【弐】

 日付が変わって翌日、俺は寒くなった財布と共に調査を開始する。

 葵からもらった情報から、被害者は全員、死亡する直前奇怪な夢に悩まされていると語っていたことがわかった。


 その夢の内容とは、

 あたりは暗く、ズルズルと何かが這い回る音がする。よくよく目を凝らすと自分の目線が地面近くまで低く、這い回っているのは自分だと気づく。どこからか不快なゴリゴリという音が聞こえてくる。すると這い回る自分に影がかかり――


 そこで飛び起きるのだという。起きる時間は決まって朝5時、常に恐怖に起こされるような数日が続いていたという。


「ここまで聞いてまともだと思う奴はいないわな」


 これを見た被害者達は、日に日に衰弱していくように顔色などが悪くなり、心配した同僚や上司、家族や恋人などから休みを促されるようになるほどだった。

 そしてその数日後、帰らぬ人となる。この間約1週間ほど、早いと5日、長いと8日といったところか。


「わけのわからない夢を見てから死ぬまで一週間、偶然にしちゃできすぎだな。へたすりゃ都市伝説の仲間入りだ」


 これは遅かれ早かれ噂が広まる。そうなるとそれこそ止まらなくなってしまう可能性もある。警察が人員をつぎ込んだ挙句、俺なんかに声をかけてきた理由がわかった。


 俺は葵にもらった、今回の事件で対策を行った霊能者二人の名刺を取り出す。


 1枚目は最初に呼ばれた口寄せ屋、名前は「不知火しらぬい かがり」となっている。

 口寄せ屋とは、霊や妖怪など、人と話せないようなものと同調し、その言葉を手繰り寄せる仕事をする霊能者のことだ。


 よく知られているのは恐山のイタコだが、基本的にはその場に留まっているモノの言葉を引き出す力であり、そこから物事の進行を図る為に、公務以外にも企業やフリーランスとして活動している口寄せ屋などもいる。


 様々な場所で顔を見せる彼らだが、俺はこの名前について何も知らなかった。状況を察してすぐに手を引いたということは腕はいいと思うのだが、この辺りで活動している口寄せ屋でこの名前は見たことも聞いたこともない。


 もう一人、次に協力者として呼ばれた調伏師「雅条がじょう つづみ」だ。

 調伏師と一口に言っても、祈祷、祓い、誅魔など様々な方法によるものがあり、彼は東京でも指折りの祓い屋として有名だ。主に土地や家に居ついた怪異をはがすことに秀でており、神職でもないというのに清祓から上棟式まで顔を見せることもあるほどだとか。


 都内の事故物件は彼を呼べば何とかなるとすらいわれており、住宅管理業者の希望の星である。その彼が呼ばれたのだから、各被害者の家には何も残っていないだろう。霊的ハウスクリーニングと揶揄されるほどの雑霊すらいなくなった家で、しかしその不審死の大元と見られるような怪異は見られなかったというのはどういうことなのだろうか。


 考えられることは三つ、一つは被害者が死んだ時点で次の被害者へ移動するタイプ。これは被害者の縁を辿るモノが多く、複数人死人が出た時点で拡散しない限りは絞ることができる上わかりやすい。


 二つ目は大元を基点とした指向性のあるタイプ。主に呪いがこれにあたる。これに関しては大元が此岸か彼岸かで意味合いが変わってくる。


 此岸の場合は十中八九人間が起こしたものになる。まれに他の動物が起点になる場合もあるが、動物が呪うほどの事となると雅条氏がわからないわけがない。人間の場合はそこに損得が生じる。恨みつらみでさえそこから抜け出すことはない、よって警察の操作網を潜り抜けることは困難である。


 彼岸の場合は大元自体が呪いに変じることになる。この場合、知らずに触れてしまったものが呪いにかかり、様々な被害にあうことになるため、自覚症状の少ない病気のようなものだ。これは被害者の行動をすべて洗い出してから照らし合わせることが必要になるが、警察がそれをしていないとも思えない。


 最後に、考えてもどうすることもできない自然災害的現象だ。これは人為的かどうかを含めず、非常に特定が難しい。なにせ対象がランダムに選ばれる、そこには一切の意図がなくなるため、その規模によりけりではあるが突発的な通り魔と大差がなくなってしまう。


