【末】

 目を覚ますと、そこは見知らぬ天井だった。

 周りを見渡すと白い壁と窓、清潔で多機能なベッド、少ししてここが病院の個室だということに気付いた。


 そばに置かれていた私の携帯端末を手に取る。起動させて画面を見ると、時間は深夜だということがわかる。

 少し混乱するが、あの日からこういったことは度々あるので正直なところ慣れてしまっている自分がいた。

 恐らく、私は姫と一緒に桃のいるトイレへ乗り込んだところで意識を失ったのだろう。


 あの時何かを見た気がするのだが、いまいち思い出せない。何か怪異のようなものが見ることができたと思うのだが、私の記憶は判然としなかった。

 学校で『オカルト研究会』なんてものを作って活動しているというのに、そういうモノがいるであろう場面に出くわすと決まって気絶してしまう。

 自分では同年代の数十倍の胆力があると自負しているが、その自己評価は間違っているのではないかと最近思い始めた。


「カッコつきませんね、私」


 桃や姫がどうなったか気になったが、この時間に騒ぎ始める勇気もない。

 ただぼんやりと端末の画面を眺めていると、トークツールの新着と、着信が多数通知されていることに気付く。


 それは私が学校で探偵さんへ送ったことの返事と、その数分後からある連続した同人からの着信だった。

『まて、どういうことだ すぐかけなおすからまて』という変換すらしていない短い文章と、その数分後からある連続した着信。時間は私が気絶したであろう時間からだいぶん立った後、私が今ここにこうして無事でいることから察するに、おそらくすべて終わった頃だろう。

 携帯端末を確認できなかった彼が、ようやく気付いて焦り、その場でしていたことを放棄して電話にかじりついている様子が容易に想像できた。


「……ほんとに、この人は」


 小さく笑いながら端末の画面を消す。そばにある机には、よく見る甘いだけの缶コーヒーが置いてあった。

 彼の罪滅ぼしの気持ちなのだろうか、下にはメモに『スマン』と一言添えられていた。

 今回の物はこっちの問題で、別に恨んでなどみじんもいないが、次に会ったらこのことでからかってみるのも面白いかもしれない。

 いつの間にか出ていた笑みを隠すように私は布団に潜り込み、そのまま再度眠りについた。




 次の日、病院から連絡を受けすっ飛んできた両親と共に、軽い検査だけを受け病院を出た。

 話を聞いたところ、桃と姫もケガなく無事なようだ。そのことを知りホッと胸をなでおろす。


 私たちは一人残った姫に保健室まで連れられて初めてこの事件が発覚したらしい。

 3人とも血まみれで、養護教諭がその姿を見たとき驚きすぎてパニックになるほどだったとか。

 そのまま大慌てで救急車と警察を呼んで、私たち3人はそのまま病院へ搬送。検査の結果、血まみれであるだけで3人とも外傷などは見られなかったという。


 保健室についた時点で簡単な説明を養護教諭がきいていたため、警察が到着した際、現場であると思われるトイレに向かったところ、トイレ内部が真っ赤に見えるほどの一面血だまりとなっていたという。

 これも後から探偵さんづてに葵さんから聞いたところ、その血は近場に住んでいた前科歴のある男のDNAと一致したのだそうだ。

 ただ、その血液量が人間一人分の血液をすべてまき散らした分ほどあるらしく、すぐさま葵さんがいる『非常犯罪対策課』へとお鉢が回ってきたらしい。

 目下捜査中とのことだが、恐らくこの血液の持ち主はもうこの世にはいないだろうとのことだった。




「いったい、あの事件は何だったんでしょうね」


 病院を出てからまた次の日、何事もなかったので学校に来てみた。

 学校の隠蔽いんぺい体質はさすがというべきか、事件そのものは隠しきれなく、みんな何かがあったことは知って入るのだが、『何が』と『誰が』の部分は巧みにボカされていた。

 おかげで登校早々パパラッチに囲まれる、ハリウッドセレブのような大人気具合を楽しむこともできずに静かに着席する羽目になった。

 そのまま放課後まで降ってわいたスキャンダルに沸きつつも、誰も私がソレとは気付かずに放課後を迎え、またいつもの部活へと顔を出している。


「なんだもなにも、いつも通りあんたが持ってきた厄介ごとの類でしょ。どう考えても」


 姫は携帯端末をいじりつつ、私へトゲのある言葉を投げつけてきた。

 桃はというと、私たちと違って図太くないので、気分が悪いとのことで授業だけ受けてかえってしまった。まあこれが正常な判断だと思う。


「なんでですか!そもそも私はいろいろ広げただけで噺すら始めてませんでしたよ。それであんなよくわからない事件が起こるんじゃ、私が何かする前にこの学校はとっくの昔に廃校になってますよ!」


