【弐】

 依頼人「仲村 智美」が事務所を訪れた次の日の土曜日、俺はコレットと共に繁華街に出ていた。


「どうです探偵さん!この服、あの有名ブランドの新作なんですけど、似合ってませんか?ねぇねぇ?似合ってませんか?」


 わかってたことだが、早速鬱陶しいことこの上ない。

 ちらりと隣を見ると、見るからにお嬢様チックでタバコのカートン100個分の値段はしそうな服で調子に乗ったコレットがいた。


 確かに似合ってはいる、こいつハーフだし、見た目だけならとんでもない美少女だからな。

 だが、褒めると一層面倒くさくなるのもわかりきっている。よし、無視しよう。そもそも俺にそれを見せ付けるのは何なの?遠回りに俺の経済力を非難しているの?

 俺なんていつ買ったかも忘れたシャツに愛用のトレンチコート常備だ。ジーンズは天然のダメージ入りだ。お前の着てる布切れの数百分の一で人間生きていけるんだよ。


「おいコレット、お前今日何しに来てるのかわかってるのか?遊びに来てるわけじゃないんだぞ」


 俺たちは昨日の話し合いで、まずはどういった被害を受けているのか確認することを優先することとなった。

 相手はもしかしなくとも彼岸の存在に違いない。いったい何が起きているのか、これをはっきりさせない限り打てる手も打てないのだ。

 そして何より、時間をかけるとどうなるかもわからない。被害を受け始めてから昨日で12日目とのことだ、これ以上時間をかけて彼女が無事かどうかの判断は俺にはできなかった。


 現状わかっている『帰り道に必ず現れる』という点にかけ、今日は仲村さんに外出してもらいそれを尾行することになったわけだが、どうしてかこの金髪中学生までおまけでついてきたのだ。

 非常に邪魔だ、何がというと、コレットが仕事を忘れていることではなく、現状圧倒的に仕事の邪魔だということだ。それは――


「すみません、少しお時間よろしいでしょうか?」


 コレットと仲睦まじいコントをしている様に見えたのか、警察官が声をかけてくることから察してほしい。

 なにより今俺は女性をストーキングしているようにとられても仕方ない状況で、横に親子とも取れないような未成年者を連れまわしているとなると日本の勤勉なポリスマンに呼び止められるのは必至である。


 しかも本人は自覚が少しもないうえ、興味なしといった様子でクレープ屋のワゴンを賑やかしに向かう。誰かコイツを何とかしてくれ。


「今は急いでるんで勘弁してくれませんか?このままじゃ仕事に遅れてしまう」


「そうはいってもねお兄さん、こっちも仕事だから。とりあえず身分証見せてくれる?」


 俺の渾身の懇願も見事に流される。マズイ、このまま芋づる式にコレットのことがバレると未成年略取で逮捕された自称探偵の上代 享一郎容疑者(29)としてお昼のワイドショーを賑わせてしまう。何よりコレットが質問されてうまく誤魔化せると思えない。


 それだけは嫌だ。何より俺は無実だ、被害者はどちらかというと俺の方だ!

 すると俺の心の叫びに呼応するかのように、“悪魔”コレットがクレープをほおばりながら帰ってきた。


「ふぁれ?おふぃふぁんのお知り合いれふか?」


「お嬢さん、この人の知り合いかい?」


 まさか自分に話しかけられると思ってなかったのだろう。コレットは急いでクレープを飲み込もうとしていた。

 これはダメだ、このポンコツお嬢様に俺の弁護ができるわけがない。そもそも会話になるのかも謎だ。

 フラッシュを浴び護送される俺をありありと想像できる。ははっ、詰みかな。


「あぁ、えっと……この人は私の親戚のおじさんで、今職場を見学してるところなんです」


「職場見学?」


「はい、このおじさん見た目は挙動不審で冴えなくて彼女もいなくて懐にナイフの2、3本隠していそうですけど、探偵さんをやってまして。学校の宿題もあるし、楽しそうだから見学中なんです」


「な、なるほど……」


 まくし立てるようにコレットが言い放つ。その勢いに警察官も少したじろいでしまっていた。

 嘘だろ、本当にコレットなのか?こんなに口が回るなら普段からもっと賢そうな面をしていてほしい。あと、俺に迷惑がかかっていると理解してもほしい。何より自然に俺への罵倒を混ぜ込んでくるのをやめろ。


「ちなみに今はストーカーさんの調査中で、お仕事中なのです!」


 胸を張りながら敬礼するコレットは見ていて微笑ましいのだろう。警察官の顔も崩れる。


「ははは、そうかいお嬢さん。これは邪魔しちゃったね」


 薄い胸を張って偉ぶるコレットに毒気を抜かれたのか、警察官は苦笑しながらこちらに顔を向けた。そのお父さんのような笑顔はこちらを見るとなくなるどころか、まだ少し疑っているようだ。なんで俺にだけそんな怪訝な顔を向けるんだ。


