4節 こちらはあくまで初対面


 10/30 21:17


 この状況は理不尽。あまりにも理不尽、この上ない。こいつは、本当に何を言ってるんだ。

 

 側から見ると、今の僕は変なやつだろう。夜、LEDの街灯に照らされながら、誰もいないオフィスビルに映る、自分の姿を睨みつけている。


 ハハ。なるほど、確かにおかしなやつだ。でも、それよりおかしなことが、自分に起きてる。いや、僕にじゃない。前にいる鏡の中の、僕にだ。あれ? それって、僕が変なやつってことかな…… ハハハ………… もうわからないよ。


『何が—— 理不尽だ。それは—— 我の台詞だ。だいたい—— 何故、お前はここにいる。何故、意識がある。何故———我と会話をしている? 』


「それは、全部—— こっちが聞きたいよ!? お前は誰だ—— っていうか何だよ!? 何なんだよこれはいったい—— 何が起きてるんだ?! 」


 本当にさっぱり、よくわからない。やっと異変の元凶を見つけたと思ったら、そいつがこっちを、異変のように扱っている。…… 頭が痛くなってきた…… あぁ、わかった気がする。僕はきっと、精神に問題があるんだ…… だから、街中で鏡の自分と喧嘩してる。…… 病気なんだ。きっとそうだ。………… 病院に行かないと。


『お前—— 病気だと!? この我を病扱いするのか—— ふざけた人間め』


「あぁ、そうさ。お前なんか、ほんとは—— 存在しないし、言葉にだって—— 意味なんかない。だから、静かにしてろ」


『この………… どこまでも無礼なやつめ。我にとって、お前など—— 気に留めるほどの物でもない。だいたい、我と会話を交わせることだって栄誉あることなのだぞ』

 

 栄誉ね……確かに貴重な体験だと思う。自分の精神に、悪いところがあるとこうなるのか。なるほど…… 一週間の記憶がないのも…… なんか、納得はできた。


『おい、待て!? 我は貴様の—— 病などではない。なんだ言ったらわかるのだ! 我は、お前ではないのだ』


 今度は、人格否定。解離性なんとか、というやつかも。


「じゃぁ、お前は誰だ。僕じゃないのか!? 」


ここまできたら、原因を探っておこう。どうせ、こっちが本物だとかそんな感じだろうね。


『いいだろう、教えてやろう。我の名は—— 魔族の三公が一体、統括局ゼウル。お前たち人間が、悪魔とでも呼ぶ者だ。どうだ、これでわかったか小僧。平伏するがいい』


…… な、何だって。あ、あ…… 悪魔?! どういうこと? 


『まったく…… これでわかっただろう。ふふふふ—— さぁ、恐れ入ったか? そうだろう』


 悪魔、魔族…… なるほど、どうやらこれは相当やばそうだ。いやマジで!?


『ならば、潔く—— その体を我に渡せ。そうすれば、先程の無礼を忘れて魂は保護しよう』

 

 なるほど全てわかった。……僕は…………まだ、厨二病だったか。


『—— なにもわかっていないぞ!? なんだ…… それは、なんのことだ。だから病ではない—— 我は魔族の中でも、誇り高い統括局ゼウルであるぞ。だいたい、お前は何でもかんでも…… 』


 自分でも恥ずかしいとは思うが、どうやら思春期がまだ続いているみたい。まぁ、確か中三の時も…… あれ、中学生の時って僕は何してたっけ?


『………… そうだな。わかった、わかった。お前たちは多分何も知らないのだろう。無知は罪だが仕方がない。いいだろう、証拠をみせよう。我が人智を超えた存在であることの。さぁ、何かやりたいことを教えろ。特別に叶えてやる—— できる範囲でだがな…… 』


 まぁ、こうなったら思う存分楽しんでやるか。付き合ってやろう。もう一つの自分に、僕の悪魔に。


「そうだなぁ…… なんだか歩き疲れたから、家まで 飛んで帰りたい…… 」

 

ちょっと、バカみたいだったかも。でも、願いってこんなもんって、相場が決まってるよね。


『ほう、そんな簡単なことでいいのか?! もっとこう……あらゆる富をとか……千人の美男美女をとかでなくてもいいのか?』


「いや、そういうのはいいから。もう、足が痛いからね。あとそれになんか、どっと疲れたから早く帰りたい…… バイトもクビになったし…… 」


『良かろう、では体を少し借りるぞ。お前の意識は残しておくから、見ているがいい』


—— すると、びっくり。鏡の中の自分が発光を始めた。初めて見た時のように。いや、違う。虚像の自分じゃない。僕自身が発光している。腕が、足が体全体から光を放っている。あれ、全部本当だったりして…… 。


 自分の体から視線を戻すと、周りには何もなかった。暗い空だけ、先程まで足をつけていた街は真下にある。


「ちょっ…… ちょっと、コレ、本当に飛んでるよ!? な—— 嘘だろ」


『ふっふっふふ、どうじゃ、これでわかったか人間め。我にとっては造作もないことだ』


 —— 本当に、本当に悪魔なのかもしれない。…… だって自分の下に、小さくなった街があるからね。信じるしかないよね。…… これ。


『ほう、あれがお前たちの巣窟か。なかなか、綺麗ではないか、ふふ』


 いや、確かに綺麗だけど…… 何百万ドルの夜景だけど…… 信じられない。大都会東京の上空を飛んでるんだから。人間が…… いや、そっか悪魔か…… ハハハ。


『ところで、お前の名前はリョウだな。リョウよ、お前の家とやらはどこだ? 我には、小さくてわからんのだが』


 上空から、自分の家の場所なんて見たことがない。…… いや、あるかも。前、家の場所をナオトに教えた時、地図のアプリで見たことがある。まさか実際に探すとは…… 空から。


「えっと、あっちかな。左側の方…… 埼玉寄りの東京なんだよね。僕の家」


 それから五分も経たずに、自宅に到着した。流石に早すぎだろ……もう信じないわけにはいかないよ。


 ドアの鍵を開け、すぐにベットに横になった。


「なぁ、アンタの話を信じるから。明日ゆっくり話をしよう」


『そうするがいい、今日は疲れたであろう』

 

 あれ、意外に話せるかもしれない。とりあえず、今日は寝よう。


『しっかりと体力を回復しておけ。我の体なのだからな』


 まぁ、いいかどうでも。


『我のことは、統括局ゼウルと呼ぶがいいぞ。リョウ…… 特別だぞ』


 わかりました。統括局ゼウル様。


『それで良い。ふふっ…… では明日だな』


 細かいことは明日だ。もう、寝よう


『…… 許可しよう』

…………


『我には、明日行くべき場所がある』

 

わかったから、静かにしてもらっていいかな。


『うむ、そうだな。我も眠るぞ』


………………


『…… しかし、不思議なものだな。この我が』

 

 あの、うるさいんだよね。寝たいんだけども。


『良いだろう、そうするがいい。人間にも魔族にとっても睡眠というのは大事なことらしいからな。そして、そこでみる夢というのは…… 』


 何…… 寝たくないの? なんか、言いたいことでもあるのか? 


『あ、いや、そういうわけでもないんだが…… その』

 

 どうしたの?なんかあるの?


『時に…… リョウ………… 腹は空かぬか? 』

 

 あぁ、なるほど空腹だったのね。



…… 確かになんか食べたいかも。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る