【肆】

 突然の情報に俺は急いで姿勢を正し、携帯に詰め寄った。

 あの状態で感覚を共有できるのか?いや、しかし居眠りしていたとき何が起きていたのか覚えてないとも言っていた。五感に関するものは共有しやすいのだろうか。


「そのニオイ、何のニオイか思い出せないか!?」


「え、そんな急に言われても、ちゃんと思い出してみない事にはわからないですよ。とりあえず吸い足りませんし戻りますか」


 ペットショップでそう感じたのならば、そのまま獣臭ということになるだろう。ならば大きなヒントとなる。

 あとはその種類さえ特定できてしまえば簡単だ。


「というわけで、またペットショップまで戻ってきました――え?大丈夫!今度は暴走しない!絶対!だから、桃ちゃん信じて!この羽交い絞めにしようとするモンスター姫ちゃんをどかして!」


 さっきの醜態が響いたのか、コレットは友達からの妨害を受けているらしい。普段なら自業自得だと切り捨てるところだが、今は状況が状況だ。

 俺はコレットに友達と電話を変わるように言い、説得をこころみる。


「もしもし、こちらはコレットの叔父の――」


「あっ、知ってますから大丈夫です。いつもこのバカコレットがクラスで言いふらしてますから」


 おい、何やってんだあいつ。それはおいといて、そんなこと言いふらして問題になってないとか、そのお嬢様学校の生徒指導とかは機能してないのか?


「それで、その、コレットは「お仕事なんですー!」って主張してますけど、本当なんですか?さっき猫をストレスで円形脱毛に追い込もうとしていたんで、これ以上罪を重ねないように取り押さえてるんですけど」


 どうやら、あいつがトラブルメーカーなのは学校でも同じらしい。

 俺の仕事も持ち前のカオスでかき混ぜてくれる。一つの調査で複数の事件を作り上げる最強の生産者だ。

 多分コイツがいると俺の仕事は尽きないだろう、先に信用が底をつくだろうが


 電話とともに縁も切りたい気持ちを必死に堪え、俺は極力ボカしながら状況を説明する。


「――というわけで、その動物が手がかりなんだ。だから、その猛獣を行かせてあげてくれないか?」


「……わかりました。コレット、今回は見逃してあげるけど次やったら出禁よ」


 流石コレットの友達、お嬢様学校に通ってるとは思えないほどノリがいいな。

 そんな声と共に携帯からは聞き慣れた猛獣の声が聞こえてきた。


「姫ちゃんを説得するなんて、どうやったんですか?これから24時間365日身辺調査という名のストーキングをするとか言って脅したんですか?姫ちゃんにつきまとうと親衛隊に殺されますよ?」


「勝手に人の事務所に上がりこんでくるお前に言われたくないよ。あと、お前の学校にはそんな奴しかいないのか?」


 ひどい煽りだ。コイツの学校はミッション系のお嬢様学校じゃなかったのか?どうしてこんな奴らが集まってるんだ、奇跡の世代なのか?


 これ以上言うとへそを曲げる可能性もある故にここは黙るが、覚えておけよ。罵倒の恨みは忘れんからな。

 俺は冷蔵庫に仕舞ってあるコレットの高級そうなプリンの位置を思い出しつつ、続報を待った。


 そうして数分後、ようやくコレットはお目当ての動物を見つけたらしい。


「くんくん、くんくん、えーっと……あっ、この子です!この子!」


 なぜか嗅ぐ擬音語を口にしながらコレットが叫ぶ。

 そもそも電話越しに「この子」でわかるならお前に聞いてないわ。


「種類を言え、種類を。なんの動物だ?」


「この子は――」


 次いで聞こえてきたコレットの言葉に俺は驚く。


「フェレットです!間違いありません!」


 そんな馬鹿な、ありえない。ソイツは東京にはいないはずだ。どうしてこんなところでソレが現れるんだ。

 怪異達は社会や人のルールには無頓着だが、彼らのルールには絶対服従のはずだ。

 なら考えられることは二つ。かなり高位に変性したモノか、あるいはそのルールを破れる存在、“人間”の介入か――


「どうです?何かわかりましたか?」


「あ、ああ、コレットお手柄だ。お前のおかげで今回の依頼は解決したも同然だろう」


 コレットの声で引き戻される。そうだな、今回は原因の究明じゃない。この現象を終わらせることだ。


「いきなり解決ですか!?っていうことは……」


「不可解な点は多少ある。そもそもコイツは東京のモノじゃない。そのルールをどう破ったかがわからないが、それについては今はいいか。コレット、お手柄だ。


 俺は持っていたタバコの火を消しながら言い切った。




 翌日、仕事帰りの仲村さんを駅で待つ。昨日のうちに連絡を済ませ、急だが会えるようにしてもらったのだ。


「昨日はああ言ってましたけど、本当に解決できるんですか?私ニオイを判別しただけなんですけど」


「ああ、お前の、いやお前たちのおかげでわかったよ。俺には見えても強い力がないからな、さすがに怪異の匂いはそうそうわからん」


「ふふん、そうですか。それならもっと褒めてくれてもいいんですよ?ほら、褒めてください!ほらほら!」


 素直に褒めると、よほどうれしかったのか、はたまた俺が褒めること自体珍しいからか顔を崩しながら寄ってくる。そのドヤ顔にもなりきれていないそれに、怪異と対峙するという緊張感も一緒に崩れていた。


