第51話 懺悔のプリンセスと、ラグナロクの一人娘

はじめは、ぬいぐるみだった


お気に入りだった、ふわふわの、くまのぬいぐるみ

部屋に戻ると、それがズタズタに引き裂かれていた

勝手に部屋を散らかして、とメイドさんに怒られた


お勉強のための本がいつの間にか無くなっていた

教科書を無くすなんてありえない、と先生に叱られた


社交ダンスの授業に行くと、顔を腫らして、貴族の少女が泣いていた

わたくしに殴られたと言う彼女

その日からわたくしは、誰の輪にも入れなくなった


しばらくして、それらがヘレ姉上の仕業だと気づく


「もっとあいつへの嫌がらせを続けるのよ!

 城から出ていきたくなるように!」

姉上の部屋から、誰かを叱る声が聞こえる

そっとドアの隙間から、中を覗く


「早く追い出さないと…あなたはクビよ、援助も打ち切り

 罪をでっちあげて、一生牢獄送りにしてやる」

ヘレ姉上は、わたくしを攻め立てた三人を地べたに這わせ

さらにわたくしを追い込めと命令していた


助けを求めても、大人はほとんど聞いてはくれなかった

お父様とレイア姉さまは、話を聞いてくれたけれど

あの頃、お父様もレイア姉さまも忙しく、数か月に一度、会えるかどうか

しかも、その時期に合わせて、嫌がらせはピタリと止まる

レイア姉さまはそれでも、頑張って追及してくれたけれど…

私は悪くない、あいつが勝手に

…何を言っても、自分が被害者のように装う


姉上は間違いなく、嫌がらせの天才だった

追い詰められ、どうしていいかわからなくなったわたくし


思い浮かぶのは、嫌がらせのために大人を這わせるヘレ姉上の姿


…ああ、そうですわ

わたくしたち、姉妹ですもの



…同じ事をすればいいんですわ……!



『先生…奥様がご出産なされたそうですわね。おめでとうございます』

『何の用かと思えば…勉強の一つもまともにできない王族の恥さらしが

 そんな事に気を使ってる暇があるなら、本の一つでも読んだらどうだ?』

『わたくしの方から、粉ミルクを贈らせていただきましたわ

 最近、値上がりが激しいですものね

 今頃は、お家の方に届いているかと…』

『そんな事をして、取り入ろうとしても無駄だぞ』

『…ところで、こんな話をご存じかしら?

 我ら王族は、常に暗殺を恐れている…

 ですから、手っ取り早く暗殺できる毒には、とても詳しいんですのよ?』

『?』

『そう、例えば…ミルクに混ぜてもわからないような毒、とか…』

『…で、でたらめを…!』

『今頃、奥様は贈り物を喜んで使っている頃かしら…?

 お子様はもちろんですが、奥様も無事かどうか…』

『…何が望みだ』

『わたくしにした嫌がらせの全てを土下座して謝って、お仕事をおやめなさるなら

 解毒剤の場所を教えてあげますわよ?』

『な、何を言っている!そのような事した覚えは一切無いぞ!』

『はぁ…そうですか…

 姉上にそそのかされた、すまなかった、とおっしゃればいいのに…』

『今は金が必要な時期なんだ…!その子のためにも…!』

『残念でしたわね…

 二人目のお子様、頑張ってお作りになってください』

『わ…わかった……!

 すまない…!仕事を首にするとヘレ姫様に言われて仕方なく…!

 あいつは本当にやばい…!』

『わたくしは、そのやばいヘレ姉上の妹よ?

 …復讐されるとは思わなかったのかしら?』

『ううっ…』

『二度と我ら姉妹に関わるな!わかったら、これを持ってとっとと失せろ!』

『は、はいいいっ!』 


もちろん毒を盛ったなんてデタラメだけど…

あの姉の妹、という説得力で押し切った

もちろん、メイドも貴族の少女も、姉上を真似てこらしめてやった


気分が晴れた

すっとした

復讐とは、なんて素晴らしいものなんだろう!

いつかはヘレ姉上にも、完全なる復讐を!

自分を鼓舞し、次の計画を立てる

姉上を追い落とし、安らげる王宮を作るために



…胸の痛みに、気づかないフリをしながら……




………

……



「よかった…目が覚めましたよ!」

気がついたら目の前に、ほっとした顔の少女の姿があった


「ここは…?」

「お前んちの…城の病室だよ」

…言われてみれば、見た事のある部屋だった

怪我をした時など、まずはここで治療してもらっていた

白いベッドに寝ているわたくし

ベッドを囲んで髭親父、ウズメさん、あの時の少女がわたくしを見ている

お医者様の姿は見えない

別の誰かの治療に出ているのだろうか


「…っ」

起き上がろうとしたところ、お腹に急激な痛みが走る

痛みの元を確認しようとしたら、ガチガチに包帯が巻かれていた

外からは見えないけれど…ひどい事になっているのだろう


「痛むか?」

「…跡、残っちゃうって、言ってました…」

わたくしを心配して見つめるウズメさんたち


「大丈夫だからね!あのでっかいやつは、あたしたちとウズメお姉ちゃんで

 ずどーん!とぶっ倒したから!」

「無理しすぎだ、馬鹿娘たち

 お前たちもさっきまで寝てただろうが」

あのとんでもない大蛇を、わずかな人数で倒した…?

にわかには信じられない話だった


……けれど、それよりも、何よりも…


バッ!


ウズメさんの肩を持ち、こちらに引き寄せる

彼女の顔を正面から見つめる


「なんで…」

「え…?」

「なんでわたくしを助けたんです?!

 こんなどうしようもない悪人、見捨てて当然でしょう?!」

自分だったらそうしていた

当然の報いだって

復讐が遂げられてすっきりしたと言い捨てて、その場を離れていただろう


疑問を解消せずにはいられなかった

どうして、どうして彼女は…!


問い詰める私に、けれど彼女は、とんでもない言葉で返した


「…私にも……わかりません!」

胸に手を置き、瞳に涙を浮かべながら…

目をそらさずにわたくしを見つめ返す


「……そうしなきゃ、って思ったんです!それだけです!」

ああ…

自分は復讐する事しか、考えられなかったのに…

世の中は悪人だらけで

だからわたくしの行いは普通の事だと、信じていたのに…


彼女はたとえ殺されかけても、善性を捨てなかった

これが、ラグナロクの一人娘…天性のお人よし……


「あ、あ……うあああああああああああああああっ……」

耐えられなかった

自分はなんて醜い存在なんだと、思い知らされた

そんな彼女を殺そうとした自分が、許せなかった


「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……」

ぼろぼろと、子供のように泣きじゃくりながら、だたひたすらに謝り続ける


ウズメさんは、そんなわたくしを抱きしめ

泣き疲れて眠ってしまうまで、頭をなで続けた

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