第40話 見捨てられたプリンセス

「あ、あの…あたしら、もういいかい?」

「俺たち、相当やばい事に利用されちまったみてえだな…」

ショックで打ちのめされているわたくしを尻目に

怖気づいた男女が、慌てて酒場を離れようとする


「ああ、喋ったことは秘密にして、念のため数か月ここから離れておくといい」

「え…な、何で?」

「利用しておいて、後から口封じ…その可能性もあるからな

 スノーフォレストとの結婚騒動が決着するまで、ここにはいない方がいい」

「わ、わかったよ…」

髭親父が二人に忠告をする

…今のヘレ姉様なら、そこまでやる可能性は充分にある


「気は進まねえが、田舎に帰るか…」

「あたしも連れてっとくれよ、あたしにゃ帰る田舎なんて無いんだよ…」

「…ああ、いいべ。一緒に行くべよ」

男は女の肩を抱き、女は静かに…ありがとう、とうなづく

そして二人は、そのままギルド酒場を出て行った


「あなた、ギルドにいる時間がめっきり少なくなってましたけど

 …これについて調べてましたの?」

「他にも用事はあったが…まあ、そういう事だ」

姉様の罠を見抜いてくれたのは、むしろ感謝すべきなのだろうけど

もう遅すぎますわ…

これからわたくしは、どうしたら……

テーブルに座り、頭を抱えて悩むわたくし

罪の意識に苛まれ、考える事すら嫌になってくる…


「ここにいたか」

暗く沈んだわたくしの頭に、澄んだ声が響いてくる

このお声は…


「…ユピテル様?!」

「リーダー!」

ユピテル様が、いつの間にかわたくしの目の前にいらしていましたわ


「わ、わたくし、とんでもない事を…!」

懺悔をしたい、許しを請いたい

ユピテル様に全てを話して、楽になってしまいたい

わたくしはユピテル様に縋るように、告白を…


「…もう話さなくていい」

「え…?」

わたくしの言葉を遮るユピテル様

彼の声には、静かな怒気が含まれていて……


「ヘラ・クロノス…お前との婚約を解消する」


………

信じられない言葉を突きつけられて、わたくしは絶句するしかなかった

わ、わたくしは…わたくしは、あなたのために…

間違っていたけれど、それでも……


「そんな……ユピテル様…お待ちになってください!

 それだけは…それだけは……!」

あなたに捨てられてしまったら、もうわたくしは…


「私は多くの人々を守る使命を帯びているのだ

 しかし、お前のせいで次々と仲間がやめていった

 規模が小さくなるたびに、やってくる依頼の量も減っていく…

 とんだ疫病神だ、お前は

 最初は、お前との婚約で王家からの依頼も増えるだろうと思っていたのに…」

ユピテル様の言う通りだった

…わたくしは彼の輝きに惹かれ、無理やりしがみついた身

それが姉様に騙され、浮気をしてるなどと思い込まされ…

彼はそんな事をする人じゃないのに…


「私はロキと共に西の大規模ギルドに移籍する」

「な、ならわたくしも…わたくしも連れていって……」

婚約者じゃなくてもいい

せめて、せめてお側に……


「…何を言ってるんだ?お互い利用する関係と話していただろう

 価値が無くなったら別れるだけだ」

「……っ」

彼の行く道に、もはやわたくしは邪魔者でしかなかった

容赦など一切なく捨てられる

それは、あの日…自分がした事と同じ…


『どうしてあなたのような、ゴミスキルしか持たないクズが

 わたくしのギルドにいるのかって…』


…ああ……ごめんなさい、ウズメさん……

捨てられる事が、こんなに…こんなにも苦しかったなんて……

ごめん、なさい…


「…おい、それはあんまりなんじゃねえか?」

わたくしたちの話を聞いて、なぜか髭親父はユピテル様に突っかかっていく


「確かに間違いを犯したかも知れねぇが

 明らかに王族はお前の事を好いていたじゃねえか!」

ユピテル様の胸倉を掴み、感情をむき出しにして怒る

…なぜですの?

あなたはわたくしを憎んでいたはずじゃ…


「そんな事はどうでもいい

 私は、私の力を、人々のために存分に振るわなければならないのだ

 そのためには婚約の一つだってやるし

 それが妨げになるなら、解消するだけだ」

「…………この…バカヤロー!」

握った拳でユピテル様の顔面を殴りつける

ユピテル様は少しよろけるが、殴られた顔は気にせず

姿勢を直し右手を腰に当てる


「気が済んだか?ではさらばだ…もう会う事も無いだろう」

親父を押しのけ、酒場から出ていくユピテル様

わたくしの希望が…ユピテル様が行ってしまう

目の前が真っ暗になっていく


「ユピテル…様……っ、待って…行かない……で…」

ショックに耐えられず、心が崩壊していく

意識が保てなくなっていく


「お、おい、王族!しっかりしろ!」

わたくしは、膝から崩れるように倒れる

…意識が閉じる前、最後に聞こえたのは、髭親父の叫び声だった

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