「事情は把握しました、ご協力ありがとうございます。ただ、キミもこれからは不審に見えないよう気をつけてください」


 そうして、警察官は一言多く残すとその場を去っていった。クソっ、今度葵にチクってやる。

 それにしてもコレットが空気を読んだなんて、俺は今日中に死ぬのか?いや、おかげで社会的に死ぬことは免れたわけだが。


 コレットは警察を見送るとクレープの攻略を再開した。いや、様子を見るにやっぱり何も考えてないんじゃないか?コイツ。

 感謝しようにもコレットが蒔いた種なのでしたくない。コイツがついてこなかったらこんなことにはなっていなかったからだ。


「それで、あの。探偵さん、依頼人さんはどこに行きました?何故か見当たらないんですけど……」


 クリームで口周りを汚しながらコレットがきょろきょろと周囲をうかがう。


「は?仲村さんならあそこに……ってマジか」


 俺が名誉と誇りをかけた戦いを繰り広げているうちに、仲村さん達は移動してしまったようだ。くそ、こいつが遊んでいるせいで……。

 連絡を取り、平謝りしながら近くの店で落ち合う。念のため彼女を始めから尾行し様子を見ていたが、やはり“帰り道”にしか出ないのだろうか。


 適当に時間をつぶし、ストーカーが出やすいよう夕刻を待つことにする。時間帯はあまり関係ないようだが、やはりああいったモノが一番行き会う時間帯といえば夕暮れ時だろう。


 遠くから17時を知らせるチャイムが聞こえる。空は血のような茜色に染まり、人々が慌しく動く。

 そんな中、俺とコレットも仲村さんの後に続く形で様子を見ながら追いかけていた。


「むー、依頼人さんは楽しそうなのに、今日の私は買い食いしかしてませんー。一向に何も起きませんし、暇すぎますよぉ探偵さぁん」


 今のところは何か変わったこともなく、平和な休日を過ごしているだけだった。俺は仕事できているが、コイツは丸々休日をつぶした形になる。だからついて来るなといったのに。


「暇だったら帰っていいんだぞ?俺としてもその方がやりやすいしな」


「ここまで来て帰ったらそれこそ時間の無駄になっちゃいますよ……それに依頼を受けたのは私ですし、投げ出すなんてできません!」


 そこでよくわからない責任感を爆発させるのはいいが、そもそも依頼は俺にきたんだからね?コイツと仕事を取り合う気もない上に、どう考えても俺の圧勝だが。

 そんなこんな言いつつそれでも最後までついてくるようだ。まあここまでくるといてもいなくても邪魔にはならないか。もしかするとアイツがいたほうが有利になる可能性もある。そんなことにはなってほしくはないのだが。


「お前がいいなら好きにしてくれ、だが足だけは引っ張るなよ」


「職務質問されててんぱった挙句、依頼人さんを見失った人がカッコつけてもダメです。依頼人さんも呆れてましたよ?また今度お洋服をみたててあげますから、今度はちゃんと怪しくない格好をしましょうね」


 グッ、あれはお前と警察官が俺の足を引っ張ったんだ、俺の格好のせいじゃない。職質なんて月一くらいでしか受けないんだぞ。

 それに、どこに女子中学生に服をおごられる社会人がいるか。それを着るくらいなら月一の警察面談受けてたほうがましだ。


 駄目だ、早速コイツのペースに飲まれている。本当に仕事の邪魔をしにきただけじゃないのか?


「やっぱりお前は帰れ、親御さんもきっと心配してる。帰れ帰れ」


「ふっふっふ、帰れと言われて帰るようじゃ万年貧乏こじらせているおじさんの助手なんか勤まりませんよ!それにお母さんから外泊許可は貰ってますから大丈夫です。家族総出で送り出してもえらいました!まぁ、お父さんは何かブツブツ『埋める……バレない……』とか言ってましたけど、ガーデニングに目覚めたんでしょうか」


「お前、後で親父さんにちゃんと説明しとけよ?業務命令だからな、俺の命がかかってるんだからな!?」


 おれはコイツに社会的にも生命的にも抹殺されかかっているのか……?なんだ、コイツは悪魔を通り越して死神なのか?クラスチェンジとかできるの?

 そんな風に尾行しながらもコレットと小さな攻防を繰り広げていると、中村さんの歩調が急に速くなり、走り出すような歩調で家に向かい始めた。


「どうしたんだ?……これは、何かあったな」


「へ?何もおかしいことなんて起きてないですよ……?」


 すれ違う人を掻き分けながら仲村さんは早足で進んでいく。このままじゃ見失ってしまいそうだ。俺も速度を上げ追いかけはじめる。するとすぐに後ろから弱々しい悲鳴が聞こえてきた。


