10節 人と悪魔と何かと
………… 私の、左手は証だ。もう、二度と虚偽の雨に濡れることのないように、自らを利用されぬようにするための。自分で羽ばたくための、翼だ。まだ、飛ぶことはできないけれど。
その、証が瞬いた。ある男を見た時に。何が、特別なのかはわからない。何故なのかも、わからない。
でも、どうすればいいかは、わかる。高水の手伝いを始めてから、毎回そうしてきたから。
——— ——— 目標を捕捉した。
『おぉー、これも! 美味だ。実に美味だ。満たされるな』
目標こと、双川リョウとゼウルは最寄駅の側にある、全国的なチェーン店の牛丼屋で夕食を堪能していた。主にゼウルが…… 。
まったく…… こんなに、幸せそうに牛丼を味わうやつは、始めてみた。確かに、今日初めてのご飯だから美味しいけど。
『やはり、美味であろう。前のも、非常によかったがな、こちらも凄く美味。この我に間違いはないのだ。我は公国では、最上級だぞ。優れているのだ色々と。…… だが、食事というのはいいものだ。人間の癖に、魔族を凌駕するものを持っているな』
…… そうか、そうか。最上級の魔族さんが、この安くて、美味いを体現する生卵つき牛丼で満足するとは。なんだか、意外だね。
『何っ?! これを、安く食べれるのか? 高度な技術が用いられてるのではないのか。す、凄いなこの世界は…… やはり、お前の体が欲しくなってきたぞ…… 』
えっと、それは…… ダメだね。もともと、僕のものだからね。まだ、僕は僕でいたいし。
『ふふふ、冗談だ。冗談だとも…… 我は、約束は守る。当然な。まったく、冗談も通じぬとは、もう少し考えたほうがいいぞ、お前は』
いや、考えてるから、そうなるんだけどね。
…… そういえば、まだ尾行されてる?
『おそらくな。だが…… 魔族に類するものではないようだ。我らの力を感じない』
そう、それなら良かった。僕としては、敵対する魔族が復讐のためか、恨みかで襲いかかってくるのではないかと、ヒヤヒヤしていた。一日中。
『良くはない。何者なのかはわからないことにはな。お前、誰かから恨まれたことはあるか? 殺されそうになったことはあるか? 』
「そんなの、ないよ…… 。大人しく生きてきたからね。交友関係も狭いし、だから僕がじゃなくて…… ゼウルが目的だと思うよ」
『しかしな、通常の人間では今の我を感知することはできない筈なのだ。何か、特別な方法があるのかもしれないな。少しは警戒したほうが良いか』
リョウは警戒しながら店を後にした。ゼウルにわからない以上、僕にもわからない。とりあえず、余計な行動をしないで家に帰ろう。……
今日も疲れたし、大変だった。
(リョウ、今思い出したんだがな、あの女は朝も見たぞ。いつから後をつけられているか、わからぬが、あの服装を見ろ。あれは、この世界の警察というやつではないのか?! お前、さては邪なことをしたのか? )
何を言ってるのかわからないけど、そんなことするはずがないでしょ。それに、警察はあんな格好じゃない。オシャレなジーンズベストは着ないよね。多分。
(まぁ、良くはわからんが—— こちらへ近づいてくるから、注意しろ! それと、もし何か聞かれても我のことは言うな。お前が危険になるだけだからな)
あぁ、わかったよ。悪魔と共生してるなんて、口が裂けても言いたくない。どうかしてると、思われたくないからね。
(魔族だ!? まぁ、良いさ。とりあえず黙っていろよ。我については)
「双川リョウ…… ですね」
「う、うん、そうだけど。何か用かな…… 」
「貴方に、尋ねたいことがあります。私についてきてください」
ちょっと……どうすれば良いんだ? こういうやつって、行っちゃダメなんじゃないの?罠とかじゃないよね。
「ここじゃ…… ダメなの?話ならできると思うけど」
「ここでは、人が多すぎます。できれば二人っきりになれる場所に行きたいです」
「二人っきり……」
「はい、あまり聞かれたい話題でもないので。それに私も仕事ですから、手荒な真似はしませんよ」
え、えっと……ゼウル………… 聞いてるよね? どうすればいいかな。行ったほうがいい?それとも逃げたほうがいい?どう……すればいいかな?
(それくらい、自分で…… いや、目的は我だろう。そうだな…… 別に行ってもいいだろう。どうやら、ただの人間のようだ。万が一、罠だったとしても簡単に倒せるだろう)
なるほど…… 何かあった場合に、戦えるように人がいないところの方がいいか。今回はゼウルの言うとおりにしてみよう。
「わかった、行くよ。一緒にいこう。目的地はわからないけどね」
「それでは、私についてきてください。こちらです」
僕は言われるがまま、後を追った。確かに、ゼウルの言うとおり、逃げるのは得策とは思えない。朝から、こちらを見ているのだ。今更の逃亡は、無意味だろう。
「ちょっと、ねぇ、どこに向かってるの? 」
「近くに公園があるから、そこに向かっています」
「あぁ、あっちにあるよね………… 公園」
こんなときに、自分のコミュ力のなさが情けない。初対面の相手だと、何を話していいのかわからない。特に…… 相手が女の子だと。………… はぁ、いつも通り、周りの景色をボーッとみてよう。
(……おい、こういうときは会話をするものだ。二十年弱生きているのに、情けないぞ。人間はそんな感じなのか…… 今は。少しでも会話を、する努力をするのだ。例えば、名前でもなんでもいい。そして、少しでも情報を集めるのが—— お前にできることだろう)
まさか、魔族に正論を言われるとは…… 確かに彼女は正しい。ならば、まずは。
「名前なんていうの? 君の」
「羽宮ルナ。それが、私の名前です」
彼女は、僕の方を振り返らずそう答えた。あらためて、不思議な装いをしている。上半身に密着した、インナーにベストを着用している。下半身は、体のラインが浮き出る青色のパンツを履き、腰のあたりに傘を背負っている。横向きに。そして、青白い美しい髪はセミロング。かなり奇異な私服にみえるが、彼女には驚くほどマッチしている。冷たく、優しさがなさそうな顔に。
「……. そうなんだ、良い名前だね…… 」
(まったく…… お前は…… 頼りないやつだな。なんだ、緊張してるな…… こういう女が良いのか。…… 単純なやつだ)
いや、別にそういうわけじゃ………… そうかもしれない。—— 羽宮ルナの見た目は綺麗だ。整った見た目、美しいボディライン、クールな顔立ち。全てからそう感じた。だが、僕が気になったのは、彼女の表情だ。感情を悟らせない、その表情には深い孤独が存在し、寂しい印象を与える。光が透き通るような人間た。…… そんな、彼女に僕はなぜか………… 惹かれていた。
(お前というやつは………… 本当に…… 。だが、この女何を考えているのか、さっぱりわからない。思った以上に、危険なやつなのかもな。おいリョウ、ときめくのも良いが警戒もしておけ。何をしてくるか、わからないぞ)
羽宮ルナは、急に立ち止まると僕の目を、見つめた。
「それでは、質問に答えてください。返答次第では貴方を—— 殺します」
…… やっ、やばい。全部バレてるのかも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます