11節 右と左あくまでも。
—— どうやら、彼女、本当に僕を—— 殺す気らしい。
彼女の強烈な回し蹴りが、僕の胸部をとらえた。
…… 胸が苦しい。本当に……文字通りの意味で。
(—— リョウ躱わせ!! 次の攻撃が来るぞ!? )
躱わせって!? そんな…… こと…… できるわけ………… ないだろ! 僕は…… 喧嘩だって…… したことないんだよ。
(さっきまで、魔族と戦っていただろう!! —— 右だ。右! —— 右に動け)
対人戦はないけど…… 右に避ければ…… 良いんだね…… 。
—— 右側に寄り、体を丸めた。ルナの、左手の一撃を、間一髪やりすごせた。彼女の拳は空を切り、僕の左耳のすぐ側で止まった。
「ねぇ、ちょ、ちょっと待って……質問するんじゃなかったの? はぁ、はぁ…… 何も言わないまま…… 蹴ったり、殴ったりは…… おかしいんじゃ…… ないかな」
、僕は、息を切らしながら彼女に伝えた。事実を。質問するって言ったのに……。その相手に回し蹴りを、喰らわせるのはどう考えても—— 異常としか考えられない。
「返答しだいって……. 言ってた、でしょ。まだ、何も…… 答えてないよね」
彼女は左手を下ろすと、その手を覆う黒い手袋を、外した。
「これも、質問のうちです。私にとっては、ですが」
その動作を続けながら、まっすぐ僕の眼を見つめた。冷たく空虚な碧色の虹彩が、僕を測るように見定めている気がした。
(最初の回し蹴りには、対処できず。次の殴打はギリギリで回避。強い力があるとは思えません。だが…… )
「貴方の動きはただの人間ですね。とても、強く賢いとは、思えません」
手袋を外した彼女の左手には、翼のような刻印が浮かび上がっている。それは、刺青のようなものではない。手の甲で、煌々と光を放ち点滅を続けている。青色に輝くそれは——胎動を思わせた。
「だが……普通とは、何かが違う。私も、そう感じました。この、聖紋が示すように…… 」
(む、あれは!? …… まだ、あんなものがあるのか?! この女…… 我としたことか侮っていた………… )
な、何? なんなの、なんか知ってるの? あの光ってるのは? やっぱり魔族なの?!
(魔族ではない!? あれは、聖紋だ…… 一部の人間だけが持つものだ………… 悪魔狩りのな)
「……. 悪魔狩りって、どういうこと…… そんなの本当にあるのかよ!? 」
「私達のことをご存知で…… ふっ、なるほど。貴方はやはり—— こちら側の人間ですね」
あっ、やってしまった!? 間違えた…… 声を、出してしまった。これは、本当に…… まずい。全て、バレたかもしれない。ご、ごめん…… ゼウル。
(…… バカモノが!? 黙っていろと言ったであろう。…… まぁ、しかしだ。見過ごしていた、我も、我だ。——いつでも、戦える準備をしておけ! 右腕のな)
教わった通りに、力を込める。ゼウル曰く、右腕中心に、周りのものを集めるイメージだそうだ。
「こちら側って…… 意味がわからないよ!? さっきから、…… 何を言ってるのかなっ? 」
「とぼけても—— 無駄ですよ。貴方は、私達を知っている。」
彼女は、僕の方に歩み寄り、左手の光を見せつけた。すると、空色のそれは点滅を繰り返した。何かを伝えるように。
「そして、何より…… 聖紋が反応している。—— こんなにも。良いですか? 聖紋は私に与えられた、啓示なのです。意思のない私を導くために与えられた」
よく、わからないが…… あれは一体なんだ?啓示……? ゼウル、何か知らないの? なんか、すごい魔族っぽいけど…… 。
(魔族のものではない。我も詳しくは、わからないが、あれは特定の人間が持つものと、聞いたことがある。だが、昔の話だ。悪魔狩りなどもう存在しないものだと……)
「どうしました。先程から、…… 黙秘を続けていますが、言ったでしょう。—— 返答次第では殺すと。黙っていても—— 殺しますよ」
ルナは宙で二度横に回転し、その勢いでリョウに強烈な回し蹴りを仕掛けた。
「くっ!? やるしかないか」
右腕の力を解き放つ。集めた全てを自分の中に取り込むように。たちまち、光を放つ黄色の腕甲に腕が変異し、彼女の一撃を受け止めた。
「やはり、貴方は……. 悪魔。そして、人間としても活動できるということは…… やはり、今回も正しかったようです。啓示は」
「いや…… 違うから。僕は、悪魔じゃないっ!? 本当にっ、信じて」
「その、右手で言われても…… 説得力はありませんよ。それが—— 貴方の返答ですね? 」
彼女は、背中に装備した黒い傘を右手で持つと、甲の聖紋にそれをかざした。光が流れ、黒い傘が青色に包まれた。
「悪魔の力には、これで対抗させてもらいます。悪しき光には、聖なる光で」
横薙ぎの、青い光をどうにか右手で、受け止めようとするが、踏ん張りが効かず後ろへ弾かれる。なんとか地面を掴み、体勢を立て直す。正直、力の差は歴然だ。最強の魔族の力を借りても、昨日の今日で戦い始めた僕と、これまで何度も戦ってきた彼女では、当然だが。
(—— リョウ、押されてるぞ。このままでは、お前が本当に—— 殺される。お前が死ねば、我も死ぬのだ。しっかりしろ)
しっかりしろって……どうすればいい? さっきから、体が痛くてたまらないし、震えも止まらない。第一、羽宮ルナは下級の魔族なんかより、ずっと強い。もちろん、僕なんかよりも。…… こちらは何度も喰らっている。
(…… お前、防戦一方で、一度も攻撃していないな!? どうしたのだ! 何を考えている?! )
