第39話 プリンセスとマリオネット

雑用を分担し、費用の負担も決め、できない仕事は派遣をお願いし

ようやく小娘抜きで、まともに運営できるようになったラグナロク


しかし、それからというもの、ギルドを抜け出す者が急激に増え

その突然空いた穴を埋めるために、わたくしのメイド達は働き続けた


…そして、ついに


「どこへ行きましたの?!」

わたくしのメイド二人が朝から見当たらない

昨日は三人がギルドをやめると言っていた

雑用のスケジュールは組み直すが、昨日の今日では間に合わない

埋まってない穴はメイド達に頼るしかない


あちこち探して、たどりついたギルド酒場

まだだれも来ていないテーブルに、ぽつんと書き置きが残されていた


『もはや限界です、やめさせていただきます レイとライ』


…そんな……

ギルドは小さくなるだろうけど、やめるやつがやめきったら

あと少しで正常化するところなのに…


打ちひしがれるわたくし

…だが、感傷にひたる間もなく、わたくしに

やかましいおっさんの声がかけられましたわ


「おい、王族!」

酒場スペースに入ってきたのは、いつものこうるさい髭親父ですわ

朝から来るなんて珍しい

…そうだ


「ちょうどよかったですわ!この際あなたでもいいから、今日の手伝いを…」

「お供の二人はいるか?!」

髭親父がすごく怖い顔でずずいと迫ってくる

くっ…用事を押し付けようと思ったのに…

あの二人に話があるなんて、珍しい


「残念でしたわね…先ほどこんな書置きがありましたわ」

テーブルの上の紙を手に取って見せる


「…一歩遅かったか……」

「…ん?」

何ですの?

その、いなくなることがわかってたような言い方…?


「お前、ウズメを突き落としただろう?」

「…それは違うと何度も…」

「不思議だったんだよ。ウズメの価値をわかってなかったとはいえ

 ギルドで働いてるメンバーを、リスクを冒して殺さなければならなかったか」

「だーかーらー!」

もうホントしつこいですわね!

今はそれどころじゃないってのに!


「………犯行の時、周りはちゃんと確認したか?」

「…え?」

こ、こいつ…何か掴んでますの…?


「言い争ってるお前たちを見たやつがいたんだ

 その内容を要約すると、『ユピテルをウズメが寝取った、許せない』だと」

「……!」

ばかな…!


「それが動機なら、まあ納得はするな」

「誰がそんなことを…!」

あの時周囲には人なんていなかったはず…

…はずですわ……!

しかし、こいつが核心を突いてるのは事実…!


「しかし、ウズメは浮気なんてできる人間じゃない」

「そ、そんな事ありませんわ!わたくし確かにこの目で…!」

街を一望できる丘に登って、メイド達と遠眼鏡を使っていた時…

メイドのレイが最初にユピテル様と小娘の情事を発見し

わたくしもそれを確認して…!


「見たんだな?」

「…はっ?!い、いえ、ちが……っ」

この…誘導尋問など卑怯ですわ!

い、いや、まだこの髭しか聞いてないですわ…

なんとか誤魔化しきることも…!


「…今はお前を追求したい訳じゃない」

「………は?」

え、あれ?

わたくし追求の構えじゃなかったですの…?

いや、だ…騙されませんわよ?

そうやって油断させて…って事ですのよね?


「入ってくれ」

髭親父がパンパン、と二回手を叩く

それが合図だったらしく、酒場におずおずと、二人の男女が入ってきた

…い、いつの間に…?


「へ、へえ…この前といい今回といい…一体何でさぁ」

「妙な話が多いねぇ…やっぱり断るべきだったかしら」

筋肉質だが、田舎から出てきたような訛りがある茶髪の男

そして、胸の大きい、特殊な商売をしていそうな紫髪の女


「このお二方がどういう…?」

ギルド内の話に呼ぶ人物ではないような…


「こいつをかぶってくれ」

髭親父は、ファッション性ゼロのバッグから

金髪のウィッグと青髪のウィッグを取り出し、二人に手渡した


「またかい?あんときのメイド二人といい、何だってこんな事頼むんだ」

「メイド…?」

「まあまあ」

二人は親父に言われたとおりにウィッグをかぶり、こちらを向いて…


「……あ…!」

こ、これは……!


「どうだ、話が見えてきたか?」

ウィッグをかぶった男のその姿は、ユピテル様に少し似ていて

女の姿は、小娘に……ウズメに似ている……?!


「あんたら二人、メイド二人に頼まれて

 このギルドの二階であることをした…んだよな?」

「あ、ああ…このカツラをかぶって、ここでスケベしてくれって頼まれたんだ」

「…妙な話だったけどね…金を沢山積まれたからつい…」

じゃあ…じゃあ……わたくしが見たものは……!


「近くで見たら明らかに別人でも、もし遠眼鏡で見たってんなら

 …誤解するんじゃねえか?ユピテルとウズメに…」

「あ…ああああああ……!」

ショックに耐え切れず、わたくしは膝から崩れ落ちる

つまり、わたくしは…

はじめから、メイドたち二人に騙されていた……


「ウズメはああ見えてギルドの要だった

 いなくなればラグナロクは徐々に崩壊していくだろう

 ここが崩壊して喜ぶ人間はそう多くない

 仕事を取り合うライバルギルドか、それとも…」

「ヘレ…お姉様…!」

「王宮勤めの兵士から聞いた話だが

 あの二人は、以前はお前の姉に仕えていたようだな」

つまり、わたくしを陥れるための、姉様の刺客だったと…


「わたくしたち姉妹は、どちらがスノーフォレスト国の嫁に出るかで揉めていた

 順番で言えば、わたくしが嫁に出るはずだった」

頭の中を整理するため、声に出して確認する


「しかし、わたくしはラグナロクという超有名ギルドのギルドマスター…

 ユピテル様と婚約する事で、それを回避した

 嫁に出るのはヘレ姉様になった…」

そして、どうしても嫁に出たくないヘレ姉様は、一計を案じる


「ならば、ユピテルと婚約する価値を無くしてしまえ」

髭親父も、わたくしの言葉を継ぎ足して、答え合わせをする


「一般人との婚約が認められたのは、ラグナロクに価値があるから…」

「ギルドを壊して婚約を破棄させてしまえばいい

 そうすれば、嫁に行く順番は妹のヘラに戻ってくる…」

「あのメイド二人は、元々ヘレ姉様に仕えていた

 姉様のために動くスパイだった」

「お前を遠眼鏡トリックで誤解させ

 ギルドの柱だったウズメを殺させるように誘導する」

「そこまで上手くいかなくても、わたくしにユピテル様への疑惑の念を植え付けておけば

 揉め事を起こしやすくなる」

自分で言っていて寒気がしてくる

ヘレ姉様が、まさかそこまでやるだなんて…


「…謀略にかけては、姉の方が上手だった、って事だ」

「そんな…そんな……っ」

めまいがする、吐き気がする

わたくしは卑劣な手段を使い、多くの人間を不幸にしてきた

けれどそれは、同じ悪党を処分するため

そうしてのし上がり、ユピテル様のような、本当に正しい人を助ける…

自らは悪となろうとも

それが、卑劣に堕ちたわたくしの最後のよりどころ…

なのに…それなのに……

何の罪もない少女を、姉に騙され、殺してしまった…!


自分はもはや、どうしようもない悪人になった

いや、悪人だったのを、嫌という程自覚させられた…

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