 電話を手に取る。不知火 篝の名刺を見、そこに書かれた電話番号にコールする。

 今回一番重要な問題、それは彼、ないし彼女がいったい手を引いたか、そこをまずは確認しなければならない。


 数回のコールの後、携帯越しに男の声が聞こえてきた。


「今は依頼を受けていない、後日かけなおせ」


 突然そう言いきり、彼は会話を切ろうとした。


「ま、待て、待ってくれ。俺は依頼のためにかけたんじゃない!警察から状況説明のために連絡すると一報がなかったか?俺はそのためにその電話にかけさせてもらった者だ」


「……話は聞いている、だが主はそのようなことにかかずらっている場合ではない、出直せ」


 それでもなお切り上げようとする彼を、別の声がたしなめるように割り込んだ。


ほむら、彼から電話が来たのでしょう?私が出るといったのに、勝手に切ろうとしないでください。さあ、ソレをこちらに渡してください」


「しかし篝、今はそれどころでは――」


「向こうもそれどころではないのです、何より関わっている根幹は同じなのですから、放っておくわけにもいきません」


 女の声がそう言い、どうやら電話が手渡されたようだ。


「申し訳ありません、焔の言ったことは忘れてくださいませ。そちらは享一郎様ですね?お話は伺っております、こちらも一度話さねばと思っておりました」


 電話口から腰の低そうな女性の声が聞こえる。どうやら彼女が名刺の「不知火 篝」なのだろう。


「いえ、こちらこそ突然のお電話すみません。なにか込み入っているようならまたかけなおしますが?」


「それは大丈夫です、むしろ今でなければいけませんでした。しかし時間もありませんので、申し訳ありませんが簡潔にお話させていただきます。都内の連続不審死、あの異常についてですね?アレは私では解決まで至らないことがわかりました。だからあなたを待ったのです」


 彼女はそう言いきる。その口調からは、予想や希望的観測のようなあいまいなものはなく、確信めいた何かがあった。


「……それは、不知火さん、あなたが口寄せで見たものですか?それとも――」


「ええ、考えられているとおり、私には予知、いえ託宣といったほうがいいかもしれません。それにより未来を一部でありますが知っています」


 驚いた。未来予知、千里眼などの見通す能力は話には聴いたことがあるが、実際にその力を持つ人間と接触したのは初めてだ。

 怪異でもその手の能力は稀少で、数十年、あるいは百年単位で出現するモノと聞いたことがある。

 なにより、都度揺れ動く未来を観る力は消耗も激しく、その能力者は短命に終わると聞くが……。


「これにより私はその依頼をあなたが受けることを知りました。そしてそれが最適だということも。なので私は手を引いたのです」


「ということは、不知火さんにはこの事件の結末が見えていると?」


 もし、彼女の未来予知、託宣がそうなら、それはもうすべてを終わらせてしまっているものなのではないだろうか?

 その力は、それこそ始まる前から終わらせることのできる神の手とも言うべきものなのではないか。


「私の力はそれほど万能ではありません。私が見えたのは、事件現場に立った際、そこに立つ霊に繋がれば死ぬことと、そこにあなたの名前が観えたことだけ。本当にその程度なのです」


 そう、うまい話はないか。その予知能力も聞いている限りかなり断片的でわかりにくいもののようだ。

 それよりも、今聞き逃せない単語があった。


「“繋がれば死ぬ”、ですか?それは口寄せをすると死ぬ、と?」


「そうです、私はあの場所に佇む被害者の霊、その先にこちらを見つめているモノの存在を感じました。あの場所には確かにその霊しかいなかったのですが、彼と繋がるとそれを辿って大元もきてしまうと。そのため口寄せを断念したのです」


 それは異様な話であった。まるで怪異が、その発覚を恐れるように真実を見た相手を殺す。それは何かを隠しているとしか思えないような行動である。


 怪異にはそういった防衛的な考えはない。平然と遺体は放置するし、モノによっては自分に繋がる証拠を残していくものも多い。

 それが、辿りつかれない様に敵意すら向けてくるのは……、それこそ怪異ではない誰かの仕業なのではないのだろうか。


「なので私は、警察の方々に事件を解決するほうを進言しました。私があの場所で見たものは以上です、お力になれたのならいいですが」


「ええ、ご多忙のところありがとうございます。おかげで納得できました」


「いえ、こちらこそ、上代さんにはお世話になりっぱなしですから」


 そういって彼女は笑う。俺が世話をした覚えはない、なら、親父か爺さんだろうか。二人ともいやに顔が広いからどう繋がっていてもおかしくはない。


「ああ、それともうひとつ、享一郎さん、あなた最近彼岸の子たちと関わることが多くなりませんでしたか?」


 “彼岸の子”というのは怪異のことだろうか?それなら確かにこの一年やけに多くのそういった事件と関わってきてしまっている。


「ええ、確かに春頃からそういった事件と関わることは増えましたが、何か?」


 彼女はそれを聞き、小さくため息をついて言葉を続けた。


「……やはりそうですか。あなたは誘蛾灯のようなものです、自ずからそういったモノを引き寄せてしまう質のようですね。誰かが封をしているようですが、それも解れかかっている……。その事件、時間がないかもしれません、あなたの電話越しにあの部屋で感じた気配がします。向こうはもうあなたを見つけている」


 俺はそれを聞き、とっさに振り返る。そこはいつもの事務所で、今日はコレットもきていない。シンと静まり返った空間が横たわっていた。


「……それは、忠告ですか?」


「いえ、警告です。あなたが無事その事件を解決できることを祈っています」


 その言葉を最後に、電話は切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る