ち、違う。当たってないだけ! …… 本当に。彼女と戦いたくないとかは、思ってないから…… 。でも…… 。
「その程度ですか…… では、名残惜しいですが消滅させます。そして…… 任務は完了です」
…… おかしい。私は彼に負けるはずはないが、それでも弱すぎる。本当に、悪魔なのか……。行動がただの青年にしか、感じない。
「—— はぁ、はぁ、に任務? その任務ってやつに……僕は殺されるのか? …… ていうか、僕が……なんで……狙われてるのかな」
ルナは、傷だらけで息絶え絶えのリョウを見つめる。私が倒してきた悪魔は、生存の意思が強かった。しかし、それ以上にプライドが高く、人間を卑下していた。だから、どれほど弱くても必ず襲いかかってきた。人間は弱く、愚かな家畜としか考えていないからだ。……だが、目の前にいるのは違う。強い、悪魔の力を持っているが、戦う意志はまるでない。昨日まで…… 普通の人間として生きていたかのように。
「いえ、別に貴方だけを狙っているわけでは、ありません。私は強い力を持つ、悪魔を倒しにきただけですから」
息一つ乱していない、彼女は武器を収めると、もう一度、碧色の瞳をリョウの目と合わせる。
「貴方は、一体…… 何者なのですか? 」
「だから…… 言ってるだろ…… ただの学生だよ。悪魔じゃないんだよ—— 僕は………… 」
嘘ではない。それを確信した。悪魔であれば、必ず支配しようとしてくる。弱い人間を。目の前の男は、そんな気配はない。そして、私に攻撃することなく、気を失った。
だが…… だが、真実ではないこともわかる。
彼の右手を見れば、なおさら。
「では—— 悪魔の力を宿した人間?…… そんなこと—— あるはずがありません。悪魔に魅入られた人間は—— 死ぬんですよっ、必ず」
『その、例外がこいつだ!!』
今の声は…… 誰だ。双川…… リョウ………… ではないな。彼は気を失っている。
—— では、一体誰が。この光を放つものは何だ。
『お前が、探している魔族。—— いや、悪魔ゼウルだ!! …… 出てきてやったぞ悪魔狩り』
「—— 悪魔!? やはり、双川リョウには、悪魔が憑依していましたか。………… だが、何故彼は人格を保出ていたのですか? 悪魔に憑依されたら、その人間は消滅するはずなのに!」
『それは、我にもわからん。リョウが特別なのだろうか?それか偶然かだろうな』
—— 特別、偶然? そんなことが、あり得るのか?! 私には無かったのに…………。
『…… ったく、リョウのやつ一度も、攻撃を当てなかったな。バカなやつだ。だが、そのバカに免じて、少しお前と話をしよう。本来ならば、消し炭にしているがな』
「黙れっ!?悪魔と話すことなど、何もない!
お前らは、人を堕落させ、翼を奪い、嬲り殺す。そんな、奴らの話などっ…… 」
『まぁ、落ち着け。お前が言ったような奴らはな、我らの中でも、数少ない愚か者だ。それに我は魔族だ。悪魔とは呼ぶな!』
「魔族…… 。………… それより、話とは何でしょうか? 」
『お前らは、力の強い魔族を、探しているのだな。それはなぜだ? 』
悪魔になど…… そんなことは、答えるべきではない。—— だが、目の前の悪魔からは敵意も支配欲も感じられない。…… 双川リョウのように。
「それは、この国に下級悪魔が集まっているからです。主に、東京に。本来群れるはずのない、やつらが、集まっているのは支配階級の悪魔がいると、私達は考えているからです」
………… ほう、支配階級か、一理あるな。確かに、反乱を起こしたやつの大半は、会話はできても、集団での行動などできないだろう。あいつらは、秩序を嫌うからな。
『なるほど、それが目的か。……… 一つ提案なのだが—— 我らで手を組まないか? 我の目的もお前たちと、同じだ』
こいつは、この悪魔は何を言ってる?悪魔が人間、ましてや、彼らを狩る立場の悪魔狩りと協力する?
「………… 手を組む?人間と悪魔が?、一体何を企んでいるんですか? 」
『何も、企んではいないぞ。やれやれ…… まったくリョウといい、人間はなぜ、こう、疑うのだ、我を。いいか、だいたいお前に危害を加えようと思えばいつでもできる。我にはな。それをな…… このバカが格好つけて、手を出さなかったのだ』
先程まで双川リョウだった、光を放つものが、フードを外しながら溜息をついた。そして、女性にも男性にも見える顔を上げた。そして、苦笑した。
『確かに、疑いたい気持ちもわからなくない。このリョウもそうだった。だがな、一日も経たずして、我を信じたのだ。お前も協力するべきだ。…… そして、我の目的もお前と同じ。愚かな下級魔族たちの殲滅だ。そして、我は人間に危害を加えるつもりはない。三公が一体、統括局ゼウルの名にかけてそれを—— 誓おう』
………… リョウを助けるためとはいえ、言いすぎたかもな。我としたことが。
『返答は、今でなくとも良い。だが、次に我らと敵対するときは—— 我自らが相手になることを忘れるな!!』
一人残されたルナは、ゼウルとリョウの背中を見送ったあと、立ち尽くししていた。
—— 双川リョウとは一体何者なのだ。なぜ、悪魔が彼を庇ったのか。そして、統括局ゼウル。あれは、他の悪魔と違うのか—— 。さらに、調べなければならないことが、増えた。
………… まずは、高水に報告をしなければ。ありのままを全て。
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