【末】
「お前な、俺を何でも屋か拝み屋と勘違いしてないか?」
数日後、俺は了を呼び出し、都内のバー「ストレンジフィースト」へ来ていた。理由は簡単、今回俺に投げつけてきた依頼の迷惑料として酒を奢らせるためだ。
「おいおい、そんなわけないだろ。僕はこの難事件を解決できるのは君しかいないと見込んで客に紹介したんだ。それに、
了とは中学以来の腐れ縁だ。旧知の間柄な故か、彼の仕事と俺がやってる探偵の真似事の相性がいいらしく、時々今回のように依頼人を紹介してくる。
それだけ見れば大変ありがたいことなんだが、その依頼の内容がほとんど怪異がらみ、主に民間伝承が絡んだ厄介なものばかりだというのは俺への嫌がらせのように思えてくる。アイツら平然と人を喰ったり殺したりしてくるから俺だって怖いんだぞ。
「そりゃ助かってる部分は大いにある、しかしだ。自分が飯を食うために最初にベットするものが命ってのは違うんじゃないか?いつから現代日本は世紀末になったんだよ」
「仕事ってそういうもんだろ?」
「絶対違う」
そんな世界認められるか。怪異とのごたごたなんてチンピラに因縁つけられるより理不尽なんだぞ。
「今回の仕事もそうだけど、享に頼むと円満に解決してくれるからね。そこらの霊能者に頼るとすぐ
了は褒めてくれているようだが、それは単純に俺にその力も、方法もないというだけだ。だから仕方なく今までの経験から対策を貰ってきているに過ぎない。
「だからといって、そういう無理矢理処理する方法も通じないようなモノを俺に振るのは止めてくれ。奈良の時もそうだが、俺の命がいくつあっても足りない。今回だって依頼者がつまずくだけでどうなってたかわからないんだぞ?」
「いやいや、そこをどうにかするのが君の仕事だろ?それに、奈良の件も僕はとても気に入ってるんだ。なにせあの高慢で尊大、横柄で傲岸不遜な京都の奴等に一泡吹かせられただけで僕は満足さ」
「その一泡のために俺の命をかけるなと言ってるんだよ」
それにお前が挙げたのは全部同じ意味だぞ。まあそれほどでもあったのが悲しい事実ではあるが。
「まあまあ、結果いい報酬をもらえて君は嬉しい。あいつらの
「だからそういう問題じゃないっての」
「でも君は断らなかった。そうだろ?」
くっ、痛いところを突いてくる……!
「そ、それはそれだろ。本人を前にして断れるかって」
「くっくっく、ほんとに君は探偵に向いてないよ」
仕事を振っている相手になんてことを言うんだ。正直それは俺も思うが俺にも目指したいものというか……何というかそういうものがあるんだ。だからここは譲れない。
「じゃあもうこういう依頼は振らないでくれ」
「わかってるさ、だからこそ君にこの仕事が向いているってこともね。君の爺さんも草葉の陰で喜んでいるよ」
「……だといいんだがな」
ほんとにコイツは聡いというか、昔から的確にこちらの意図を汲んでくる。占い師こそコイツの天職だろうさ。
「それで、結局のところ彼女のモノは何が原因だったんだい?僕が見ても判然とはしなかったんだけれど」
「ああ、それなら単純な話、ホームシックだったよ」
俺は小さくグラスを煽る。
「彼女は最近こっちへ上京してきたんだが、思っていたよりここは冷たくて硬かったんだろうな。仕事も思うようにいかなくて、でも夢も捨てきれなくて、転ばないように前に進み続けているにも関わらず迷ってしまった。そんなときに憑いた、いや、気付いたのか」
「なるほど、だから僕じゃわからなかったのか。やっぱり享は頼りになるね」
そういうと了は小さく笑う。コイツの笑みは何か見透かされているようであまり気分はよくないが、今日は心地よくも感じた。
