5節 明くまで、夜歩き。


 10/30 22:35



 アクロバティックに帰宅をした後、休む間もなく家を出た。今からの時間は、大学生にとっての本番だが、僕にとっては違う。もともと、夜遊びなんてするタイプじゃない。だから、夜はほとんど出歩かない。実家にいる時も、厳しめな門限があったことも影響していると思う。


 では、そんな真面目な僕が、何故この時間にこうして外に?それは、空腹だからだ。僕の中に住む悪魔が。


『だから…… 統括局ゼウルと呼べ。我にも名はあるのだ。それに体はお前と共有しているのだから、我だけではないぞ』


 そう、この人体不法侵入者の統括局ゼウル。この悪魔さんが食べ物を求めて、外に飛び出させた。僕は、何も食べたくないのに。


『まったく…… 悪魔と言ったのは、その方が理解しやすいからであってな。厳密には我らは、悪魔ではなく魔族だ』


「そうは言われても…… 悪魔と魔族の違いなんてあんまり…… 変わらないと思うけど。両方、同じじゃないかな? 」


『全然っ—— 違う。良いか?! 悪魔というのは、我々の—— 魔族のことを、歪曲させるために、作り出された概念、表現であって——— 、我らと敵対するものが、印象や風評を操作するために作り出したデマというやつだ。悪などという言葉が使われているのが——— その証拠なのだ』


「確かに、そう言われると…… 英語訳は両方demonだし、わざと一緒されてる気もする…… 」


『わかってくれたか…… まぁ、わからずとも良い。所詮人間。物事をうわべだけで判断している、生き物だからな…… 。現在はどうか解らぬが、我が魔界に居る間もそんなに進歩はしてないだろう』


 この魔族のご明察通り。現代でも人間は変わってない。妙な噂やデマに踊らされ、暴走する。


 さっき、駅前で溜まるスケボー青年たちも大きな声で騒いでいた。この近くを、殺人犯がウロウロしてるとか、オレがぶっ飛ばしてやるとか、なんとか…… まぁ血気盛んな若者なのかもしれない。大目に見よう。


「そういえば、魔族に性別とかはあるの?結構、気になるんだけど」


『…… そうだな。むぅ………… 個体としての識別ならば、我は雌だ。お前たちの言葉だと、女だな』


「魔族にも、性別とかあるんだね。なんか、声が女性っぽいかなとか……. そんな気がしてた」


『まぁ…… 性なんていう単純なものでもないがな。…… 魔族についてはお前たちの頭では理解できないだろうから、そんなふうに考えておけ』


 なるほど…… 一応女性なわけだね。余計複雑になってきた…… 自分の中にいる魔族は、女で僕自身は男だから…… まぁ、それはいいか。


『ところで、今リョウはどこへ向かっているのだ? さっきから歩いてばかりで、何をしている。遠ければ、飛んで行っても良いのだぞ』


「いや、飛ばなくて良い…… 面白かったけど。この時間にやってる店なんて、チェーン店のハンバーガー屋しかないからね。確か、駅の向こう側にあったはずなんだけど…… 」


『むぅ、よく分からぬが……向かっているのだな。それで良い。歩いてで構わぬぞ。この世界をゆっくりと観ておきたいからな』


 疲れてるから、走れないし、そんな気力もないから当然そうするよ。飛べないし。

 そのまま、進むと踏切が見えた。ここを超えると線路の反対側に行ける。


「ねぇ、ゼウル? 」


『統括局を、つけろ。それも含めて我の名だ!

