第3話 過去の中で。

頬に当てていた手を下ろす。

こちらをきょとんとした目で見る葵葉さんと目が合った。


「どうしたの?」


そう聞かれ、自分のしようとしたことに顔が熱くなる。勢いでキスをしようとしたなんて言えなかった。


「いや、ただ顔を見たくなって・・・」


笑いながら「なにそれ!」と言っている葵葉さんの手を引き、部屋の中に入る。少し前を歩いているのは照れている顔を見られるのは恥ずかしかったからだ。


長座布団に座って2人でテレビを見ているとふと今日見せた悲しげな顔が気になった。あれは、どういうことだったんだろうか。


葵葉さんが死んでしまった理由に関係あったりするのか・・・?


「おーい?」


葵葉さんが不意にこちらを覗き込んでくる。


「わっ!」


顔が近づいたことによってさっきしようとしたことが思い出されてつい跳ねてしまう。


「えへへ、驚いた?」


「うん。ちょっと驚いた・・・」


「あのね、この人霊視占いやってるんだって!私のことも見えたりするのかな?」


「見えたりしたら2人の相性占ってほしいなぁ」とテレビの話を楽しそうにする葵葉さんはどんな長い時間ひまわり畑で待っていたんだろう。


「ごめん」そう口からこぼれ落ちた言葉はテレビに夢中な葵葉さんの耳には届かなかった。


それから少し時間が経った9時頃、お腹が空いてきたから昨日買ってあったパンを食べようと取り出す。葵葉さんは食べれないかもしれないからトイレで食べようかなと思っていたら、声をかけられる。


「ね、ちょっと試したいんだけどいいかな?」


「いいけど、パンのこと?」


「うん!今ならなんだか食べれる気がする!」


というと葵葉さんはパンを開けて少しかじった。かじった部分が欠けている、


「あ、食べれるんだ・・・?」


「久しぶりに感じる味ってすごい美味しい!!」


本当にすごくおいしそうな顔をしながら頬張っていく。驚きすぎて言葉が出ない、ここまでくると生きてるのと変わらなくないか・・・


と思っていたら今葵葉さんの手にあるパンと全く同じメロンパンが足元に落ちていた。


「あれ?葵葉さん」


と言いながら足元を指さすと


「え?私が持ってるのと同じパン。二つあったの?」


「いや、一つしか買ってないよ」


不思議に思いながらも俺はパンを拾って食べてみた。


「味が薄くなってるな」


「あっ!聞いたことあるよ!確か、お供えしたものは味が薄くなるとかなんとか・・・?」


今のはお供え物判定なんだろうか。


「一緒に食べれるならよかったよ」


「うん!同じもの食べれるね!」


すごく嬉しそうに葵葉さんはそう言った。



そこから一週間ほどしたある日、ドアを叩く音と声で目が覚めた。


「ちょっと!いるんでしょ!早く開けなさい!」


この声は、母だ。ずっと話していなかったのになぜ今更。


「ね、ねぇ夏生君、大丈夫?」


「大丈夫、心配しないで」


心配そうな葵葉さんにそう言い玄関へ向かう。

外には未だ喚き散らかしている母。


「近所迷惑だからやめてくれ、母さん」


玄関を開けると気が狂ったような顔で怒鳴りつけてくる。


「あんた!!あの町へ行ったでしょ!!」


「あの町には行くなって言ってあったわよね!!」


ヒステリックにそう叫ぶ母に心底嫌気がさす。


「関係ないだろ。母さんには」


「関係あるわよ!!あんたのせいであたしたちはあそこにいられなくなったんだからね!!」


その話は、やめてくれ。


「さっさと帰ってくれないか、後で電話で聞くから」


「あんたが不注意だったから!」


「うるさい!!!」


尚も続けようとする母にこちらも声を荒げてしまう。


「帰ってくれ。俺は母さんに話すことなんてないんだ」


初めて俺に反抗されたからなのか驚いたような顔をして


「も、もう行くんじゃないわよ!」


生意気ね!!とだけ言って帰っていく。


玄関を閉め葵葉さんの方を見ると心配そうな顔をしてすぐに近寄ってくる。


「大丈夫・・・?夏生君すごく怒ってるみたいだけど」


「うん。朝から驚いたよね、ごめん」


「私は平気だよ。夏生君こそ、本当に大丈夫?」


正直すごく疲れた。

あんなの親だと思いたくなかった。





俺が小学生低学年の時から親はどうしようもなかった。


殴られるのは日常茶飯事、向こうは普通の理由で怒ってるつもりだ、なぜなら中学生の時に躾けてやった。なんて言っていたからだ。


だけど実際は理不尽なことばかりで怒られてばかりだった。

家にいたくなくて外で遊ぶことが増えて、その日も1人で遊んでいた。


俺のマイブームはボール遊びだった、壁に蹴っても返ってきて1人で遊べるから、延々と日が暮れるまで遊んでいた。


疲れていたのだろうかボールを取り損ねて、車道に転がっていく。


「あっ!ボール!」


俺はすぐに追いかける。車がかなりスピードを出して迫ってきていることに気付かずに。接触するその瞬間、誰かに突き飛ばされる。

命は、助かった。だけどその代わりに助けてくれた人は現在も意識不明のままだ。


その人は地主の娘でそうなる理由を作った俺の家は徐々に町から疎外されていった。


そしてそのときに言われた、両親の忘れられない言葉がある。


「お前がいなくなればよかったのに」


この言葉だけは、小学生の俺も葵葉さんにすら辛いこととして言うことができずにいた。

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