第55話 胸の中の、捨てられない何か

…あ、いたいた

私は、ラグナロクだった建物の目の前で

ぼうっと立ち尽くしている彼女に声をかけた


「ヘラさんっ」

「ふあっ?!」

びっくりして、慌ててこちらを振り向く彼女

かなりぼうっとしていたようだ


「あ、う…ウズメ様とちびっこと、銭ゲバ…?!」

声をかけたのは私だったが、そばにはテラスちゃんとヘルメスさんもいる


「こんなとこで、どーしたの?」

「あ、いえ…色々あって家を追い出されまして…」

テラスちゃんに促がされ、何があったかを話し始めるヘラさん


「わたくしが行くはずだったスノーフォレストには、姉上が代わりに…

 あんなに大見得切ったのに…!

 あー、もう恥ずかしくて穴の中に入りたいですわ…!」

赤くなった顔を両手で覆い、いやいやと首を振るヘラさん


「ふんふんふん…ごめんねー、実はそれ知ってる」

「うん?」

「あたしたちのとこに王様からのお使いが来て

『これこれこーいう訳で、もし娘が困ってたら助けてやって欲しい』って」

「ち、父上ーっ?!」

ヘラさんはすっかり『王宮も追い出され、これからは一人で生きていくんだ…!』

的な雰囲気だったと思いますけど…

まあ、いきなり娘を完全放逐なんてしないですよね


「じゃあ、何で最初に事情を聞いたんですの?!」

「その方が…面白そうだったから?」

いたずらっ子な笑みを浮かべるテラスちゃん

ヘラさんはそんなテラスちゃんのほっぺをいきなり掴み、上下に揺らしだした


ぷにぷにぷにぷに


「ちょ…な、何するのー?!」

「精神的辱めを受けましたわ!慰謝料として三十ぷにぷにを要求しますわ!」

「何それやめてー?!」

ほっぺいじいじを続けるヘラさん

三分ほどたつと、満足したのかその手を離した


「ふぅ…堪能しましたわ

 あなたのほっぺがぷにぷになのが、いけないんですわよ?」

「ううう…お姉ちゃんにもされたことなかったのに…」

よよよ、と泣き崩れるテラスちゃん

嘘泣きである


「ところで…さっきからお子様たちが出入りしていますが…

 ラグナロクはどうなったんですの?」

彼女の目の前で、依頼をするわけでもなさそうな小さな子たちが

元ラグナロクの建物に入っていく

確かに、気になるだろう


「ここは孤児院として使ってもらうことにしました」

「孤児院…ですか?」

「ヘルメスさんが稼いだお金で、孤児院の経営を助けていた事、知っていましたから」

「ヘルメスさん…?」

あ、そうだった

この呼び方をしてるのは私ぐらいって、おじさんも言ってたっけ

ええと…


「ああもう、俺だよ俺」

ヘルメスさんが自分を指さす


「うっそ…銭ゲバ、あなたそんな名前でしたの?」

「そうだよ!」

「なかなかいい名前じゃないですの」

「…院長がつけてくれた名前だからな」

褒められて、ちょっとだけ照れるヘルメスさん


「孤児院の元あった場所は、家賃が上がりすぎて

 追い出される寸前だったんだ…正直助かったぜ」

「…けど、なぜ急にそのような手助けを?」

「私も、ラグナロクのみなさんに拾っていただいた孤児だった…

 って、お話した事ありましたっけ?

 ともかく、前々から何か助けたいな、と思っていたんです」

「そうでしたか…」


ヘラさんを連れて別の場所に移動する

目的地は、大通りにある我らがテラスちゃんのギルド、タカマガハラ!


「『あなたのあまーいお菓子店AMAMIYA』近日オープン!

