日ノ雪ル或、或は怪人の事

【壱】

 重く、淀んだ冬の空。

 今にも雪が降りだしそうなその空を見て、オレは深く息をつく。


「くそっ、今日もハズレかよ。明日からどうすりゃいいんだ」


 着古しすぎて寄れたコートを冬風にたなびかせながら、オレは寒さに身を縮めて冬の町を歩いていた。


「こんなことだったら、素直にアイツの言うことを聞いておくべきだったか……。いや、やってみないとわからない、可能性は、成功するから可能性なんだ」


 ブツブツとそう呟きながら道を急ぐ。ふと、その道の先、仰々しい門と木立に囲まれた区域が目に入る。その門には「聖真女子学院」とこれまた無駄な重厚さと趣を否が応にも感じさせる表札が掲げられていた。


「そういや、ここがアイツのいる学校だったか。……こんなとこに通ってるくせに、オレを構うなんてどうかしてやがる。これだから金持ちの考えはわからん」


 そうボヤきながら、転がっている小石を蹴り上げる。世間はヴァレンタインデーだかで浮かれている時期だが……いや、俺には今年こそ関係ある!

 勢いに任せ、先ほど蹴った小石に追いつくと高く蹴り上げた。


「チッ、まだオレだってツキがあるんだよ」


 何度目かわからない、誰に聞かせているわけでもない愚痴をこぼしていると、一際底冷えするような凍えた風が吹く。

 その風から体を守るように身を縮めると、突然後ろから男に声をかけられた。


「―――か?―――しいか?」


 いつから背後に立っていたのか、赤いマントを羽織った男はこちらへ向けて何かをつぶやいているようだった。


「な、なんだ?いきなり人の後ろに立って、何言ってんだ?」


 オレが驚いて聞き返しても、その男はこちらの問いかけに答えることもなく、何かを繰り返す。先ほどまでのオレのようだ。


「さすが全寮制のお嬢様学校の周りにはこんなイカレた奴も出るんだな。おい、お前、オレは親切だから警察を呼んだりはしないがな、ほどほどにしないとそれこそすぐに……」


 その時、俺はあることに気付いた。いや、気付いてしまった。

 この底冷えする風の中、コートを着ている俺でさえ身を縮ませるような気温の中、男はピクリともしていない。

 そう、文字通り微動だにしていないのだ。まだ風は吹いている。だが、その男のマントは揺らぎもしていなかった。


 これを悟った瞬間、オレは顔を上げられなくなった。足も動かせない、呼吸するだけで必死になる。

 ビュウビュウと風が吹く、身に刺さるほど冷たい冷気が体を覆う。

 目の前にいる男の顔が思い出せない。振り返った時に確かに見たはずだ。ただ目の前にある赤いマントと、男の足しか頭になかった。

 早く逃げろと脳が警鐘を鳴らす。それと真逆に、オレの足は凍り付いたように動かない。


「―――欲しいか?―――ント欲しいか?」


 その時、視界に降り積もる雪が見えた。


「――一緒に来い」


 ようやくまともに聞こえた男の声と共に、オレの視界は暗転した。






「あ゛あああああぁあぁぁぁ!なんでこんなところに7時間も拘束されないといけないんですか!時給よこしやがれください!!」


 絶世の美少女、アフロディテの転生元、歩くミケランジェロ――は男だったような気がするけどまあいいや。

 そんな私は呪わくも始まってしまってしまった、3学期とかいう存在価値の分からない、うだつの上がらない2学期のロスタイムのような時間を過ごす羽目になっている。


「しかもこんな昭和の趣あるレトロで映える校舎で授業受けてたら凍死しますよ!そもそもこの学校に入るだけでいくら取られてると思います?いや、私が払ってるわけじゃないんでわからないですけどね?でも絶対その辺のFラン入る倍以上の金はボラれてますよ!それでこれ!この雪山コテージ以下の装備!それを訴えたときにあのクソ教員連中なんて言ったと思います?『あなたがたの忍耐と根性を鍛えるために』ですよ!?バカですか?それで忍耐鍛えれるなら北海道から犯罪者が消えますよ!」


 そんなことを机に突っ伏しながら叫ぶ私を、どうしようかとあたふたしながら見守る友人が一人。

 名前は「渡瀬わたせ もも」私がこっち日本に来てから初めてできた友達で見ていて飽きない女の子だ。一言でいうならカワイイ。

 怖がりで優しく、引っ込み思案で友人がいないと意見も言えない娘だが、最近はその性格を直そうと学校から隠れてバイトを始めるなど、バイタリティもある。


「そ、そんなこと言っちゃだめだよ。先生に聞かれたらまた指導室に呼ばれちゃうよ?」


 きょろきょろと忙しなく辺りをうかがう桃の様子を横目で眺めつつ、謎の嗜虐心しぎゃくしんが湧いたのでもう少しオーバーに続行してみる。


「あーあー、そもそもこの学校からしておかしいんですよねー。21世紀の東京のど真ん中で全寮制お嬢様学校(笑)なんて流行らないんですよ。造るんだったらもっと何もない山奥にでも造ってセキュリティレベル上げろって話です。こんな場所、その辺にいる自称探偵のおっさんでも余裕で侵入してきますよ。そうなったら桃ちゃんなんて一撃です、ああかわいそうな桃ちゃん、あはれ桃ちゃんは花と散りましたとさ。わろし」


