第2話 幸福だった日の夢

雪のように白く、ふわふわした土台

その上にイチゴと、赤い服を着たおじいさんの人形が立っている

丸い舞台のような「それ」からは、とてもいい匂いがした


「おとうさん、おかあさん…これ、なんです?」

ギルドのみんなに質問をする、幼い頃の私


「ああ、これは誕生日のお祝いのケーキだよ」

「ケーキ!聞いたことあります!」

とっても白くて甘くて美味しいんだって、近所の子が言っていた

これがそうなんだ…と、私は目を輝かせた


「どなたのおたんじょうびなんです?」

とっても甘いって話だから、おかあさんたちの誰かだよね、たぶん

おとうさんたちは、甘いものより、お肉の方が好きだから


「ウズメだよ」

「ふぇー…ウズメさ…え、わたし?!」

おどろく私を、わしわしと撫でる、お髭のおとうさん


「ほら、ウズメはこのギルドで拾った子だから…生まれた日、わからないだろ?」

巨大な蛇型のモンスターに襲われた村

ギルドのみんなは、そんな村の救助に向かったけれど

たどり着いた時には、すでに村は壊滅状態

そんな中、唯一生き残っていたのが、赤ん坊の私だったそうだ

…ギルドのみんなは、そんな私を拾い、育ててくれた


「なので、ウズメと初めて出会った日…今日をウズメの誕生日にしたいと思う!」

…そっか、今日なんだ

おとうさん、おかあさんたちに助けてもらった日……


「ウズメも、いいかな?」

「は…はいっ!ありがとうございます!」

勢いあまって、テーブルに頭をぶつけてしまいそうなくらいに、大きなおじぎをする私


「…ふぇ……」

幼いうちに親を失った子は、ほとんどはそのまま亡くなってしまう

そんな子供たちが多い中で、私は幸運にも、ギルドのみんなに育ててもらった

それどころか、こんな風に祝ってもらえるなんて…


「ど、どうしたの?どこか痛いの?」

「…え、えと、そうじゃなくて……わたし、すごくうれしくて……」

嬉しくて泣いてしまう事があるんだ…と、私はその時初めて知った


「ならよかった。とりあえず食おうぜ!俺の嫁の手作りなんだ!」

「もー、嫁じゃないっていってるでしょ?あんたがだらしないから仕方なく…」

おかあさんが赤い顔でもじもじしている

これ『つんでれ』ってやつですよね!

でも、それを言うとおかあさんはぷんぷんするから内緒です

…そんな事を考えながら


「今夜は宴会だな!久しぶりに酒を解禁するぜ!」

「お前、禁酒してたんじゃ…まあ今日はいいか!」

「お酒はいいけど、この子には飲ませないでよね!」

温かい時間…私の幸せの時間は、過ぎていった


………

……


目が覚めると私は、柔らかい何かの上にいた

…落下中に気を失っていたらしい

私の下にあるものを、よく見てみる

ピンクに白の水玉模様、キノコを模った人工物…

衝撃を和らげるクッションのような物だった

何でこんな物が…


…いや、もしかすると、ダンジョン入り口のトラップと思われている穴は

非常用の通路だったのかもしれない

ここから帰還できた人間がいれば

『実はクッションがあって、深層まで楽に行けるよ!』

という情報も伝わっていたのかも…


…さっき見ていた夢を思い出す

ラグナロクの初期メンバーは、とても優しい人たちだった

あの夢の日から十年後、彼らは再び現れた巨大な蛇型モンスターを討伐し、街を守った

しかし、犠牲も大きかった

ラグナロクは、雑用係として残っていた私以外、全滅

ギルドには、『あの巨大蛇を討伐した』という名声のみが残った

メンバーが全員死亡したら、ギルドは解散になってしまうけれど、私が残っている

ラグナロクは今も存続している

その名声を目当てに、ラグナロクにはどんどんと、向上心の塊のような人間が入ってきた

『どうせ元メンバーの顔なんて、誰もわからんだろう

 ギルドに入り名声だけ頂いてしまおう』

…うまく立ち回れば、そういう人たちは、ギルドに入れずに済んだかもしれない

けれど、あの頃の私に、そんな事ができる余裕は無く

次々と変わっていくギルドの波に、抗うだけで精いっぱいだった…


私は…私を拾ってくれたみんなに、恩返しがしたかった

けど、もはや私が恩を返せるのは、ラグナロクというギルドしかない

ここを再び立派なギルドにする…もうそれしか、私には残っていなかったのだ

下心で入ってきた人たちも、真心をもって接すれば、わかってくれる人もいるかもしれない

そう思い、今までラグナロクで働き続けた


…それも、もう叶わない

ラグナロクに、強く優しかった彼らは、もういない

それどころか、もはや、ギルドに関わることもできなくなった


「おとうさん、おかあさん……私、どうしたら……」

そんな場合じゃないのに、涙が止まらなかった

私は、どこかもわからない場所で、声を押し殺して、泣いた

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