 コレットは学校帰りにすぐさま俺の事務所に乗り込んでくると「自分も連れていけ」とわめき始めたので渋々連れて来た。

 コイツは何にでも好奇心で首を突っ込んでくる。お前の故郷の諺通り身を滅ぼさなければいいが、俺の保護者(仮)としての手腕が試されているようだ。子供どころか結婚すらしていないのだが……。


「とりあえずお前は大人しくしとけよ。あまり勝手なことをされるとどうなるかわからんからな」


「心配なのは探偵さんの方です。私は探偵さんのためについていってあげるんですからね」


 コレットの意志は固く、なんとしてでもついてくるようなので意味があるかどうかはわからないが釘を刺しておく。既に家に帰すのをあきらめ、雑談をしながら依頼者を待つ。

 日も暮れ、あたりに夜の帳が下りてきたと共に仲村さんと合流した。


「こんばんわ。連日お忙しい中お時間ありがとうございます」


 その彼女は突然解決できると聞き半信半疑といった様子だ。


「本当に今日で終わるんでしょうか?」


「ええ、任せてください!依頼人さんのお悩みも今日で終わりです!」


 コレットが俺の台詞を奪う。こればかりは信じてもらうしかないので、大言壮語ととられようが任せてもらうほかないわけだが。


「安心してください。コイツの言うように」


 適当にとりなしながら帰り道に向けて歩みを進める。今回は以前のように彼女を後ろから見張るなんてことはしない、同行者として友人のように気さくに話しながら夜の街を行く。

 ソレが現れても依頼者がおびえて逃げてしまわないように、逃げてしまうほうが危険だ。今までは大丈夫だったが、その時に何があるかわからない。

 道中三分の一ほど進んだところで、仲村さんが歩みを止めた。


「……来ました」


「わかりました。では、家までこの調子で歩いてください。焦らなくても、不安にならなくても大丈夫です。任せてください」


 彼女に歩みを促し、連れ立って帰り道を歩く。

 仲村さんは明らかに口数が減り、こちらの会話にも生返事くらいしか返さなくなっていた。かなり怯えている様子だ、仕方ないことだが緊張しすぎて足元がおぼつかなくなるほうが問題だ。

 彼女の動向に気をつけながら、何事もなく無事にマンションへ到着することができた。

 部屋の前まで行くとまたどこかへ消えられるかもしれない。このあたりで大丈夫だろう。


「では、仲村さん。すみませんが今はいてる靴を片方渡してください」


「え、どうしてですか?」


 仲村さんは困惑して聞き返してくる。

 反応はごもっともだが、聞き返されてもうまく答えることはできない。


「それが今回の件では重要なんです。お願いしますから何も聞かず、片方だけでいいので」


 深い説明はせず食い下がると、納得いかないといった顔のまま履いていたパンプスの片方を俺に渡してくれた。彼女はバランスが悪そうにふらついていたが、緊張を表情に浮かべたコレットがそれを支える。


「ありがとうございます。ではすみません……!」


 俺は受け取った靴をそのまま勢いよくマンション正面の遊歩道へ向けて投げた。タイミングよく周囲には人影がなかったため、ヒールはそのままガリガリと地面にこすれ転がっていく。


「な、何するんですか!その靴は最近買ったばかりのものなんですよ!?」


 彼女は俺の突然の奇行に目を白黒させている。靴が片方しかないため詰め寄られずにすんだがのが幸いだ。


「まあ、落ち着いてください」


 俺は仲村さんを手で静止し、落ちたパンプスを指差した。

 彼女は怪訝そうに俺を一瞥し、無残な姿になった自分の靴を見つめる。


「いったいあれが何だっていうんですか。私の靴、どうして――」


 たまりかねて彼女が俺に抗議しようとした瞬間、建物の影から黒い影が飛び出し、俺が投げた靴を拾いあげた。

 その黒い影と目が合う。


「ここまでの道のりお守りいただき感謝いたします。無事到着しましたので其方も自らの地へ疾くお帰り下さいませ!」


 俺がとっさにそう叫ぶと、その黒い影は一声鳴くと風のように掻き消えた。


「えっ?今のはいったい、何が……?」


 彼女もその一部始終を目撃し、辺りを見回し動転している。

 俺の目にもソレははっきりとは写らなかったが、大きさからして小動物であることはわかった。ただそこにはその姿はおろか、投げた靴すら残っていない。


「よし、これで解決です。もう後をつけられることはないでしょう」


 俺は今もって何が起こっているが把握しきれていない彼女にそう告げた。

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