第48話 髭親父と国王と二人の姫

手に茅纏の矛を

香具山の榊を頭飾りに

ひかげの葛を襷に

篝火を焚き桶を伏せ

岩戸の前にて踊りけり



大蛇は謎の金縛りを連発され、陸に上げられた魚のように

ビタンビタンと、その場で暴れている

油断をせずに、私は大蛇の前で踊り続ける


…二十の動作のみで、相手を抑えることができるなら、疲れずに済むのだけれど

『裸踊り』は踊り続けなければ、肝心の二十の動作の効果も無くなるのだ


だから、別の踊りで場を持たせつつ、相手の動きに合わせて

ピンポイントで二十の動作を差し込む


相手の大きさを考えると、一つのミスで即死の危険がある

私は果たして何分の間、大蛇を止めることができるか…



裾をからげて袴とし

玉を髪に

背には矢入れ

腕には高鞆

弓弭を振り立て

剣の柄を握りしめ

地を踏み散らし

猛り勇め


「この詠唱は…!」


圧倒的な熱

十数に及ぶ、矛の形をした炎

西に見える大きめの宿屋の、赤い屋根の上に、それらの炎を背負った少女の姿


「テラスちゃん!」

「お待たせお姉ちゃん!『火矛』(ファイアスピアー)!」

炎が一斉に、大蛇に向けて襲い掛かった


ズガガガガガガガッ!


あっという間に炎の矛は、大蛇の首へ突き刺さる

突然の衝撃に、痛みの声を上げる大蛇


グビャッ?!


…しかし、炎はそこに生えている木を燃やし、少し痛みを感じさせた程度で

本体はケロリとしている


「…まあ、あの蜘蛛でも三発かかったんだし、一発でなんとかなるとは思ってないよ」

あの時と違って、大急ぎで魔法を三連発する必要は無い

テラスちゃんは私と大声で意思疎通をする


「一発で無理なら百発ぶち込んじゃえばいいんだよ!」

「?!」

脳筋!

確かにそれしか無いとは思うけど!

あの巨体で一薙ぎされるだけで、近接職の大半が死にかける

遠隔から高火力の魔法を連打するのが最適解…!


「わかりました!あいつが倒れるまで、全力で抑えて見せます!」

「おっけー!じゃあ、いっくよー!」

大きく宣言し、気合を入れる私たち

ここからは気力の勝負!





俺はギフトを駆使して、最速で王城に到達する

ゴールドウエストの成金趣味な城と違い、しっかりとした

素人目にも攻めるに難しそうな建て方をしている

目の前には、大きな門と、銀のヘルメットをかぶった門兵


「おうぞ…ヘラ姫様が大蛇に襲われちまった!すぐ医者を呼んでくれ!」

「な…なんだって?!」

普通は雑事には取り合ってくれない兵士たちだが、抱えている王族を見たら

流石に顔を青くして対応してくれる


「頼む!俺は大蛇を抑えている仲間の元に戻る!」

王族はここの人間がなんとかしてくれるだろう

早く戻らないと…!

だが、スキルを再使用し、移動しようとしたところ…


ガシッ


「いや、ま…待て!」

後ろから兵士に羽交い絞めにされる


「な、なんだよ、離せよ!」

「王に説明してから行ってくれ!」

「時間がねえんだよ!」

「すぐいらっしゃるから!」

事情説明が大変なのはわかるが、こっちだって大変なんだ

王様なんて待ってられるか…!

…と、思っていたら


門の内側から、白い鎧を着こんだ白髭の男がやってくる

がっしりとした体格に鋭い目…俺も記念式典で見たことがある

あいつが国王様…

すでに大蛇討伐の出撃準備中だったって事か


兵士に呼ばれてやってきた王様は

腹を血まみれにした娘を見せられて、目を見開き、叫ぶ


「…なんだこれは?!」

「国王様!この者が申すには、大蛇に襲われたとの事で…!」

「お付きの者が二人いたはずだろう…?!どうしてこのような…」

…こいつ、何もわかってないのか…

そりゃ、国王様はお忙しいだろうさ…だが、娘の事だぞ…!


「そのお付きのメイド二人はヘレ姫の味方して

 ラグナロクをぐっちゃぐちゃにかき回して、罪を追求される前に逃げ出したよ!」

「…なんだと!」

怒りの顔で威圧してくる国王

戦場でこの顔されたらたいそう怖いんだろうが…

今の俺は、怒りの方が勝っている

真っ直ぐに国王の顔を睨み返す


「侮辱するな!いくら仲が悪かろうと、そこまでするような娘ではない!」

…こいつなりに娘の事を信じてはいるようだ

だが、信じるだけで子供は育つんじゃねえ

ダメな事はダメと教えてやらなきゃ、とんでもないモンスターになっちまう事もある…


「ヘラ!」

紫の髪、紫の瞳、ドレスをまとった若い女が駆け寄ってくる

…こいつは今話していたヘラの姉のヘレ、だな


「ヘレ様!お、お待ちください!」

そして、彼女を追いかけるように、二人のメイドがやってくる

…ラグナロクで散々見たあの二人じゃねえか…!

こ、こいつら…!

いけしゃあしゃあと、姉のメイドやってやがるのかよ!


「し…しっかりしなさい!あなたが死んだら、私がスノーフォレストに

 嫁がないといけないじゃないの!」

「ヘレ様…落ち着いてください

 無闇にゆさぶるとかえって危ないのです」

「死ぬと決まったわけではありません、ここはお医者様に任せて…」

錯乱するヘレと、それを抑えようとするメイド二人

…こいつは、やっちまったな……


「…『レイ』『ライ』」

国王は二人に向かって、底冷えのするような声で呼びかける


「お前たちは、ヘラのお付きを任されていたはずだろう…?

 主が血を流し倒れている中、何をしていた…なぜここにいる」

「あ…!」

そこで二人は気づく

自分たちとしては、本来の主の元へ戻っただけのつもりだろうが

それを見られてはいけなかった事に…


「そ、それは、メイドの交代の時期が来たので

 後任の方にお任せして、私たちは帰ってきてまして…」

「捕らえよ」

「…はっ!」

言い訳など聞く耳持たず、素早く兵士に命令をし

逃げられる前に二人を捕らえる


「は、離し…離してください!」

「私たちは何も悪い事などしておりません!」

「徹底的に調べ上げた後、本当に問題がないなら釈放してやる」

国王…目は曇っていたが、判断は恐ろしいほどに早いな…


「あ、あっ…あああああ……」

「ヘレ…このメイド二人はお前の間者で、ギルド・ラグナロクを滅茶苦茶にした

 …と、この男が言っているが、それは真実か?」

「そ、そんな事ないわ!こんな二人など見た事もありません!」

「そんな、ヘレ様!」

「私たちを見捨てるのですか?!」

見苦しくメイドと言い合う娘を見て、苦虫を噛みつぶしたような顔をする国王


「その男を離してやれ!」

国王のその一言で、ようやく俺は羽交い絞めから解き放たれる


「済まなかった…どうやら我々に問題があったようだ」

「…言いたいことはあるが時間がねえ、俺は行くぜ」

「ああ、我らが兵もじきに到着する、それまでを頼む」

俺は『スレイプニル』を全開にし、門から街へ、来た道を駆け戻る

…間に合ってくれよ…!

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