「ひぅ、い、いったい何があったらそうなるの?わたしいったいどうなるの?」


「それはもうひどい事件だっtイダイッ!!」


 桃で遊んでいると後ろから何かで頭を砕かれる。ような勢いではたかれた。

 この世界の至宝、完成された美の化身の価値をわかりつつ破壊してくるパワーオブパワーな無遠慮さは、


「ちょっと、アンタ、また桃をからかって遊んでんじゃないわよ。桃もコイツの言うことは真に受けるなって言ってるでしょ?基本コイツはデタラメと皮肉しか言えない“見た目だけお嬢様”なんだから」


 そう言いながらペシペシと私の頭を軽くたたき続けるゴリ、もといフィジカルお化けは、私がこの学校に入る理由となった従妹の「藤咲ふじさき ひめ」だ。

 成績優秀スポーツ万能、ルックスも雑誌の読者モデルをこなすほど、性格も明朗快活で勧善懲悪なスーパーマンで非の打ちどころがない。

 だが桃の事には過保護になり、よく二人で行動している。桃があの性格になったのは彼女の存在も一因なのではないだろうか。


「失礼なっ、私は正論で相手を再起不能にすることもできますよ!!」


「余計にたちが悪いわ。で、アンタたち何やってるの?もう放課後よ、部活に行かないの?」


 呆れたような、諦めたような目つきで見下ろしてくる姫に、『ああ、これをしてもらうためにお金を払う大人がいるんだとしたら、私は今お金を稼いでるのと何ら変わらないのでは?もしや勝ち組?』などとどうでもいいことを考えながら答える。


「嫌なんです」


「何がよ?ってか聞かれるのわかりながらそういうこと言うのやめなさい、面倒くさい」


「うぅー、姫がいじめるー、桃ちゃんたすけてー」


 私は机に突っ伏しながらズリズリと桃に近づきしがみつく。桃ちゃんを味方につければこの勝負勝てる……!


「ダメだよ姫ちゃん、コレちゃんはハンペンより弱い子なんだから、もう少し優しく言ってあげないと死んじゃうよ」


「え、私これディスられてます?悪意が感じられないあたり余計心にクるんですけど……、姫さんどう思います?」


「自業自得よ。で、このコントいつまで続けるの?部活行きたいんだけど」


 冷たい、姫がいつも通りクールで冷たい氷の女王だ。米国産ネズミー映画にでも出てほしい。


「わかりましたよ、もー姫ちゃんはノリ悪いんだから、そんなんじゃ友達できませんよ」


「あんたの24倍くらいはいるわよ。仕事関係も、私生活含めても、ね」


「具体的な数字言うのやめてください、凹みますから。私の心はハンペンですよ?いいんですか?死にますよ?」


「メンヘラ女みたいなこと言うのやめなさいよ。ってもういいわ、アタシも部活にいくし、じゃあね」


 姫が諦めたようにきびすを返そうとするのを、私は慌ててつかむ。主にその短いスカートを。もう少しで見えそうだ……!


「まってー、待ってください!言います、言いますからっ!」


「ハァ、で、今日部活行くの?いかないの?」


「えー、それはー、そのー、行くにはいくんですけどー、ほら、アレですよアレ、アレがー」


 チラチラと姫を見る。視線で気づいてオーラを出すも、さすが超合金製フィジカルモンスター、オーラを軽くスルーされる。


「桃、こいつ放って帰りましょ。時間の無駄よ、コレ」


 え、でもっ……といった様子で顔を見合わせる桃の腕を引き、姫が出ていこうとするので慌てて立ち上がる。


「寒いんですっ!部室に今行くと寒いじゃないですか、いや、いつ行っても寒いんですけど。それでも今はまだ温い教室から出たくなかっただけなんです。ほら、寒さ耐性もってる姫ちゃんが先にいってストーブつけてくれないかなーとか思ったりして……」


 そう言うと、姫と桃はこちらを見て、


「コレちゃん……教室で生活はできないよ?」


 私はいったいいつまでここにいる設定だったんですかね?


「桃、あなたの分の退部届も持ってくるから待ってなさい」


 ついに姫にロスカットされかけた。


「わあぁ!ごめんなさい行きます行きます!もうポカポカです!今なら部室をサウナにできます!!」


「単純にキモチワルイわ」


「私の汗と涙の結晶ですよ!探偵さんなら五体投地でひれ伏すレベルです!!」


「享一郎さんはそんなことする前にあんたを追い出すでしょうが」


 う、口を開けば悪態をついてくる探偵さんの顔が刷り込み並の鮮明さで頭に浮かぶ。

 私の周りにはこんな奴しかいないのか……!


「コレちゃんが寒いならわたしが部室温かくしてこようか?そしたら今日も一緒に部活できるよね」


 桃が私と姫の生産性のない会話に女神のような提案をしてくる。

 ああ、やはり持つべきは便利な、もとい優しい友人ですね。


「やはり桃ちゃんは私の親友です。では早速部室へ行ってストーブの電源を」


「はいはい、部室に行くんでしょ。アタシもこんな時間になっちゃったし付き合ってあげるから行くわよ。桃はこの馬鹿の荷物持ってきて、私はコイツを引きずってくから」


 言うが早いか、姫は私の首根っこをつかむ。


「え、そんな持ちかたしたら首がしまっ、ちょ、自分で歩きますからはなしてくださっ」


「コレットを自由にしてたらこれだけで日が暮れちゃうからね。アタシも学習したの」


「これは学習とは言いません!暴力、力による解決でっ、グェ」


 つぶれるような声を上げ、私は部室棟へ引きずられ連行されていった。

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