 …なかなか楽しみなお店ですわね」

「あ、そっちはテラスちゃんのお友達のお店です!」

「まさかあたしのギルドの隣に、お店建てるとは思わなかったよ」

その左隣の、二階建ての小さなお店が、タカマガハラ

一階が酒場で二階が私たちの寝泊まりする場所

木の扉を開け、中に入る


「お、テラスっち戻ってきたな!」

「王族もようやく来たか」

おじさんとアマミさんが、パーティの準備をしてくれている

タカマガハラとAMAMIYA、オープン直前記念の身内会

アマミさんの作った大きなケーキが、丸いテーブルの上に鎮座していて

食べるのがとても楽しみである


「もう初めから、わたくしを含めてパーティする予定じゃないですの!?」

並べられているお皿と、今いる人数を確認して

全て予定済みだったと気づくヘラさん


「あはは…」

「ま、まあお呼ばれするのは嬉しいですけれど…」

下を向いて、ちょっと恥ずかし気にそう呟く

ヘラさんは、ここ数週間でかなり丸くなったなと思う


「酒はねーのか?」

「ギルマスのテラスっちが未成年やからなぁ…

 欲しかったらそこにあるやつからセルフで飲んでや」

「…まあ、今はいいか」

…そういや、テラスちゃんっていくつなんだろう?

魔法学校の卒業は、だいたい十八才のはずなんだけど…


「じゃあ、そろそろみんな、テーブルに座ってください」

丸いテーブルに、全員の着席を促す


「テラスちゃんはいったん立ち上がって…

 ギルド正式オープンに向けた抱負なんかを一言、どうぞ!」

「ふぇ?えーと…」

私の唐突なフリに答えて、テラスちゃんが真っ直ぐに語る


「あたしの夢は、昔のラグナロクみたいな

 強く、優しく、カッコいい人たちのギルドを作って、そこの長になる事!

 その夢に向けて、大きな一歩を踏み出せること

 そのために皆に手伝ってもらえたこと、とても嬉しく思ってます!

 みんなありがとう!」

さっぱりとした、気持ちのいい抱負だった

思わず皆で拍手をする


「えへへー、どもありがとー」

「じゃあ、ケーキいただきましょう!」

大きなケーキを切り分けて、一人一人に配る

ここから先は、生クリームを味わいながらのお喋りタイムだ


「髭親父と銭ゲバは、このギルドに入ってますの?」

「んー…まだ迷い中だ

 折角『スレイプニル』なんてスキルをもらったんだ

 ちょっと世界を冒険してみるのも、悪くないと思ってな」

「おっさんと違って俺は、冒険以外の事を始めてみようかと考えてる

 ウズメのおかげで、短期的な稼ぎを気にしなくてよくなったからな」

「まあ、人生好きなように生きるのが一番やと思うで~」


「お、そうだ…ゴールドウエストから来たやつに、ユピテルの話を聞いたんだった」

「おっさん、そういう情報収集やけに得意だな」

「街を出発して翌日くらいに大蛇が出ただろ?