…… で、なんだ? 』


「僕のスマホ、どこにあるか知らない?」


『スマホ……あぁ、あの固形の端末のことか…… あ、アレはだな…… その………… 』


「その何?」


『その、落とした…… いや、落とされた。我が落としたのではないぞ』


「嘘…… だろ。まったく…… で、それも記憶が無い一週間のうちに落としたの? 」


『そうだ…… すまないな。だが、あんな物は特に必要ないだろう』


「友達の連絡先とかもあるし…… そもそもパソコン持ってないから、あれがないと調べたりできないからね。だから、必要なんだよ」


『わかった…… はぁ………… 過失は我にあるな。埋め合わせはしよう。いずれな』


 僕がSNSを頻繁に利用しないタイプでよかった。今度新しいのを買えばいいか。それよりも…… この魔族、話し方とか態度とかが尊大で、性格もそうかと思えば、結構優しいところあるな。でも、油断はできないけど。


「そんなに、気にしなくていいよ。また買えばいいだけだから」


『いや、我の不手際だ。もっと自分の体は丁寧に扱わねばな」


 ハハハ……. そういうことか…… 自分の心配ね。そもそも……. こいつは何で、僕に取り憑いたんだろう。


「聞きたいんだけど、ゼウルは何で僕に憑依したの? この世界には何十億と人間はいるのに……. 」


『統括局ゼウ……… もう良いか。あぁ、それについては深い理由などない。偶然、お前が近くにいたからだ。決して—— わざわざ選んだわけでは…… ないぞ。勘違いしてくれるなよ』


 そんなに、念を押さなくても…… 何のわけもないのに、こうなってるのか。不運ってやつね。


「まぁ、そんな感じだと思ったよ…… 」


『そうだ。理由などないぞ。幸運というやつだな』


「あと、さっきからこだわってる統括局って何? 聞いたことない言葉だけど」


『…… 今・は、誰も知らないのだな。統括局とは称号であり、我が名の一部だ。お前でもわかるようにだな…… まず前提として、魔界というのはつまり、一つの国なのだ。この世界の側にある場所で他にも天…… それはどうでもいい』


 なるほど…… 魔界というのは魔族が、暮らしている国のことを指すのだと思う。ゼウルは咳払いをして説明を続けた。僕の頭の中で。


『正しくは魔公国であり、その国を治める役目を、三公と呼ばれる三体の魔族がそれぞれ分担している。その三公のうちの一体つまり、我に与えられている役職が統括局というわけだ』


 僕なりに、説明を整理すると国の、政治や運営をするのが三公でその中の統括局という役目をゼウルが担っているということだろう。


『統括局は、魔族を管理し、秩序と世界の調和を守る。そんな感じの役割だ。あとは、不平不満を解消するために、部下に指示を出したりするな』


 こっちの世界の警察と、市役所の仕事をまとめてるのか。結構大変そうだ。


『大変ではない、もとからその役割のために存在しているのだからな』


 聞いてるだけでも、たくさんやることがあるのがわかる。苦労してるんだね。あれ…… ?でも、そんな大事な役割を担ってるのに、なんでこの世界にいるんだろう…… 。


『それについては、また今度だ。お前にとっても、大事なことだからな。食後にでも話そう。早く…… 満たしたいものだ』


 なんか、あっちの世界が心配になってきた。結構、国にとって重要な存在っぽいのに僕と一緒に夕飯を食べに行ってるなんて…… 向こうの人たちに怒られそうだ。違う魔族たちに。


『お前が—— 心配することではない。それに我の上に、強力な魔族は二人いるからな』


「随分と、魔族に対するイメージが変わった気がするよ。人に取り憑いて、体を乗っ取る。そして他人を欺き、悪事を働くみたいに好き放題やってるものだと……」


『確かに…… そんな輩も居るには居る。—— だが、それは少数派だ。ほとんどの魔族は—— そんなに野蛮ではない』


ゼウルの話が本当ならば、魔族自体そんなに、悪い奴らではないのかもしれない。もちろん、彼女の話が全て嘘ではないという確証があるわけではないが…….. 。もう少し、協調的になってもいいのかもしれない。でも出方は慎重に伺おう。今後も。


『なぁ…… まだ、着かぬのか? 早くしてくれ。………… 体に力が入らなくなってきたぞ。…… 機嫌が—— すごく悪く…… なりそうだ』



………… でも今はお腹が空いてゴネている。子供みたいに…… 。



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