「よせやい、結局俺は護っていたであろうモノを追い払って、足音をなくしただけだ。そもそもアレがどうしていたのかも想像の域を出ないんだ、俺は余計なことをしただけかもしれないわけだ。彼女の本当の助けは全く別なんだろうよ」
「それはそうさ、『本当の助け』なんてものは誰にもできないよ。でも彼女、スッキリした顔してたよ。田舎に帰って力をつけてから出直すってさ。そう思いなおせたのも、享のおかげなんじゃないかい?」
そうか、別の道に進めたんだな。
そう思うと、この仕事も捨てたものじゃない気もする。命がけでないならなおいいのだが。
「そういえば、稼ぎが入ったのにここを僕に奢らせるなんて何があったんだい?いつもなら無礼講だ何だといって大きく入った日には君が出していたじゃないか」
「そうなんだよ、聞いてくれよ。俺も今回のヤマはそこそこ貰えそうだと踏んでいたんだ。これでタバコがカートンで買えるし、やってみたかった家庭菜園のキットもネットで吟味してたんだ……!それなのに、それなのにあいつらときたら!」
俺は声を振り絞りながら机をたたく。そこまで飲んでいるわけでもないのに豹変した俺を見て、了は気の毒そうな顔をしている。
「仲村さんはまあわかる。そりゃ俺が何も説明しなかったのが悪いし、新品同然の靴をかってに放り投げた挙句どこかへ消えたらそりゃ怒る。その代金として多少減額されるのはいいよ。でもさ、事務所に帰ったと思ったら大家が待ち構えてるのはなんなんだ?あの人なんで俺の行動把握してるんだよ。しかも金が入ったタイミングをピンポイントで狙ってきやがった……!」
俺の唸るような愚痴は続く。隣では了が涼しい顔でカクテルの注文をしている。
「極めつけはコレットだ!何だアイツ、何が『服買ってきてあげたんで残りもらっていきますね』だ!しかも『私に奢られるの嫌って言ったじゃないですか』だと?!それなら普通買ってこないだろうが!なあおかしいだろ?しかもその理由が俺がダサいからだぞ?ハハハ、笑わせるなって」
乾いた笑いをあげながらグラスを飲み干す。ほんとに飲まなきゃやってられない。
「うーん、これはなんと言ったらいいか。災難というか、自業自得というか。まあ落ち着きなよ、また稼げる話があったら君に振るからさ」
了は珍しく困ったような顔をしながら、嬉しいことを言ってくれる。
「そうか、お前だけだよ俺に優しくしてくれるのは。最近世間が俺に冷たくてさ……。俺をわかってくれるのは親友のお前だけだよ」
「享、悪酔いしてないかい?その台詞は嬉しいけど怖いよ?」
突っ伏しつつ笑顔を向ける俺に、苦笑いで返してくれる親友。分かり合えるってスバラシイな!
そんな馬鹿な会話や、日々の愚痴を垂れ流しつつ夜が更ける。それが終わったのは深夜3時を回った辺り、そこで解散となった。
了はタクシーで送ると言ってきたが、おれは酔い覚ましのためにも歩いて帰ると言い張りそれを断る。
歩きながら東京の空を見上げる。ビル郡で視界は狭く空の星々よりもネオンや街灯の明かりが強い。
今回の依頼人、仲村さんは静岡の旧家出身で、難関大学を合格し東京に出てきたと最後に聞かせてもらった。彼女の帰る家は、あのマンションではなかったのだろうか。これはきっと本人にもわからないのだろう。
アレも、このアスファルトとコンクリートしかない町は居辛かっただろう。故郷の静岡まで無事に帰れていたらいいが……。
俺はふとそんなことを考えていた自分に気付き、自嘲する。
「了に言われた通りだな。……それにしても、なんでアレは、彼女を守るだけではいられなかったんだ?」
そう独り言を漏らし、家路に着こうと足を速めた。
最後に一つだけ残った疑問が夜の闇に溶ける。
すると、背後から、
ペタッ、ペタッと足音が――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます