【弐】
「はー、やっと暖かくなってきました。姫ちゃんのせいで凍死寸前5秒前のギリギリコレットでしたよ」
そう言いながら私は部室の長机にぐでっと寄りかかる。
「ブランケットにくるまってるだけだったでしょうがあんたは。鍵もストーブもアタシたちがやったんだから、感謝しなさいよね」
「恩着せがましいのはんたーい。私は私の意志と権利を尊重しての行為で誰も頼んでませーん」
「そう、ならアタシもアタシの意志と権利を尊重してアンタをこの部室から追い出すわ」
また私の首元をつかみにやってくる姫に、私は慌てて謝る。
「すみませんでした、私が日々平和に過ごせているのは姫ちゃんと桃ちゃんのおかげです!だから暴力反対!」
そう言いながら丸くなる私に、姫はため息をつきながら許してくれる。
「はぁ、いいけど、享一郎さんはよくアンタの面倒見てるわね。苦労が目に見えるわ」
その言葉に、深くうなずく探偵さんの顔の幻影が浮かんだ。消えろ!
「まあまあ、姫ちゃんも許してくれたし、コレちゃん今日は何をするの?」
「そうそう、今日は今まですっかり忘れていたこの学校の怪談を調べていこうと思うんです」
オカルト研究会(学校非公認)を名乗ってるとは思えない発言である。だが私はあえてそこに目をつぶる!
「で、アタシ達でそれを調べようってこと?」
「まあそうなんですけど……」
私の声が小さくなる。
「何よ、歯切れが悪いわね。何か問題があるの」
「いえ、ただ動きたくないなぁって」
そう私が言うと、また勢い良く頭をはたかれた。
「じ ゃ あ な ん で、この話を持ってきたのよ!」
「だ、だって前々から気になってたんですよ!こんなに古い学校ですよ?そりゃ怪談の百や二百はあってしかるべきでしょ!」
頭をさすりながら姫に弁解する。
「それに私だって準備はしています。まだ少し暖かかった昼間のうちに、図書室から過去新聞部が作った会報を借りてきといたんです!」
そう言いながら私は部室に隠しておいた会報誌の束を引っ張り出す。
「アンタの出不精をアンタの適当さで解決するのは褒める気にならないけど、準備はいいわね。それにしてもよく会報誌なんて持ち出せたわね、基本持ち出し禁止じゃなかった?ソレ」
グッ、ギャルみたいな見た目しているくせによくそんなこと知ってますね姫ちゃん。
「ま、まあそこはほら?バレないように戻しとけばなかったことと同じですし?」
「ダメだよコレちゃん!今から自首しよう?わたしもついていくから」
なんですこの重犯罪者みたいな扱い?ふざけていってるわけじゃないんですよね?
もしかしたら私が遊ばれているのでは?という確信なのか錯覚なのかわからない感覚に襲われる。
「まあ、後で知らなかった体で返せば何とでもなるでしょ。それはそれとして、ソレにこの学校の怪談がホントに書いてあるんでしょうね?」
すかさず姫が助け舟を出してくれる。さすが私の従妹、恐ろしく空気が読める!
「そりゃそうですよ、やっぱり定番は夏の部分ですね、ほぼ毎年この時期の会報には怪談やら噂話が載ってます」
「ほ、ほんとに調べるの?」
そんな中、桃がおずおずとこちらに確認してくる。
「そりゃ調べますよ、そこに神秘があるんです。私が暴かないでどうするんですか!」
そう言いながら、桃の分を目の前においてあげる。
それを見た桃は若干青い顔をしながらその会報誌を見据えている。
「なに、桃。いつもはそうでもないのに、今回は嫌なの?嫌ならアタシとコレットでやるから見てるだけでも大丈夫だけど」
「いや、あの、だってこの学校であったことでしょ?上代さんだって『話したら寄ってくる』って言ってたじゃない。だからここでその話したらほんとに起こっちゃいそうで……」
桃が言うことはもっともだ。特に口伝で伝わる怪異、都市伝説は多く、“その話を他者から聞くこと”がトリガーになっているものも少なくはない。
だが、これに関して私は特に危険視していなかった。
「大丈夫ですよ、学校にある怪談噺で力を持つほどのモノは場所や時間が限定されていますし、何よりそこに一人でいることが基本です。まず学校内で一人で行動することの方が稀ですし、そういった場所も限られますしね」
そうなると一番危険なのはトイレ関連だ。強制的に一人になるうえ、対処できないものも多い。だがこれも前提条件が複雑でわざとそうしないと発現しないものが多い。
「まあほんとに危険なモノはないと思いますよ、そんなモノがいたらとっくの昔に事件になってるか、専門家の人が
そう言うと、納得してくれたようにうなずいてくれた。
「ホントに怖いなら止めてもいいからね。この馬鹿のフィールドワークに付き合ってもいいことないのはわかってるんだし」
「なんてこと言うんですか!怪異ですよ?神秘ですよ?女の子なら普通じゃないことに憧れるでしょう?!」
「うるさい、アタシは普通で十分なのよ。ただでさえこんな家に生まれたんだから、普通に生きるのを目指すでしょうが」
ひどいことを言う姫に、顔を寄せて抗議するも
こうなったらなんとしてでも、神秘の素晴らしさを姫ちゃんに刻み込まねばならない……!