 姫の言い分だと、主に会報誌のあった図書室を中心にフラッシュゲームもくやという様相で学校全体が真っ赤になってしまう。


「じゃあいったいどうしてあんなことがあったっていうの?」


 端末から視線を上げ、こちらへ聞き返してくる。どうやらこちらの言っていることに納得しているようで、その言葉尻には先ほどまであったスパイクは装備されていなかった。


「私も昨日、気になって詳しい話をするがてら探偵さんにきいてみたんです。それで、探偵さんの見立てでは恐らく『怪人赤マント』の都市伝説じゃないかとのことで」


 説明を始めると、姫は端末を机に置いて真剣に聞いてくれていた。


「事情聴取で、桃ちゃんの話も聞いたらしいのですが、桃ちゃんはアレの姿を見ていないらしくてですね、名前を呼ばれたことと、『赤いマントが欲しいか?青いマントが欲しいか?』って問いかけられたってことだけらしいんですよ」


「ちょっとまって、アタシも詳しくは知らないけど、その『怪人赤マント』とかいうのと桃が聞いた声って別の噺じゃない?それにアイツ“赤”ってよりも“青”だったわよ」


 この手の話には疎い姫が、珍しく口をはさんできた。有名な学校の怪談の一つでもあるから、たまたま知っていたのだろうか。


「よく知ってますね。姫ちゃんの言う通り、『怪人赤マント』と桃ちゃんが言っていた『赤い紙、青い紙』は別の巷説こうせつです。桃ちゃんが言っていたのは『赤い紙、青い紙』の派生形である『赤マント、青マント』なんですが、文言が違うだけでほぼ一緒です」


 得意げに説明してはいるが、ここからは私も探偵さんに聞いたことなので本当にそうなのかイマイチなのですが。


「ただ、この二つの噺は親と子であるらしいんですね。まず『怪人赤マント』の話があって、それが派生した中に『赤い紙、青い紙』があるという関係です。探偵さんが言うには、この都市伝説自体が場所と相手によって特徴が変わっているんじゃないかとのことでした」


 探偵さんは付け加えるように、『かなり古い噺の上、ルーツや類話も多い。もしかしたら“そうかもしれない”という現象なのかもな』とも言っていた。


「要するに、結局詳しいところは何もわからないってことね」


 姫が投げやりな結論を置く。その通りだがもう少しロマンのある言い方をしてほしい。


「私としたら、顔色の悪い男の人しか見てないんで怪異って感じもあんまりしないんですよね。もっとわかりやすく、飛んでたり角と尻尾があって手が4本あるとかならトキメキもするんですが」


 そう言いながら部室にある机に項垂れる。今回も私は“それらしいモノ”しか見れなかった。

 あとから『あれはそういうモノだったんだよ』と聞いても、納得しかねるのが正直なところである。


「あんたはそれでいいのよ。あんなモノとかかわってもいいことなんて何もないわ」


「それは姫ちゃんにとっては、であって、私にとってはもっとアカデミックに価値のある事なんです!」


 呆れるように息を吐き、姫は席を立った。


「話は聞けたし、あたしは自分の部活に行くけどあんたはどうするの?」


「私はもう少しここにいます。鍵は返しておきますので、部活頑張ってきてくださいな」


 机に項垂れたまま片手をあげて手を振る。それを見届けて、姫は部室を出て行った。


 部室に静寂が下りる。外はこの時期には珍しく快晴で、夕方の光が私をオレンジ色に照らしていた。

 私が気絶してからどうなったのか、姫に聞いてみたが彼女も気絶していたのでわからないといわれた。

 これが嘘なのくらいすぐにわかる。そもそもこの事件が外部に発覚した要因は、姫が私と桃を保健室に連れて行ったことだからだ。

 ただ、彼女がこんなにわかりやすい嘘をついたことは、『これ以上このことについて聞くな』といっているような気がして、それ以上の追及ができなかった。


 私はいつも大切なところの記憶がない。両親は、以前あった“事故”の後遺症だというが、そんなに簡単に片づけられない程度に、一定のタイミングで私の記憶は不確かだった。

 まるで、私にソレらを見せたくない誰かの意志を感じるほどに。


「いったい、何なんでしょうね」


 部屋の空気に私の言葉が溶ける。誰も私に教えないなら、これは私が探ることなのだろう。

 席を立ちあがると、身支度を済ませストーブを切り、鍵を持って廊下に出る。

 部室の外はしんと積もるように寒く、身震いするのを我慢して部室に鍵をかけた。


 もう雪は溶け、歩く私の足音だけが板張りの廊下に小さく軋んだ。

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