 あいつ、それで逃げてきたと誤解を受けたらしい」

「好待遇で迎えられる予定だったが、そのせいでギルメンが反発しちまってな

 最下層からのスタートを余儀なくされてしまったようだ」

「そうですか…」

「おや?意外と反応が薄いな、王族」

「なんだかもう、遠い昔のように感じるのですわ

 手痛く振られたからでしょうか…」


「しかし…テラスっち、この地価の高い場所に

 ギルドハウス建てれたんがびっくりやねんけど!」

「ちょっと狭いけどね!」

「人数が少ないうちは、狭い方が維持費が少なくていいんですよ」

「ふぇー」

「まあ、狭いとはいえ、頂いた報奨金はほとんど消えました」


皆が思い思いに喋る光景

…昔、おとうさん、おかあさんたちが宴会をしていた頃を思い出す

あの頃にはもう戻れないけれど、新しく集まれる場所ができた


「ヘラさん」

「なんでしょう?ウズメ様」

「…タカマガハラに入りませんか?」

「えっ…」

少しお喋りが落ち着いてきたところで、話を切り出す

…私はヘラさんに、タカマガハラに入って欲しいと思っている


「…わたくしはウズメ様にとてもひどい事をしました

 今更許される訳が…」

「いいんです」

「そ、それに、わたくしは冒険者のスキルなど、全然無い…

 ちょっと恫喝が得意なだけの小娘ですわよ…?」

昔の時の自分に、言い方が似ていてちょっと苦笑する

それならば、答え方は一つしかなかった


「技術の話じゃないですよ」

そう、あの時…


「あの時ヘラさんは、自分が傷つくのも厭わず、私を助けてくれました

 それは、私の信じる冒険者の資質…」

テラスちゃんが、私に教えてくれた事


「スキルよりも大切な何か… 

 ヘラさんの中に、本当に大切なものは今も残ってるんだって…そう思ったんですよ」

彼女もまた、捨てきれない想いを持っている

だからこそ友達に…仲間になって欲しい


「わ…わかりました…お受けします

 未熟者ですが、誠心誠意、励ませてもらいますわ!」

「…ありがとうございます!」

答えてくれたヘラさんを、ぎゅーっと抱きしめる

ヘラさん、昔は私を小娘って呼んでましたけど

実は背は私の方がちょっとだけ高いんですよ?

ヘラさんは私の腕の中で、赤くなってもじもじしている


「いや、ギルドに入るのはいいんだけど…

 ウズメお姉ちゃんは私のだからね!渡さないからね!」

何か危機感を覚えたのか

テラスちゃんは私とヘラさんの間に入り、ヘラさんを引っぺがした

ちょっと残念そうにするヘラさん


「よし!じゃあお姉ちゃん!いつものダンスお願い!」

「え、ええええ…?!わ、わかりました…やります

 めでたい席ですもんね」


手に茅纏の矛を

香具山の榊を頭飾りに

ひかげの葛を襷に

篝火を焚き桶を伏せ

岩戸の前にて踊りけり


手を回し、足を上げ、ゆっくりと踊る

スキルのためじゃなく、見せるための踊り

皆と一緒に楽しむための踊り


十分ほど舞った後、ジャンプをしてゆるやかに着地


「以上です、ありがとうございました」

皆におじぎをしておしまい


パチパチパチパチ


驚きと共に、私に拍手が贈られる

私の踊りに特に驚いているのは

初めてちゃんと見たおじさん、ヘルメスさん、ヘラさんの三人


「うわあ…すげえなおい…揺れる揺れる」

「正直、とてもいい踊りなんだが…

 いいと言っただけで、スケベ親父と誤解されないか心配になるな…」

う、やっぱりそういう評価になります…?

まあ、なりますよね…


「いや、ウズメ様のこれすごいですわね…何が入ってますの?」

「ひゃ?!ちょ、ちょっとヘラさん?!」

いきなり背後に回られて、むにっ、と胸を掴まれた

え、な…何でぇ?


「あ…ああああ!あ、あたしだってお姉ちゃんの胸を触るのは自粛してたのに…!」

「え、え…?!何かまずかったですの?

 宮廷ではみなさん、あいさつ代わりに普通にやってましたわよ?!」

「それ普通じゃないですから!」

「宮廷すげぇなぁ…」

色んな意味で、私たちとは違う尺度で生きてる人たちだなぁ…


「ううう、もう我慢しない!あたしも触る!」

「あ、こら、テラスちゃん?!ちょっと待っ…!」

我慢できなくなったテラスちゃんに襲われる私

アマミさんとヘラさんは興味津々でこっちを見てる

おじさんとヘルメスさんはほんのり赤い顔で、こっちを見ないように横を向いてる


やっぱり、この『裸踊り』の才能は、できれば発揮したくない!

…恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、そう思う私なのだった

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恥ずかしがりやのウズメちゃんは、『裸踊り』の才能を、できれば発揮したくない! ~無実の罪で追放された私、ピンチに使った恥ずかしスキルで、天才少女に懐かれました~ 青単西本 @perusianblue

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