2節 幻想だよね、あくまでも。



 

 けたたましく、目覚まし時計が朝を告げる。七時になったから起きよう。

 

 頭が少し痛い。体はすごく痛む。一週間、工場で肉体労働をした後の筋肉痛みたいな感じ。

まったく…… そういえば、昨日おかしな夢をみたからかも。

 

 それか二十代になったからかどっちかだ。中高生の時、運動部に入ってればよかった………… あれ?僕って何部だったかな。まぁ、いいやそんなこと。

 

 一杯の水道水を、飲みながら考える。なんだか、水が鉄臭い。

 少し湿気っているコーンフレークを小皿に盛り、冷蔵庫から牛乳を出す。それをかけて食べる、ここ最近の朝食はこれ。理由は安いからだが。

 

 一口目で異変を感じた。まるで腐ってるものを口に入れた感じ。

 牛乳パックの賞味期限を確認しても、10月27まで大丈夫な筈だ。不良品かな?やれやれ、他に食べれそうなものもないから、朝食はもういいか。食欲も無いし。

 

 歯を磨き、顔を洗い、鏡をみた。なんだか口が血の味がする。口でも切れてるかな。そうでもなさそうだ。

 

 弱そうで、冴えない顔は目の下の大きな隈を除けばいつも通りにみえた。でも、自分の顔を鏡越しにみてると変な感じがした。特に鏡に写った自分の顔の右側が。右側が一瞬だけ、光の反射でツギハギに見えた。自分のものじゃないみたいに。


  時間が迫っているので、予定を確認して家を出た。なんか、フラフラするのはなんでかな?ちょっと風邪気味かも。

 それにしても昨日の出来事は、なんだったのか、夢なのか現実かはわからない。

 

 またすぐに、いつもの繰り返しに、戻るだけそう思ってた。呑気に日常を過ごしてたのも、この辺が最後だったんだよ。

 

 駅に着き、電車に乗るとスマホをみる。最近の人間は全員これだ。本や新聞を読むものはほぼ存在しない。僕も例に漏れず、曲を聴きながらスマホをみる習慣がついた。でも今日は、それに抗った。ごめん、嘘。スマホがなかった。ポッケにもバックの中にも。

 

 今日一日スマホなしで生活するのか、そう考えると結構へこむ。今の学生が、一日スマホなし生活なんて絶対できないから。

 仕方なく、景色をみながら無になっていると東都大学に着いた。


 四階の角の教室に入る。少し早く着いたためか、五十人ほどが座れる席のうち四席ほどしか座っている人がいない。とりあえず、空いてる席に座り、机の冷たさを頭に感じていた。


「よぉ、リョウ。何?寝不足?朝早ぇもんな」


  深山ナオトは、僕の友達だ。悲しいことに、この大学で友達は三人しかいない。友達といっても一緒に授業を受けたり、昼飯を一緒に食べたらする程度だが。

で、その一人目がコイツだ。


「いや、寝不足じゃない。なんか、こう疲れてぼーっとしちゃうだけ」


「それが、寝不足なんじゃね。睡眠って結構大事らしいぜ」


 なるほど、確かにそうかも。頭痛、全身の筋肉痛、目眩に寝不足を足しておこう。


「一個のためにわざわざ、来るの面倒だよな。来ちゃったからには、しょうがないけどな」

 

 でもナオトは良いやつだ。真面目で適度に抜けててお人好し、髪は黒短髪で、トレードマークは丸眼鏡そんな感じのやつ。最近は、良く一緒にいる。

 

 初めて話したのは。入学直後の説明会でだっけ。ちょっと緊張してる僕の、右に座ってたのがナオトだったかな。で、左に座ってたのが…… 。


「おはよー 。あっ。ちょっと、リョウじゃん!久しぶり」


 そうそう、この小平リン。全国の女子大生の平均みたいな感じの見た目。性格は良いんだけどなんか、気怠げで一歩引いてるみたいな空気がある。結構一人でいる時が多い。三人のうち二人目である。

 

 もう一人は今この場にはいない。外国に留学している。最近、連絡をとってないな。彼は元気にしてるだろうか。ん?久しぶりってなんだろう。


「久しぶりって、なんだよ。昨日もあったでしょ。ここで」

 

 まったく、朝から面白いことを言うね。この人は。


「昨日は会ってない。だってリョウ、学校に来なかったじゃん」


「確かに、お前いなかったよな」

 

この二人は演技が上手いね。僕だったら、吹き出しちゃうよ。


「…… はいはい、確かに昨日は休んで、夢の国で遊んでたよ。明日も休もうかな」


「いや、リンも俺もマジだぜ。だってリョウと会うの一週間ぶりだろ」


 あれ、なんか本気みたい。一週間?何を言ってるんだこの二人は。


「そんはずないだろ。だいたい、昨日は授業終わって、家に帰って、すぐ寝てまた今日、来てるんだよ、会ってないわけないから」


「頭でも打ったの? じゃあ、昨日の日付は? 」


「えっと……確か……23でしょ」


「ねぇ……これみて」

 

リンは自分のスマホの、ホーム画面を僕に見せてきた。今流行ってるアイドル、黒崎雄馬を待ち受けにしてる。まったく、人気だね…… 本当。


 時間は8時45分、そして日付は10月…… 30日?なにこれ…… 。ドッキリ? いや、この二人はそんなことをやるタイプじゃない。


「ねぇ、本当にどうしたの? 一週間、何やってたの? 」


 それは、こっちが知りたい。一週間だって!? わからない。どうなってんだよ。なんか…… 苦しくなってきた。周りの人間の声が、うるさい。なんか、息が……うまく吸えない。


「おい、リョウなんか顔色悪いけど大丈夫か? 」


「ちょっと、リョウどこ行くの? 授業はじまっ…… 」


気づいたら、僕は校舎の外に飛び出していた。

 

 少し経つと、落ち着いてきた。やっぱり……あの二人に騙されたのかな。そうなら、ちょっとカッコ悪いな…… 。でも、悪ふざけはそんなにしないんだけど。

 

 試しに、学校近くにあるバイト先のコンビニに入ってみる。新聞で日付を、確認してやろうと思う。


(嘘だろ……本当に…………30日。悪ふざけなんかじゃない。一週間経ってる。昨日から。いや昨日じゃないけど)


「おいっ、双川」


 怒鳴るような大きな声が、後ろから聞こえる。バイト先の店長だ。あっ、そうだ一週間。


「あっ、店長。あの、すいません。あの連絡忘れてました」


「すいませんじゃねぇよ。ほぼ一週間も無断欠勤するヤツがどこにいるんだよ、おめぇは、クビだっ、二度と来なくていい」


 結局、バイトはクビになった。まぁ、一週間も無断で休んだら、そうなるだろうね。自分の意思じゃなくても…… 。

 

 途方に暮れ、何も考えず歩き回っていたら、街は夜になっていた。なんだか、もうわからない。一週間、一週間もどこで何を。いや、それより「なんで…… こんなことに…… 」

 

 溜め息混じりで呟く。オフィスビルに写る自分に、黄色のノイズが走った。自分が自分ではなくなった、鏡の中で。そして、フードを被った何かが現れた。あの時のように。


  僕は覆いの下の、ゆらめく双眸と目が合った。そして、それは影の中で、微笑んだような気がした。


『お早う、人間。さて…… これはどういうことだ。このゼウルに説明してくれ 』



…… いや、こっちが説明してほしいからね。






 

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