「よーし、わかりました。姫ちゃんがそう言うなら、私にだって考えがあります」
そう言いながら、机に積まれた会報誌を漁る。
このネタは鉄板だから確実にどこかにあるはずだ。
私は片っ端からページをめくって目当ての記事を探した。
「コレちゃんは何を探してるの?見つからないならわたしも手伝うけど……」
「こんなの手伝うことないわよ桃。どうせあなたも巻き込んで楽しもうって口なんだから」
「ま、巻き込むって何を始めるつもりなのかな?怖くないのだったらいいけど……」
桃が不安そうにこちらを見つめてくる。そもそもこの部活と議題で怖くないわけもないのだが、カワイイので黙っておく。桃は反応が面白いから特にだ。
姫もこんなことを言いつつも付き合いが良い。なんだかんだ言いながらも一度始めたら最後まで付き合ってくれるので面倒見のいい姉みたいな存在だ。学内に隠れファンクラブを作られているだけはある。
「ありました!フフフ、これで姫ちゃんも洗脳みたいに心変わりするはずです!」
「そこまで行くとその本が呪物かなにかでしょ。で、いったい何を探していたの?」
「これです、『聖真中ノ怖イ噺其之参、学校の怪談トイレ編』!」
そう言いながら私はみんなの前に会誌を広げる。
そこには学校には必ずあるといっても過言ではない、トイレの怪談をここ聖真女子学院で調査した記事が載っていた。
「……なんでアンタはこれでアタシが心変わりすると思ったのよ」
「え、だって王道の怪談ですよ?いろんな話があるなかで、この学校にもあるんですよその怪談が!」
「いや、それなら逆に知りたくないというか、ほら、桃も引き気味じゃない。そもそもそれで喜ぶのはアンタくらいよ」
ため息交じりに姫ちゃんが説得するように言う。だがそもそもこの部はそういう物なのでそこを否定したら始まらないような気もするのだが。
「もうそれならそれでいいです!とにかく今日はこれについて実地含めて調査していくんですからね。さてまずは……」
「そ、その前にコレちゃん、先に手水に……」
桃ちゃんがおずおずといった様子で割って入ってくる。
「そうですね、知っているのといないのとでは違いますし、どうぞどうぞ行ってきてください」
それを聞いて桃ちゃんは部屋を出る。一瞬開いたドアから、身を刺す冷気が部屋に流れ込んできた。
「もう、桃も苦手ならこんなのに付き合わなくていいのに」
「そんなこといって、姫ちゃんも夏からいろいろあったのに、なんだかんだ無理やり連れだそうとしないじゃないですか」
「そりゃあ、桃の意思を尊重したいし、アンタも桃のことをからかいはするけど一線は超えないように気を付けてくれてるみたいだし。無理に止める理由はないわよ」
そう言いながら姫は腕を組んで椅子に背を預ける。
「ま、だからと言って、この前みたいに危険なことだけはやめてよ。巻き込まれるのだけはゴメンだから」
「あの時のことは反省してます……、まあ私自身もそれっぽいことしか体験したことがないから大丈夫ですよ!」
「はぁ、知らぬが仏ね」
姫ちゃんはなぜか盛大にため息をつく。
その時、部室の扉が開いた。
「桃ちゃん、早かったで……」
冷気が入り込む扉を見る。
そこには青い布を被った何かが立っていた。
一体何なのか理解できず、言葉が続かないままソレを見る。
どうやら姫ちゃんも同じようにソレを見て固まっているようだ。
先に動いたのはソレだった。
「……渡瀬 桃さんはいますか?」
そう低い声で問いかけてきた。
布を被っていて見た目は判然としないが、どうやら大人の男性らしい。
ただ、それがわかったとしても、その異様な風体からやはり私たちは動けずにいた。
「……渡瀬 桃さんはいますか?」
再度男が問いかけてくる。
その言葉で、ようやく私は声が出た。
「あ、えっと、桃ちゃんは今トイレに……」
それを聞くと男はこちらを見やった。その時顔の様子が少しわかったが、肌は青ざめるほどに白く、そう――死体のようだった。
「……ソウですか。わかりました」
男は小さく言うと、トイレの方へ体を向け、歩き出す。
革靴のような、ブーツのような足音が廊下に響いた。
その時、今まで驚いて呆けていた姫が正気を取り戻したように椅子から飛ぶように立ち上がる。
「ッ、おい、待てオッサン!」
姫はそのまま走って男を追って廊下に飛び出る。
と、そこで周囲を見回し止まってしまった。
「ど、どうしたんですか、姫ちゃん。いきなり飛び出すなんて」
「……ねえ、今扉があいたり、走った足音とかした?」
姫がまっすぐ廊下を
「いえ、そんな音は聞こえませんでしたけど、どうしたんです?」
「どこにもいないのよ。この教室は階段から遠い、すぐ追いかけたら追いつくはずなのに、どこにもいないの」
姫がそういうと、一際冷たい風が教室に入ってくる。教室はもう暖かくはなくなっていた。
「そもそも、あの格好といい、学校関係者じゃないでしょ。セキュリティだけはしっかりしてるこの場所に、あんなに堂々とあんな男が入ってこれるわけない。これは、もうそういうことよね?」
こちらを見てそう問いかけてくる姫の瞳に焦りが映る。
風で広げた会報誌が揺れる。今さっきまで男が立っていた場所は、積もった雪が溶けたかのように濡れていた。
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