第54話 プリンセス姉妹の明暗

ラグナロクは無くなり、王宮に戻ったわたくし

父上が、結婚の正式な日を決めようとおっしゃりました

父のお部屋に、わたくしとヘレ姉上が集まる


「ふん…色々あったけれど、ヘラが婚約破棄されたのは間違いないわ!

 よって!決まり通り、十六に近いあなたが嫁に出るのよ!」

「ええ、そうね」

「…は?」

わたくしがすんなり肯定したのが意外だったのか、ヘレ姉上は変な声を出す


「父上、今までありがとうございました」

最後の挨拶をする

向こうでも元気でいられたら、再会の機会もあるかもしれないけれど…


「な、何よ、どうしたのよ?!いつもみたいに涙を流して悔しがりなさいよ!」

い、いや…涙を流して悔しがった事は、無かったですわよ?


「国の平穏のため…と言うのは、最後までわかりませんでしたが

 …ウズメ様たちが、平和に暮らすためならば…」

「うへ…頭でも打ったの?気持ち悪っ」

ラグナロクでは、失敗も後悔もあったけれど…

ひとつ、大切なものがわかったのが、何よりの収穫だった


「まあいいわー、それならそれで、好きにやらせてもらうから」

この姉上が、また周りを巻き込んでひどい事をしないか…それだけは心配


「いや、ヘラ…お前が嫁に行くことは無い」


バッ!


父上がいきなり、わたくしのスカートを掴み、めくり上げる


「ふぇ?」

「ち、父上?!」

何でそんな突然、子供のようにスカートめくりを…?!

外の空気に晒される、足、太もも、パンツ、そしてお腹


「こんな大きな傷を作りおってからに…馬鹿者が!」

ああ…パンツを見たい訳ではなくて、その上のお腹が見たかったんですのね…

ワンピースの服を着てきたものだから、そうするしかなかった、と


「傷物の娘を、スノーフォレストへの嫁になぞ、出せるはずが無かろう!」

「そ、そんな…父上!」

結婚自体に意味があるのだから、傷があろうと大丈夫だと思ってたのに

…失礼と言われれば、そうなのかもですけれど…!


「それに、ラグナロクにおいて殺人未遂まで犯したそうではないか…

 そのような者を姫として、王宮に置いておくわけにはいかぬ!

 今日をもって、姫の立場を剥奪し、王宮より追放する!」

そ、そんな…


「な…そ、それじゃあ、嫁に行くのは私なの!?」

「…そうだ」

「いや、いやよ…!あんな極寒の地に行ったら死んじゃうじゃないの!」

叫ぶ姉上

…それはそうだ

スノーフォレストへの解答期限が、もうほとんど残ってない中

心の準備も無しにこんな事を言われたら…


「いやはや、ひどい言われようですね」

「?!」

柱の陰から突然声がする

…誰かが隠れていたらしい

その人物が、影を離れゆっくりと姿を現す

端正な顔立ち、白く透き通るような肌の青髪の青年


「すまぬな…しみついたイメージはどうにも抜けん」

ひょっこりと現れた彼は、結婚する相手の方…スノーフォレストの第四王子様…!

もうこっちにいらしてたんですの?!


「こちらこそ…何度もご家族を嫁に出させることになり、申し訳ない

 婚姻関係無しに、周囲を納得させられれば良かったのですが」 

穏やかな顔で話す彼だが…戦場では鬼神と化すという


「こいつは本当にどうしようもない娘に育ってしまった

 どうか、性根を叩きなおしてやってくれ」

「お義父様の頼みとあれば」

父上に向かってお辞儀をする彼

二人の様子を見て、わなわなと震えるヘレ姉上


「こ、こんな…謀ったわねお父様!

 私が対処できないように、彼が来るまで黙っておいて…!」

怒りに任せて怒鳴り散らす姉上

父上はそれには構わず、手を二回叩く

あれは、執事やメイドを呼ぶ時の合図…


「『レイ』『ライ』…ヘレを連れて行きなさい」

「な…あ、あなたたち?!」

呼ばれて出てきたのは、わたくしのメイドで間者だった二人


「…ヘレ様の言う事を聞いたのが、間違いでした」

「ヘレ様の世話係として、スノーフォレストに行けば、命だけは助けてもらえるのです」

父上に全て吐かされ、その上で取引を持ちかけられたようだ

ヘレ姉上の右手をレイが、左手をライが、がっしりと掴む


「行きましょう、ヘレ様」

「スノーフォレスト行きの馬車が待っています」

もはやヘレ姉上の味方は誰もいない

…これが相手を蹴落とし続けた者の、末路だった


「い、いやっ…そんな…!いやああああああああああああ!」

叫び声を上げながら、引きずられていくヘレ姉上

…自分もいずれ、ああなっていたかもしれない

いや、今からでも、ああなるかもしれない


…わたくしたち、姉妹ですもの


この光景を胸に刻む

自分がいつか陥るかもしれない結末として



姉上が連れていかれた静かな部屋で

王子様が、わたくしの前に立つ


「いい瞳をするようになったね、何かあったのかな?」

「……」

彼とは、レイア姉さまと結婚した時に、会ったのみで…

姉さまを連れていった彼の事は、正直嫌いだった


「…レイアの事はすまなかった

 代わりにはならないが、彼女はきっちり更生させると、約束しよう」

わたくしに頭を下げる王子様

…彼にも複雑な事情があるのだろう


そのまま彼は後ろを向き、この場を立ち去ろうと歩き出す

…彼に何かを言っておくべきではないのだろうか…

けど、何を言えば……


「あ…あの…!」

「ん?」

「お嫁に行けなくて、申し訳ありません!

 …ヘレ姉上の事、よろしくお願いします!」

王子様は、少しだけこちらを振り返り…にこやかに笑い、頷いた



残されたわたくしと父上

父上は、子供の頃のように、わたくしの頭をなで、話し始めた 


「…すまん…父としてもっと、愛情を持ってお前たちと接するべきだった」

目をつぶり、過ごしてきた時間に後悔をする


「常に仕事を入れていたのは…やる事が多かったのも、もちろんあるが

 お前の姿が、亡くなった母にどんどん似てきて…辛かったのだ」

わずかな記憶しかないけれど、父と母は大変仲が良かった

だからこそ、反動も大きかったのだろう


「街で出会ったお前の母に、一目ぼれして求婚した

 …気立てのいい、優しい女性だった」

語られていく母の話

わたくしの頭の中に、なぜかウズメ様が思い出された


「お前も外で経験を積み、人として成長したようだ…

 やはり彼女の娘…城の中で育てるのは、間違いだったようだな」

確かに…ウズメ様とのこと、ラグナロクでの失敗

城中であんな経験ができたとは思えない


「王宮で心をすり減らすよりも、どうか外の世界でたくましく生きてくれ

 …ふがいない父の頼みだ」

「父上…」

国の事を考えるなら、わたくしも政略結婚の相手として、城に残しておきたいはず

けれど父上は、それよりも…わたくしの幸せを考えてくださった

…それだけで、わたくしは何よりも嬉しかった……

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