「た、探偵さん……ま、まって……今日は歩いてばかりだったから体力がっ……!」


「お前、子供なんだからもう少しがんばれよっ。チッ、仕方ねえな、暴れるんじゃないぞ」


 言いながらコレットに駆け寄り脇に抱え上げる。そのまま駆け足で見失わないように追跡を再開した。


「ちょっ!?運び方!乙女に対する運び方じゃないです!ちゃんと背負うか、お、お姫様だっことかにしてください!」


「運ばれる立場の癖に何でそんなに偉そうなんだお前は……」


 尚更脇に抱えるのがお似合いの態度だと思うのだが、このお嬢様に理屈が通じないのはわかりきってる。

 それにこちらを怪訝そうな顔ですれ違う人たちの視線も痛い。また先ほどの警官に奇跡の再会ができそうなほどだ。

 俺は溜め息をついて、脇に抱えたコレットを渋々背負うことにした。


「おぉ、速いです!私が軽くて可愛い女の子でよかったですね、探偵さん」


 もう軽口に答える余裕すらない。見る見る息が上がっていく、こんなにすぐバテるとは思っても見なかった。

 最終的に仲村さんを見失わなってしまったが、彼女の住所は聞いてあるため大丈夫ではある。

 彼女に追いつこうと必死に走り、息を切らせながらなんとか彼女が住んでいるマンションにたどり着いた。子供を背負いながら走るのがこんなにきついなんて、学生時代に比べると体力が落ちすぎていて怖い。


「た、タバコ……やめようかな……」


 俺が行き絶え絶えで呟く横で、コレットがやれやれといった様子でため息をつく。誰のおかげでこうなっていると思っているんだこいつは。


 何とか息を整えながら周囲の様子を見る。仲村さんはもう部屋に戻ったのだろうか、周囲に人影は見えない。

 コレットがはしゃいでいるのを無視しつつ、マンションのオートロックで仲村さんを呼び出し、中へ入れてもらう。


 念のため実際にストーカーが存在することを警戒し、コレットをエレベーターで、俺は非常階段を若干後悔しながら上ったが、彼女の部屋へ到着するまで人影を見かけることはなかった。

 玄関前でコレットと合流する。エレベーターで上ったこいつは、何か考えるように周囲をうかがっている。

 そのうち俺が到着したのを見かけると、向き直りいつもの馬鹿幸せそうなものとは別の仄暗い邪悪な笑みを浮かべた。


「臭い、臭いな……この臭いは獣か?享一朗、どうやら此方を据えて正解だったようだぞ?」


 彼女はそういいながら澄んだ目でこちらを見やる。その目は外から差す夕日に照らされ、深く落ちそうな金色に輝いていた。


「クロ、起きたのか……というとなんだ?今回は人間ではなく獣憑ということか?」


 赤い、紅い夕日がマンションの廊下に差し込む。夕日は強く、世界を黒と赤で塗りつぶしていた。


「なんだ、お前にはわからないのか?否が応でも臭いたってきているぞ。畜生に見初められるとは、あの女も不運だな」


 そういいながらクロはコレットの顔で笑う。その瞳は空を見渡し、そのあとこちらを見据えた。


「フン、もうこの辺りにはいないようだが。まあこのような僻地の獣なぞ狩ったところで憂さ晴らしにもならんか」


「おい、クロ。何がお前に見えてるのかはわからないが、今その獣とやらはここにいないのか?」


 俺は目の前にいるクロに話しかける。ソレは三日月のように笑いながら答えた。


「此方にそれを聞くのはいいが、それをお前は信じるのか?まあいい、答えは是だ。今ここにはいない、どこかに散ったようだな」


 そう言うと、クロは空を睨む。


「ふむ、もう意味そのものがないか。此方はそろそろ寝る、娘を頼むぞ」


「な、もう戻るのか?もう少し何か」


 俺が引きとめようたした時、クロは強くこちらをにらみつけた。その瞳に射竦められ、言葉を続けられなくなる。

 寒気が体中を震わせ、嫌な汗が噴出する。コイツが彼岸だということを意識からはずしていた。結局のところ、姿はコレットでも同じモノではないのだと解る。


「享一郎、思い違いをしているようだが、此方はお前たちが何をしようと興味はない。ただ死なれると困るという一点でのみ其方と協力関係にあるだけだ。此方を使おうとするなど、この先光すら見られなくなるぞ?」


 そう言い捨てると、クロはこちらを睨むのをやめる。すると、体を震わせていた寒気も、噴出した汗も引いた。俺は強く息を吐く。


「ふん、この程度の怖気でもこれか。精々この面白くもない獣狩りに勤しむのだな」


 そのままクロは興味が失せたというように瞳を閉じる。そして次に開いた瞳は、澄んだ青色をしていた。


「っ、はぁ……なんだってんだ」


 緊張感から解放され、つい悪態を吐く。

 そんな俺に対して、コレットはいつも通り――いや、いつも以上にうるさく騒ぎ始めた。


「あれっ!?目の前に探偵さんがいる!?瞬間移動ですか!?」


 やはり、先ほどまでのことは覚えていないらしい。俺は少し考えた後、口を開いた。


「立ったまま寝るとは器用な奴め、眠いなら帰って寝ろ」


「ね、寝てないですよ!ちょっと意識がなかっただけです!」


 こうして簡単に誤魔化せるのが、こいつのいい所だ。

 俺はワタワタと慌てるコレットの頭を乱暴に撫で、依頼者宅のインターホンを鳴らした――。

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