた。
「ザァコ♡ ザァコ♡」
馬乗りされ、ゆすられている部分が、熱くて痛くてたまらない。少女の動きはゆるやかで、そこまで強い刺激にはなっていない、はずなのに。
(なんだなんだなんだコレ!? 俺っ、どうしちゃったんだっ、やだっ! 出るっ――!)
いつぞやに見た、噴水のごとく。
「アハハハハ! もう出るの〜? ほんっとザァコ♡」
猛烈な快楽が全身を一気に駆け巡って、下半身に集結し勢いよく噴き上がった。
「あああああ!! 俺のズボンとパンツがー!!」
「ちょ、ちょっと! どういう喘ぎ声なわけぇ!? 超絶萎えるんですけど」
「知るかよ、もう……うぅ……」
少年は体の芯が引き抜かれたかのように、ぐったりと動けなくなっていた。まだ足が、腰が、余韻に痙攣している。
(す、すごかった……。なんで、こんなチビに、こんな目に……)
情けないやら、意味がわからないやらで、目の端から涙まで落ちていく。洗濯がめんどくさい、と嘆く賢者タイムも相まって、もう誰か殺してくれとさえ呟いた。
ふと、ズボンも下着も濡れていないことに気がついた。
(え? あれ? でも俺、たしかに……)
わけがわからず、視線が右往左往。ふと、少女の下腹部がピンク色に輝いていた。先ほどは三つの点しか目立つものがなかったのに、下腹部にピンク色の奇妙な模様が浮いている。
さっきまで、そんな絵はなかった。
少女の腹部の不思議な紋様に魅入っていると、その小さなヘソが、お腹が、ふるふると震えていることに気が付いた。見上げると、少女が激しく肩で息をしていた。
「こ、こんなすぐイッちゃうザコと繋がっちゃって……アタシも、ヤキが回ったな〜……でも、ま、いっか、気持ちよかったし♡」
少女がいきなり少年のシャツを、胸元までずり上げた。なんと少年の腹部にも、青色の不思議な紋様が浮かんでいた。
「は〜い、これで契約成立〜! こーんな露骨な形の淫紋付けられちゃって、ねえ今どんな気持ち〜?」
「い、いんもん? な、なん、なに、え……?」
「めっちゃキョドってる、ダッサ〜い♡」
少女がちょくちょく使う謎の言葉遣いも、少年にはよくわからない。だけど、なんとなく罵倒されたことだけはわかった。
少女がゆったりと倒れ込んで、淫紋同士をくっつけるようにして少年の腹部と重なる。
「ねえ、難しいこと考えてないでさ、もっかい気持ち良〜くなろうよ、お兄さん♡ 辛気臭い気持ちになったときは、人肌で気晴らしもいいもんだよ〜? って、ああそっか〜、お兄さんにそんな相手いなかったのか〜、かわいそ〜♡ 今まで一人でどうしてたの〜?」
少年が動けないのをいいことに、少女の小さな手が顔の包帯をつまんで、ゆっくりと外していった。
「お名前も書けなくて、汗も拭けない、下半身ザコザコお兄さぁん♡ 今夜からずーっと、アタシのもんなんだからね♡」
包帯を剥かれて露わにされた、真っ赤になって青い目を潤ませているその顔は、傷跡だらけになっても尚美しさを放つ、麗しい少女のようだった。
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